6:三人寄れば
「伝令です!」
携帯用の床机に腰かけて革袋の中身を口に流し込んでいたその男は、声をかけられてその手を止め、口元に溢れた液体を籠手で拭い取りながら、声をかけてきた部下に続きを促します。
「第二小隊に続き、第三第四小隊も定時に帰還せず」
「そうか。ならば他の小隊も呼び戻せ」
「承知致しました」
報告した伝令の顔は肉も皮もない髑髏。内容を聞き言葉少なに次の指示を下した男の顔もまた髑髏。
それだけではなく、森の中に作られた広場にいる者の顔は等しく髑髏なのです。
ここは〈剣悪〉によって構成される〈長我部軍〉が森の中に築いた野営地。
立ち去った伝令の背も見ずに、命令を下した男は再び革袋を傾けます。一体どこに行くのかわかりませんけど、ごくごくとその中の酒が男の口に流れ込んでいきます。
周囲の骸骨たちが簡素な武具を身に着けているのとは真逆に、その男は重厚な甲冑に身を包み、小脇に頑丈そうな兜を抱えています。
おそらくは、この男が〈骸骨獣〉の話したこの軍の将、〈長我部 豊寿〉なのでしょう。
私達が〈骸骨獣〉と出会ってからしばらく時間が経っていました。
今、私は単身で背の高い木の枝に隠れながら〈長我部軍〉の様子を偵察しています。
いえ。正確には少し前までシャムが一緒にいました。
しかし、彼女は〈透明化〉を使って伝令の後を追っていってしまったので、私は一人でこんな所に取り残されています。
シャムシエルは〈長我部軍〉の本隊と離れて森を巡回している小隊が合流してこないように、その現在地を確認しに行ったのです。伝令を追っていけば巡回ルートがわかりますからね。
ルートさえわかってしまえば、足跡を追跡できるユリア様の出番です。
そして霧と幻による妨害がなければ巡回中の小隊、五人一組の〈骸骨兵〉など私達にとって敵ではありません。
こうして幻覚の霧さえなければ危なげなく戦える相手だとわかった私達は、本体の手足をもいでいくように一小隊ずつ引き剥がして各個撃破する作戦を立てたのです。
私が偵察のために離れている間の勇者様の体調管理は、後でしっかり時間を取らないといけないですけどね。
なんて考えながら眼下に屯する〈長我部軍〉の動きを見ていると、いつの間にかシャムシエルが私の背後にまで帰って来ていました。
しっかりと周囲を警戒していた筈なのに、認めるのは癪ですけど流石と言う他ありません。
ともあれ、どうやら作戦も大詰めに入ったようです。
「・・・・(んじゃ、後はよろしくな)」
耳元でささやく声が聞こえたかと思うと、背中を思いっきり蹴り飛ばされました。
「あいたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
バランスを崩した私は頭を下に木の枝から落下しました。途中で羽を広げて制動をかけることで地面への激突は免れましたけど。
それはそれとして思いっきり蹴り過ぎです!
シャムシエル、後で覚えてなさいよー!
「何奴っ!?」
「曲者だっ!」
おっと、いけません。
このままもたもたしていたら捕まってしまいます。
私は慌てて身体を半回転させると、手近に居た骸骨兵士の頭に舞い降りるよう両足から着地し、そのまま気の毒な骸骨兵士の頭を踏み台にして跳躍しました。
樹木の枝が形作る天蓋は高い位置にあるので、この広場の中では遠慮なく飛んだり跳ねたりできます。
突然の乱入者に混乱した骸骨兵士たちが平静を取り戻す前に私は広場へと続く通路の一つへと辿り着き、背中を見せて低空飛行で逃げ出します。
「何をしているのだ! とっとと捕まえろ!」
異様に甲高い声が響き渡ります。
甲冑を纏った武将・長我部 豊寿が立ち上がり、どこから取り出したのか長大な〈鉾槍〉を振りかざして侵入者捕縛の檄を飛ばしたのです。
広場に居た骸骨兵はようやく私を追いかけ始めました。
最初、私は〈角鹿車〉が通れるような大きな道を使って逃げていました。しかし、充分に〈骸骨兵〉を引き付けると、目星をつけておいた小道に進路をとり、追っ手を誘導します。
この森は街道の要所であるのと同時に、周辺住民の生活の場でもあるので、街道の広い道だけでなく、切り倒した樹木を運んだり、山菜や薬草を摘みに山へと入るための小道が縦横に走っています。
その中で私が逃げ込んだのは木材を運び出すための一直線にまっすぐな小道でした。
あらかじめ高い位置の枝を払っておいたので飛ぶのに支障はないのと裏腹に、うず高く積もった落ち葉に足を取られる追っ手は上手く進めないので、彼我の距離を調整しながら進みます。
まっすぐな小道を逃げる私を追う〈骸骨兵〉は、狭い道を一列縦隊で進むしかありません。これこそが私の狙い目でした。
あらかじめ用意されていたロープを見つけた私は、飛びながらそれを掴みます。特に制動もかけなかったのでロープを掴んだ腕に大きな負荷がかかりますけど、それ以上の結果が背後で起きていました。
ドザザザザザァ!
