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ヒーラーストップ勇者様!  作者: 大きな愚
五章:幻夢の森
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4:魔獣と死霊

「な、なぁ・・・・あれも、異獣なのか?」

「いや、アレはアタイも初めて見る奴だよ・・・・慎重に行かないとね」


 たらり、と勇者様の額を冷や汗が滴り落ちる音が聞こえます。

 ごくり、とシャムシエルが唾を飲み込む音も聞こえてきます。

 〈獣〉の姿を目にしてすぐにユリア様と私を庇うようにして前へ飛び出した勇者様も、その勇者様と肩を並べるシャムシエルも、武器の柄に手をかけることすらしていません。


 目の前に立ちふさがるのは複数の獣の死骸を繋ぎ合わせたような醜悪な姿。

 ・・・・ずるり、・・・・べちゃり、・・・・ぴちゃ。

 身動きする度に腐肉が落ち、腐汁が飛び散り、腐臭が広がります。


 全長四メートルにも及ぼうかというその〈獣〉の正体については、私の教わってきた知識の中にもありません。

 そんな〈獣〉の怪異な姿を前にして、勇者様とシャムシエルは身動きできずにいました。


「参ったね・・・・なんでコイツ、こんな(ナリ)で動けてるのか」

「あぁ、どう攻撃したら倒せるのかさっぱり予想できないぞ」


 腐り果て、見るからに屍であるのに動いている、そんな〈獣〉を相手に前衛の二人は恐怖に飲まれている様子で、攻めかねているのでした。

 しかし・・・・。


「ねぇ、ポムさん・・・・」

「はい、ユリア様。私もそう思います・・・・」

「姿は確かにそこにあるのですけど、磁気の反応がありませんわ」

反響定位(エコーロケーション)でも像が結べません。確信は持てませんけど」

「それならば、わたくしが確認しますわ」


 互いの言葉に頷きながら後衛のユリア様と私は目の前の〈獣〉に集中します。

 腰が引け気味ながら臨戦態勢の前衛二人に対し、私たちはそれぞれの種族能力によって、目の前の獣に実体がないのではないかと訝しんでいました。

 目を伏せ、交わした会話の音が周囲に広がって帰ってくるのを拾うのですけど、やはり立ち込める霧の粒子によって乱反射するため、普段と比べて精密さに欠けます。

 それでも、より小さな私たち四人の姿は聞こえ(・・・)てくるのに〈獣〉の姿を掴めないのは、やはり異常でした。

 結果に自信が持てれば、勇者様に早くお伝え出来たのですけど、仕方ありません。

 不安がる私に代わって、ユリア様の〈重弩弓(ヘビィクロスボウ)〉から矢が放たれます。

 放たれた矢は〈獣〉の顔面に刺さることなく吸い込まれ、すり抜けて背後にそびえる木の幹に突き立ちました。

 〈獣〉は一瞬驚いたように動きを止めましたけど、たじろいだ様子で後ずさり、やがてしなやかに身をひるがえし、霧の中に姿を消して行きました。


***


「一体、何だったんだ、あれは?」


 辺りを覆う乳白色の霧がシャムシエルの問う声を吸い込んでいきます。

 頭上を覆う緑の天蓋はうっすらと輪郭を透けて見せるのみ。

 地面についている筈の足元も脛から下はもう隠れてしまっているので、なんだかふわふわとした歩き心地がします。

 消え去った〈獣〉を追おうとした私たちでしたけど、去った〈獣〉がいたと思われる場所には、そこに〈獣〉がいたという痕跡が全く見つかりませんでした。

 仕方が無いので、ひとまず〈獣〉が向かっただろう方角を目指すことにしました。


「本当に、何だったんだろうな、さっきのは・・・・」


 勇者様がシャムシエルの言葉を反芻します。

 それに、どう答えたら良いのか私は悩みました。

 可能性として思いつく答えはあるのですけど、この霧の中だと私自身、自分の感覚に自信を持てないので、発言しづらいのです。

 そうして私が葛藤している内に、ユリア様が口を開きました。


「恐らくは、幻覚の類ではないかと思うのです」

「幻覚か。そう言えば〈紋章魔術(ルーン・マジック)〉や〈呪術(シャーマン・マジック)〉に幻覚の魔法があるって聞いたことあるねぇ」

「えぇ。しかし、〈魔術師(ウィザード)〉や〈呪術師(シャーマン)〉の幻覚魔法では五感の全てを欺くことはできないとも聞くのです」

「私たちの中に幻覚が使える職業(クラス)いませんから。詳細が分からないのは仕方ありません」


 〈獣〉の正体について話が纏まりつつあった所に、勇者様が次の話題を投じます。


「じゃあ仮に幻覚だとして、どう対策したら良いかな?」

「先ほどの幻覚もポムさんが気付いていたようでしたし、引き続き反響定位での警戒を続けていただくのが良いと思うのです」

「え?」

「そうだな。ポムの耳は頼りになるからな」

「え?」

「まぁ、アタイ達もそれぞれに警戒はするから気楽にやんなよ、ポムクルス」

「え?」


 ユリア様が提案した言葉に私は固まりました。この霧の中だと自信がないというのに、勇者様の信頼が重いです。シャムシエルの無責任な言い分が逆に助かるくらいでした。

 そして、私は警戒を続けることになったのですけれど、その甲斐は思っていたよりも早くに訪れました。


***


「勇者様、皆さん、前方から何かが来ます」


 一時間くらい歩いた頃でしょうか。

 何しろ霧が深くて時間を計る余地がまったく無いのであくまで体感時間なのですけど。

 白一色に閉ざされた霧のカーテンの向こうに樹々の影が見え隠れする風景の中、シャムシエルの剣が下生えを刈り取る音と皆の足音が定期的に聞こえて来ます。

 こういう単調な景色と音が続くと、緊張を要する作業をしていると言うのに眠気に襲われてくることがあります。

 医術の用語では〈高速道路催眠現象ハイウェイヒプノーシス〉というのだそうです。高速道路って何なのでしょうね? ともあれ、眠気に襲われる前に一度休憩を入れた方が良さそう・・・・と思った時でした。

