帝国側の話
挿話です。ポム以外の視点になりますのでご注意を。
「〈ジャモン暗黒帝国〉に輝く漆黒の太陽、暗黒皇帝ゴールドジョー・ザビロⅠ世陛下に帝国軍元帥ゴノー・テンホーがご挨拶を申し上げます」
「面をあげよ、ゴノー元帥」
部屋の主に許可も取らず執務机の上に置かれた幅一メートルほどの薄い鋼板。その盤面に向かって恭しく頭を下げるのは、濡れたような黒髪を伸ばした黒眼鏡の男。深々とした礼に見えるが、元々の姿勢が酷い猫背なので彼の内にある敬意の程は知れない。
盤面には、この部屋とは別の場所、この場に居ない人物が映し出されている。
漆黒の〈全身甲冑〉を着て玉座に腰かけた大柄な人物。鎧だけでなく同色の〈総覆兜〉を被っているため、そこから覗く白髪を除いて容貌はまったく分からない。鋼板から響いてくる低く重い声がなければ、その人物が男性である事さえ不明のままだっただろう。
だがそれは確かに、帝国首都にいる筈の暗黒皇帝その人なのだ。
この鋼板は、距離の離れた場所と通話できる、〈古妖精〉の手による遺物だった。
通信用遺物の向こうで見廻す暗黒皇帝。遺物による謁見を行うために人払いした執務室の中は、先刻までの高密度だった室内と違って三人しか残っていない。
濡れた黒髪の男、帝国軍元帥ゴノー・テンホー。灰色がかった金髪の女、共和国評議長ティニア・イェールド。そしてゴノーの足元に蹲っている黒鉄の獣だけ。
「して、反乱軍との共闘については、どうなっておる?」
「『革命軍』でございます、陛下」
「大した違いはあるまい。元帥とてそう思っておろう。それよりも報告だ」
「は。彼奴らは勝利の美酒に酔い痴れながら次なる軍事侵攻・・・・周辺地域への進軍を計画しておるようですな。御心配は要りませぬ。所詮は野心ばかり先走り、治世の能を持たぬ者どもです。計画通り、彼奴らの兵を消耗させ、我らの兵に置き換えてゆきますれば、早晩、軍そのものを掌握できましょう」
元帥と呼ばれた黒髪の男が口を動かす度、この部屋の本来の主であるティニアは顔を蒼褪めさせていく。革命軍を名乗り、反乱を起こしたとはいえど、彼女にとっては同朋であり市民だ。
〈地鼠人〉らしい小柄な身体にも、その身に纏った真紅の〈戦装束〉にも、戦いによって刻まれた傷が残されたまま、猿轡を嚙まされ、両腕は鎖で縛られ壁から吊るされている。だというのに、碧い瞳は力を失っておらず、拘束されていなければもう一暴れしてでも救出に向かわんとする姿は、イクセル・ランデル辺りが見れば嗜虐心をそそられる所だろう。
「ふむ、イクセル・ランデルといったか。旗頭さえ残しておけば、この国から資源を搾り取りとるのに不都合はなかろう。彼奴が欲をかいている間に城館を制圧できるか?」
「は、そちらの方も御心配には及びませぬ。すでに手練れの〈暗殺者〉どもを送り込んでおりますれば」
「ならば、チュールー将軍をそちらに移して陣を張れば丁度良かろう。そういえば将軍はどうしておるか?」
「将軍殿でしたら、ジャックショット・ライデンの演奏でご機嫌な眠りについておられる御様子ですな」
酒宴に興じていると報告された自称・革命軍の主導者イクセル・ランデルと共に人払いされていた帝国軍所属の二名。それが、そもそも執務室に入らない巨体をもつ帝国軍禍獣将軍チュールーと、彼の専属〈吟遊詩人〉である兎の〈獣耳人〉ジャックショット・ライデンだ。
「アレが目覚めては、何かと厄介だからな・・・・」
「ライデン卿には励んでいただかないと・・・・」
率いらせるだけで兵の士気を著しく上げるが、目覚めて暴れだせば誰にも手を付けられないチュールー将軍を、ただ一人眠らせて無力化させる事が可能なライデンの利用価値は高い。もっとも、それ以外では〈吟遊詩人〉としての価値を含めて低いのだが。
「まぁよい。それで例のアレは見つかったのか?」
「いえ、ですが・・・・逃げ出した娘が怪しいと睨んでおります」
壁際で物凄い形相のティニアが首をブンブン振って否定の意思を示すが、それを黙殺してゴノーは告げる。
「〈ドール〉使いの〈暗殺者〉を差し向けましたが、居合わせた勇者一行によって倒されたとの・・・・」
「勇者だとぉぉぉぉ! ぐまぁぁぁぁぁぁ! 勇者一行めぇぇぇぇ!」
突然、報告を遮って暗黒皇帝が咆哮を上げる。
「木刀の勇者とその仲間たちに冥界門の開放を阻止されたのが、よっぽど腹に据えかねておられるようですな・・・・」
