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ヒーラーストップ勇者様!  作者: 大きな愚
五章:幻夢の森
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7:その名は牙撫

「シャムさんが大見得を切る所、わたくしも見たかったのです」


 ユリア様が未だ興奮冷めやらずといった様子でシャムシエルの活躍を称えます。

 その手には焼いた大ぶりのじゃが芋を中央から十字に切って中身をバターとよく混ぜ、具材を山盛りにしたクンピルという軽食が抱えられています。

 軽食と言っても大の大人でも満腹になるボリュームがあるのですけど、既に半分ほどしか残っていません。おかげで、ユリア様の頬袋が大きく膨らんで可愛らしいこと。


「それにしても、いくら〈透明化(インヴィジビリティ)〉を使っていたといっても、よく気付かれずに鍵をすり取れましたね」


 咀嚼していたケバブサンドを呑み込んで私も話に加わります。

 〈剣悪(けんお)軍〉の将・長我部 豊寿が〈骸骨獣〉を使役するために使っていた隷属の首輪。その鍵をシャムシエルが盗み出した事で私達は戦闘を有利に進めることができたのです。


「その辺はオマエらが相手の注意を惹きつけてくれたからだな。むしろ戦いに参加できなくて負担かけたと思うぞ」


 この一行で前衛をこなせるのは勇者様とシャムシエルの二人。

 その一方が抜けたことでユリア様が罠を駆使して〈長我部軍〉の兵士を相手取ることになり、シャムシエルとユリア様の手が塞がったことで私が偵察を担当することになった。

 そのことを気に病んでいるみたいですね。


「今回は、シャムさんでなくては出来ない仕事があったのです」

「そうです。シャムシエルは大人しく称賛されていれば良いんですよ」

「そりゃそうだが・・・・まぁ、それならそういうことにしとくか」


 二人がかりで重ねて言うと、シャムシエルはあっさり気を取り直し、羊の腸を焙って刻んでトマトなどの野菜と一緒にパンで挟んだココレッチというサンドイッチに齧り付きました。


「ところで・・・・」


 そこでシャムシエルは一度言葉をきり、私に向き直りました。


「おい、ポムクルス。いつまでその呼び方なんだ? アタイのことはシャムで良いって言ったよな?」

「ねぇ、シャムシエル。私だってポムで良いって言ってますよね?」

「わかった。ポムクルスが直したらアタイも直そう」

「なんで私の方が先に直さないといけないんですかね?」

「ぬぐぐぐぐ」

「むぎぎぎぎ」


 睨み合っていると、ユリア様がまぁまぁと間に入ってきました。


「うふふ。ポムさんもシャムさんも仲良しで良いのです。わたくしもユリアと呼び捨てて欲しいのです」

「いえいえ、ユリア様を呼び捨てとか・・・・」

「そうそう、姫さんを呼び捨てとか・・・・」


 思わずシャムシエルと顔を見合わせてしまいました。


「ないですよねぇ」

「ないよなぁ」

「もうっ! そうやってわたくしだけ仲間外れにするのはズルいのです!」


 拗ねて頬袋を膨らませるユリア様の可愛さは反則級ですね。


 それにしても、ここまでには色々ありました。

 長我部 豊寿を倒した私たちは、まず豊寿と〈長我部軍〉兵士たちの扱いに困りました。

 (ロープ)や木の蔦などを使って拘束はしたものの、なにしろ三十人以上もいるのです。こんなものを連れたまま街には帰れません。


 相談の結果、シャムシエルが〈ピースサムセット〉まで戻って〈冒険者組合〉に駆け込み、〈街道警備隊〉を動員することになりました。

 この事件に関して〈ピースサムセット〉の常駐軍と縄張り争いで睨み合っていた〈街道警備隊〉でしたけど、〈長我部軍〉が街道の広場に陣を敷いていた事、そして街道の封鎖を目的としていた事が決め手となって出動できるようになったのです。


 ユリア様と〈骸骨獣〉に捕虜の見張りと周辺警戒を任せ、私が勇者様の診断を終えた頃にシャムシエルは護送車を牽引した〈巨大角鹿(ジャイガントラー)〉を連れて帰ってきました。

 何か幻術でも使ったのでしょうか、〈街道警備隊〉は〈骸骨獣〉の事には何も触れず、〈長我部軍〉を連れて帰って行きました。

 そうしてようやく落ち着いた私達は、食事のタイミングを逸していた事に気づき、こうしてお弁当を食べている、という訳なんです。


「さて、こうやって自由の身にもして貰えたのじゃし、そろそろ約定を果たさねばな」


 先ほどまで串焼き肉を前足で押さえて器用に齧っていた〈骸骨獣〉が、タレと油で汚れた前足の毛皮を舐めて清めながら話を切り出します。

 気に入ったのでしょうか、未だ彼女は青い毛並みを持つ幻獣の姿でいるのです。


「約定ってなんだったっけ?」

「あ、そうでした。〈ペンドリ共和国〉と〈ジャモン帝国〉の事なのです」


 シャムシエルが惚けたことを言っていますけど、流石に当事者であるユリア様は思い出したようです。

 私達が〈長我部軍〉と戦って〈骸骨獣〉を解放したのは、隷属の首輪に縛られて機密を話せないという彼女からユリア様の故郷について聞くためでもあったのです。


「ねぇ、〈アポロ・スミンテウス〉の様子はご存じなのですか?」


 問いかけるユリア様の姿からは必死さが滲み出ています。

 〈アポロ・スミンテウス〉は〈ペンドリ共和国〉の首都で、ユリア様がお母さんや侍女のイルヴァさんと一緒に暮らしていた街です。反乱が起きて、ユリア様はイルヴァさんに連れられて地上まで脱出してきたんですから、残ったお母さんが心配なのでしょう。