 私たちが進もうとしていた先に人間大の反響を幾つか捕らえたのです。


「ポム。距離と数、大きさはわかるかい?」 

「大きさは人くらい、数は・・・・判るのは五~六体くらいですね。距離はさっぱりです」

「了解。じゃあ進むとしようか」


 勇者様に問われ、わかる範囲で答えます。霧のせいで正確さに欠ける情報なのが悔しいですが。

 もしも私たちがただの旅人や森に迷い込んだ職人などなら、避けの(スルー)一択だったことでしょう。しかし私たちは調査依頼を受けて森に入った〈冒険者〉です。

 危険を避けて通る訳にはいかないのです。


「ちょっと、これは数が多過ぎないか?」

「いえ、また幻術という可能性もあるのです」

「けど、確かに気配はありますよ!?」


 カチャ、カチャ。ガチャ、ガチャ。

 そのまま先に進んだ私たちは、簡素な武具を身に着けた骸骨兵士の集団に出会いました。各々の武具は不揃いなものの、お揃いの紋章が武具に付いていて、どこか貴族や武家のお抱え兵士であったかのようです。

 その骸骨たちは胴体に膠で煮込んだ革の鎧(ハードレザーアーマー)を着ており、私たちの姿を見つけたのでしょう、一斉に武器を抜き放ちました。


「どうやら動く死体のようなのですけど、話は通じるのでしょうか」

「おいおい、無理だろ。頭の中に味噌が詰まってるようにゃ見えねぇ」

「話ができそうなら試してみるってことで、とりあえずは作戦通り行こう」

「あの・・・・勇者様。本当に良いんですか、あの作戦で?」

「あぁ、俺はポムを信じるから」


 あーもう、勇者様ずるいです。そんな風に言われたら、頑張るしかないじゃないですか!

 勇者様とシャムシエルがそれぞれに武器を構えて骸骨の軍団に相対し、ユリア様が弩弓に矢を(つが)える様子を確認したところで私は目を閉じて耳を澄ませます。

 反響定位によって脳内に結ばれた像と、目を瞑る直前に見えていた光景を重ね合わせる事で見えてくるものを口に出します。


「勇者様から見て一番右の大剣(グレソー)使いとシャムシエル正面の月刀(シミター)使い。奥の方に長槍使い(パイクマン)投槍使い(ジャベリナー)。あと一体大きく右側面に回り込まれてます!」

「サンキュー! そのままナビよろしくっ! ポムを守るぞ、シャム、ユリア!」

「任せなっ! 抜けさせやしないよっ!」

「回り込んでるのはわたくしが引き受けますの!」


 見た目だけなら骸骨兵士の軍勢。ですけども、そのほとんどは幻でした。実体を持つ本物の脅威となる相手は凡そ五体ほど、それさえ分かれば戦いようはあるのです。

 最初の内は幻の兵士が仕掛ける攻撃にまで身体が反応してしまい苦戦を免れませんでしたけど、幻に隠れて襲い掛かるような姑息は戦い方も、徐々に慣れていった仲間たちの敵ではありませんでした。

 特に勇者様は武器(ハンドアックス)と敵の相性も良く、あっという間に大剣使いを片付けて奥から横槍を入れていた長槍使いの元に突撃を仕掛けていました。

 シャムシエルは意外にも堅実な戦い方をし、籠手(ガントレット)短剣(ダガーナイフ)で敵の攻撃を捌きながら隙を見つけて斬りつけるという戦術で危なげなく倒していました。

 ユリア様も小盾(バックラー)で身を守りながら戦う遊撃の兵士に矢を防がれていましたけど、〈旋回(スピン)〉の魔法を使って盾の防御ごと頭蓋を貫く力技で射止めたのです。


「ふぅ、これで終わりかな?」

「はい、これで最後かと・・・・いえ、まだ何かが!」


 残った投槍使いの胸骨を手斧で叩き割って額の汗を拭った勇者様の問いに私は再度集中します。幻の骸骨兵士たちが未だに動いている中で目を閉じるのは中々に不安なものですけど、仲間を信じて周囲の音に耳を澄ませるとこれまでになかった気配が近づいてきていたのです。

 リン───と涼やかな音が響いて骸骨兵士の幻が、いいえ、それだけでなく周囲の霧まで消え去り、見通しの良くなった視線の先には、肩までの高さが一メートル半ほどもある四足獣の全身骨格が泰然と佇んでいました。

 また先刻のような幻の〈獣〉かとも思ったのですけど、今度の獣は間違いなく実体を備えている・・・・と思った時、またも意外なことに、


「のぉ、お前さんたち。ワシの幻が通じないと見えるね」


 落ち着いた声で語りかけてきたその骸骨獣は、一つ大きな欠伸を嚙み殺したのでした。

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