地面に降り積もっていた落ち葉の下から蔦で編まれた網が持ち上がり〈骸骨兵〉たちを一絡げにして閉じ込めます。
ありあわせの材料を使い急いで作った網なので目は粗く冷静になれば脱出も難しくはなかったのでしょうけど、彼ら〈骸骨兵〉が冷静さを取り戻す前に落ち葉の下からユリア様が顔を出します。
「〈旋回〉! そして〈爆熱の矢〉!」
回転を加えられた火矢によって頭蓋を、胸骨を、骨盤を撃ち抜かれた〈骸骨兵〉たちは混乱から抜け出すことなく、網もろとも火に包まれます。
そうです。私達が偵察をしている間にユリア様は森の各所で自然を利用した多数の罠を仕掛けていたのです。
森の中で〈狩人〉に喧嘩を売るものではありませんね。
そんな頼もしい姿のユリア様が振り向いて素敵な笑顔を浮かべます。
「ポムさん。ここはもう大丈夫なので、サワラさんの方に行ってあげてください!」
そんな言葉に背中を押された私が向かったのは長我部 豊寿がいた広場でした。
広場には数人の骸骨兵が倒れており、そして今まさに豊寿と勇者様の一騎打ちが始まろうとしていました。兵士の多くを私が牽引している間に、手薄になった本陣を勇者様が襲撃していたのです。
大柄な体格に真紅の甲冑を着込み、しゃれこうべの上から兜を被った豊寿は鉾槍を大上段に構えます。勇者様も長身ではあるのですけど、それでも身長差と鎧の重厚さも相まって豊寿の威圧感が凄まじいことになっていました。
けれど、勇者様はそれにもめげないで先制の一撃を放ちます。
「〈火の緒〉っ! なっ、無傷だとっ!?」
「俺の鎧兜はあらゆる飛び道具を防ぐのだ!」
勇者様の手から迸った炎は確かに豊寿が着込んだ鎧に命中したのですけど、それは何の痛痒も与えていないようでした。だからといって、勇者様の武器とは武器の長さが違い過ぎるので中々白兵戦に持ち込めません。
「カカカカカッ! 喰らえっ! 〈嵐薙槍〉!」
宝貝に身を固めた豊寿が優勢のまま、打ち合うこと数合。呵々大笑する豊寿は構えていた鉾槍に風を纏わせて加速させながら、勇者様の脳天を目掛けて振り下ろします。
「しかたない。一か八かだ・・・・〈微睡み〉!」
打ち下ろされる一撃を咄嗟に避けた勇者様は魔法を使ったようですけど、特に目に見える効果は・・・・いえ、鉾槍を打ち下ろす豊寿の身体が傾ぎました。
なるほど、眠りの魔法で豊寿の意識を刈り取ったのですね。
眠りについた事で武器も手放して倒れ伏せる豊寿と、手斧を構えた勇者様の姿が交錯した次の瞬間、事態を理解できず驚愕に表情を歪めた豊寿の髑髏が、兜を被ったまま宙に跳ね飛びました。
戦いの趨勢は決まったのです。
ころころと転がる豊寿の髑髏。
ようやく止まったのは青い毛並みを靡かせる〈骸骨獣〉の足元でした。
「やっと来たのか〈牙撫〉! この薄鈍め、早く俺を助けろ!」
「・・・・」
「何をしている! 俺の命令が聞けないか!?」
「・・・・何故、ワシがお前の命令を聞かねばならぬ?」
姿を現しただけで身動きをしない〈骸骨獣〉に焦れた豊寿は相変わらず甲高い大声で喚き散らしますけど、牙撫と呼ばれた〈骸骨獣〉はそれを意に介しません。
返す声は底冷えがするほどに感情を感じさせないものでした。
「さぁ? これがまだ効果を表してると思ってんじゃねぇの?」
代わりに豊寿へと投げかけられたのは、これまで姿を隠していたシャムシエルの声と、一つの塊。
ぽーい、と放り投げられ下生えの生い茂った地面に落下したのは、〈骸骨獣〉を隷属させていた魔法の首輪でした。
「なぜ首輪が外れて・・・・!?」
「残念だったな、ハッハー!」
「残念じゃったな、クックックッ」
怒り狂う豊寿に対しそう返し、楽しそうに〈骸骨獣〉と笑いあうシャムシエルは、これ見よがしに一本の鍵を取り出して人差し指でくるくる回すのでした。