「〈ペンドリ共和国〉の首都じゃな。ワシの見た範囲で良ければ伝えてやれるが、中々に凄惨な光景じゃったぞ。覚悟はあるかな?」


 問い返す〈骸骨獣〉の様子も、これまでのどこか飄々とした様子とは違い、真剣味を帯びています。

 見ているだけで居住まいを正さざるを得ない、そんな張り詰めた空気の中でユリア様はゆっくりと頷きます。


「では良かろう。(しか)と見るがよいのじゃ」


 〈骸骨獣〉のその言葉と共に、周囲の光景が一変しました。

 落ち葉の積もった地面は舗装された石畳に、立ち並ぶ樹々の幹は石造りの街並みに、そして巨木の枝が織りなす緑の天蓋は岩盤の天井へと変貌しています。

 ただし、石畳はところどころがひび割れ、街並みも傷や焦げ跡の残る壁が散見され、天井近くまで幾筋もの黒煙が立ち上る様子は、激しい戦いがあった名残を感じさせます。


「ここは・・・・〈アポロ‣スミンテウス〉? ・・・・わたくしの育った街」


 ユリア様が小さく呟きます。

 覚悟はしていても、やはり戦いで荒廃した故郷の姿に胸を痛めているのでしょう。

 しかし、幻実はそんな感傷にただ浸っていられるようなものではありませんでした。

 カチャ・・・・カチャ・・・・

 聞き覚えのある音と共に、武装した骸骨の兵士が通りを歩いてきます。

 思わず身構えたのですけど、〈骸骨獣〉の声がそれを制します。


「案ずるな。ワシが見た光景を幻術で再現しておるだけじゃから、襲い掛かってくる心配はない」


 気を取り直した私達は、ユリア様を先頭に立てて歩を進めます。

 骸骨の兵士が巡回する大通りを抜け、暗灰色(ダークグレー)の鎧を着た帝国兵の(たむろ)する議事堂に入り、評議長の応接室を目指します。

 道中、中央玄関から入ってすぐ、吹き抜けになった中央広間で妙なものを見ました。


 広間を埋め尽くすように床に直接置かれた巨大御輿(みこし)に腰掛けた身長三メートルを優に超す巨大な戦士。重厚な〈板金鎧(プレートメイル)〉を身に着け、その身の丈よりも更に大きな〈両手剣(ツヴァイハンダー)〉を床に突き立てた姿はどう見ても置物にしか思えませんけど、近くを通り過ぎる時に大きなイビキが聞こえてきました。寝てるな、此奴め。


 そんな中央広間の奥にある階段を登った先に開放された大扉があるのですけど、その脇で道化師の服を着た筋肉質(マッチョ)禿頭(スキンヘッド)な兎耳の〈獣耳人(ゾアノイド)〉がマラカスを両手に踊り狂っていました。

 大扉を潜り抜けて部屋に入ると、すぐにユリア様が声を漏らします。


「・・・・お母様!」


 乱雑に壁へと撃ち込まれた金具に鎖で手足を拘束されていたのは灰色の金髪(アッシュブロンド)をポニーテールに結い上げた碧眼の〈地鼠人(プグラシァン)〉。

 囚われの身だというのに、厳しい目つきで部屋の中央を睨み据えています。

 視線の先で平然としているのは黒眼鏡と塗れたような黒髪、袖も丈も大きめの上着で手元を隠した長身痩躯な猫背の男です。猪の〈獣耳人〉でしょうか。


「ありゃあ、何か隠し持ってんな・・・・」


 シャムシエルが唸ります。

 部屋に置かれた大きな机の上には、その天板を占拠するかのように金属の部品で構成された黒光りする機械の獣が鎮座しています。顔立ちと尻尾は〈猫狸頭(リンクスヘッド)〉の〈森蛮人(アマゾネス)〉に似ています。


「黒豹・・・・いや、でかい黒猫か」


 勇者様、なんだか撫でたそうな手つきをしています。

 そしてあと一人、口元に長い土壌髭を蓄え、鍛え上げられた大柄な身体をした〈地鼠人〉の男。薄着で、〈指節套環(ブラスナックル)〉を腰紐から下げている所から〈武術士(コンバトラー)〉なのでしょう。


 せっかくの広い部屋なのに何だか妙に高密度に思えてしまいます。


「イクセル・ランデル・・・・待ちなさい! お母様になにを!」


 〈武術士〉がユリア様のお母さんに向けて歩み寄り、その顎に手をかけた所でユリア様が叫んだのですけど、そこで幻術が解けたらしく私達は元いた森の中に立っていました。


「お母様を助けに行かないと!」


 ユリア様が叫びます。

 その気持ちはわかるんですけど、そもそもユリア様は救出のための援軍要請に向かう途上なのです。


「まぁ、これを見せたらこんな反応が返ってくるだろうってのは判っておった。アレを見せた上で放置などできる筈も無い。ワシも着いて行かせてもらおう」


 溜息を()く〈骸骨獣〉は、だからさっき覚悟の程を問うたのですね。

 軽く笑った彼女は勇者様の頬を一舐めしました。


「せっかく旅の連れになったというのに、いつまでも〈骸骨獣〉では味気があるまい。ワシの名は牙撫(がなで)。よろしくのぅ」


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