「おのれ勇者め! 我が暗黒帝国が他国への侵略作戦を行おうとする度に現れては邪魔ばかりしおって! 許しがたいわ!」
暗黒帝国のある大陸北東部は気温も湿度も低いため、貧しさと飢えに耐え兼ねて周辺国家への侵略行動が頻繁に行われ、そのうち少なからずが歴代の勇者によって阻止されてきていた。
憤慨する暗黒皇帝ではあったが、しかし彼も勇者への対策を行っていなかった訳ではなかった。
「元帥、件の娘への追撃部隊を編成せよ! 勇者には勇者、帝国が開発した人造勇者をそちらに差し向ける。有効に使え!」
「じ、人造勇者でございますか!?」
皇帝の言葉にゴノーは驚愕するが、真に驚かされるのはその直後だった。
「〈天駆〉・・・・」
彼の背後に頭巾付き外套で容姿を隠した人物が二名、瞬時に現れたからだ。
「帝都からここまで今すぐ行けとか、暗黒皇帝さんも人使い荒ぇっつーの。どんだけ距離があると思ってんだ・・・・」
ぼやきながら、その一方が頭巾を外すと、鶏冠のように逆立てた髪型と、目付きの鋭い顔が現れる。汚物を消毒するのが似合う、人品卑しそうな外見をしていた。
「なるほど人造勇者とは貴様のことだったか・・・・鍍」
「五月蠅ぇよ、ゴノーのおっさん。そんで、どこに行きゃ良い訳?」
「ひとまずは〈ピースサムセット〉へ。テクラと合流して最新の情報を手に、先回りして勇者一行を迎え撃て」
「へいへい。勇者を潰す、か。久々に遣り甲斐のある仕事で嬉しいぜ。〈天駆〉!」
怪しげな仲間を引き連れ、現れた時と同じく唐突に消えたメッキが居た場所を見つめてゴノーは溜息をつく。
「忙しない事だが、これで勇者への対応は心配要らないか」
「では当面の対策は済んだな。大儀であった、下がって良い」
「ははぁ~」
暗黒皇帝の宣言によって遠見の遺物を使った謁見は終了した。
「ふぅ・・・・」
平伏した姿勢のまま遺物から暗黒皇帝の姿が消えるのを待ったゴノーから溜息が漏れる。
ただし、その位置は口からではなく、不思議なことに黒眼鏡の奥からだ。
「お疲れのようだな、ゴノー・テンホー」
そんなゴノーの足元から労いの声がかけられる。彼の足元で香箱を組んでいた黒鋼の大猫が前足の上に乗せていた顔を擡げて喋ったのだ。
「まぁったくだよぉ、軍人の振りして真面目にやってるだけでも疲れるってのにさぁ。皇帝との謁見だぜぇ? やってらんねぇよなぁ、〈寄夢童子〉様よぉ」
声変わり前の少年のような、しかしキィキィと金属を引っ掻くように耳障りな甲高い声。そして柄の悪いチンピラめいた喋り方。
ゴノーの返答は、声も口調も先刻までとはまるで別人だった。
それもその筈。黒眼鏡を外したゴノーの左目には黒と黄緑色の同心円状という異様な眼球が収まっていた。否。それは眼球ですらなく、眼窩の中から這い出して不平を漏らしている。
腰から下が黒と黄緑色の縞模様の、まるで蛞蝓か海牛のような形をしており、上半身は耳の尖った目つきの悪い色黒の少年という姿を、眼窩に収まる程のサイズに縮めたような生物。
〈古妖精〉とは違う邪悪な妖精族〈鈴悪〉、寄生虫の妖精とでもいうべき存在がそこにいた。
「お前達も〈屍人〉になったとはいえ、オレの配下でもないのに苦労をかけるな。〈暗黒帝国〉の元帥に寄生し、帝国内の主戦派を煽って侵略戦争を計画させるというお前の仕事が功を奏したからこそ、オレ達も楽に動けているんだからな」
「なぁに、援軍として協力しながら他の軍に浸透し、〈共和国〉の実効支配を行っているのは今やアンタ等〈剣悪〉だ。おかげでオレ達〈鈴悪〉も帝国軍の掌握が楽になってる。お互い様よ」
「すべては主上と〈黄金京〉のため」
「オレ達の〈邪神〉に力を注ぐため、だな」
邪妖精と鋼の黒猫は顔を見合わせ、クツクツと笑い合う。
その異様な光景を、評議長ティニア・イェールドは蒼白な顔に悲痛な表情を浮かべて見ているしかなかった。
帝国側の人物説明
ゴールドジョー・ザビロⅠ世:暗黒帝国ジャモンの暗黒皇帝。熊の獣耳人
ゴノー・テンホー:暗黒帝国の元帥。濡れたような黒髪の男。猪の獣耳人
???:ゴノー・テンホーに寄生しているロイコクロリディウムの鈴悪
寄夢童子:剣悪を率いる機械の黒猫。種族不明
鍍:人造勇者
チュールー将軍:暗黒帝国三将軍の一人。禍獣将軍。目覚めるとヤバいらしい
ジャックショット・ライデン:将軍を眠らせられる音痴な吟遊詩人。兎の獣耳人
イクセル・ランデル:地鼠人の武術士。革命軍を率いて反乱を起こした
ティニア・イェールド:ユリアの母。ペンドリ共和国の評議長。今は帝国の捕虜




