2:立ち往生
「アタイはトゥーリア。見ての通り獏の〈獣耳人〉さ。
アンタらと同じ〈冒険者〉で、職業は〈霊術師〉をやってるよ。
あの日も、いつもと同じように〈戦士〉のファルコ、〈魔術師〉のオンディーナ、〈呪術師〉のテクラの四人パーティで依頼を受けて森に入ったのさ。
普段どんな依頼を受けてるのかって?
あんまり本題には関係なさそうだけどまぁ良いか。その時々によって差はあるけど、植物や小動物の採取、樹木の伐採、それに獣の狩猟って依頼が多いかね。
意外かい? こういった依頼を受けて森に入る〈冒険者〉は結構多いんだよ。
狩猟も伐採も採取も専業でやってる人の方が上手だし効率も良いのは確かだねぇ。
けど、猛獣や異獣みたいな危険が見込まれるような場所になると、アタイたちみたいなのが必要なのさ。
その日に受けた依頼は〈穿貫木の実〉の採取だった。
採取場所が〈巨大蛙〉の縄張りになっちまってたから、駆除もできればボーナスがつくってんで気合い入れて出発したんだよ。
テクラは早々に変な感じがするって言ってた。
いつもなら大雨の翌朝なんかに霧が発生することは珍しくなかったんだけど、その日は数日晴れてたのに進めば進むほど霧が濃くなっていってたんだ。
言われなきゃ気づかないくらい、少しずつ、ね。
そして辿り着いたのは、アタイたちがいつも依頼を受けた時に使うキャンプ地。
木が生えてない広場で、テント張って竈作って四人が休める程度の広さ。
そこにね・・・・いたんだよ」
「五人の人が円陣を組んでしゃがみこんでた。
金属製の兜と胸当てを着けた、襤褸けてはいるけどお揃いの服を着た集団。
最初はね。先客、どこかの兵士か何かがキャンプ地を使っているのかと思ったんだ。
だから、マナーに則って挨拶するつもりで声をかけたんだよ。
だけど、違った。
多分、初動が遅れたのは霧のせいなんだろうな。
霧っていうのは音も臭いもかき消すからね。
ペチャ、ズルゥ、ピチャっていう咀嚼音や、濃厚な血の臭いにアタイたちが気づいたのは、声をかけられたそいつらが一斉に振り向いた後だった。
その一団が車座になった真ん中には腹を裂かれた〈巨大蛙〉の屍が転がっていた。
そして、湯気の出る新鮮な臓物を両手で掴んで口元に運んでいたそいつらの顔を見た瞬間、絶叫が響き渡った。
なんだよ喧しいな、と思いながら仲間を見ると寡黙なファルコも大人びたオンディーヌも天然気味なテクラも皆、顔中が口になるんじゃないかってくらい大口を開けて叫んでた。
一番、大きな声で叫んでたのはアタイだったんだけどな。
アタイたちが叫んだのは、連中の顔が原因だった。
髑髏だったんだよ。
肉も皮もない髑髏が鉄兜を被って、手袋に覆われた手で臓物を持って、血塗れの口元に運んで、喰らってた。
眼球もないぽっかりと空いた眼窩の中で赤い光が灯ってて、それがアタイたちを『見た』のがはっきりわかった。
最初が誰だったのかは判んないけど、気づくとアタイたちは走り出してたんだ」
「あとから思い返してみると、あいつらは〈冥獣〉って奴だったのかもしれないな。
両手に枷が嵌められてて、鎖に繋がれた鉄球を引き摺りながら逃げるアタイ達を追いかけてきたんだ。
その所為だったのかめっちゃ足が遅くて、おかげで逃げ切れたんだ。
けど、深い霧が立ち込める森の中を大慌てで逃げたもんだから、逃げ切れたと安心した頃には、自分たちが何処にいるのか、さっぱり判らなくなってた。
誰もはぐれずに済んだのは不幸中の幸いだったよ。
長居して、あの骸骨野郎たちに出会うのも嫌だったし、出口を求めて彷徨い始めたアタイ達の前に、今度はでっかい獣が現れたんだ。
〈森蛮人〉に似た感じの顔立ちで、青い毛並みに覆われた全長二メートルは越すような獣が、アタイたちの進行方向を塞ぐように現れて、牙を剝いて唸り声をあげたんだよ。
どうしてもその方向に行きたかった訳でもなかったし、道に迷ってる最中に未知の獣と戦うなんてのもゾッとしないから別の方向に向かったんだけど、しばらく歩くとまた道を塞ぐように、その青い獣が現れる。
同じ個体なのか、同じ種族の別個体なのかは判らないけど、そいつを避けて移動してるうちに、気が付いたら〈ピースサムセット〉に帰って来ていたんだ」
*
「というのが、被害者の一人から得られた情報よン」
食事が運ばれてくるのを待つ間にテイワさんが話してくれたのは、彼がメリーさんと二人で行っていた聞き取り調査の結果でした。
それにしても、声色や口調まで変えて再現してくれるのは助かるのですけど、テイワさんの外見で蓮っ葉な少女の形態模写は割と目に対する暴力ですね。
メリーさんが胃のあたりを抑えながら補足してくれます。
「まともに体験を話してくれる被害者を見つけるのは大変でしたわぁ。おかげでご飯がこんなに遅い時間に、よよよ。
その方は運良くほぼ無傷で逃げ帰れたのですけどぉ、他の方の中には髑髏の兵士たちに襲われて怪我をした人もいたそうですわぁ。
そして、その殆どが恐怖のためか、当時の事を思い出したり話したりすることを拒否し、中には寝込んだまま床から離れられない人もいるとか」
恐らくはPTSDなのでしょう。
未だに霧は晴れず、そんな犠牲者が次々と現れた〈ピースサムセット〉の上層部は、霧の出ている区域を〈幻夢の森〉と名付け立ち入りを禁止しました。
確かに、上層部の対応は短期的に見れば、犠牲者を減らし対処するための余裕を生み出す、正しい判断だと思われます。
問題は、その立ち入り禁止区域に〈テイワ商会〉が向かおうとしている公都〈エクウス〉に通じる街道が含まれていることなのです。
「そんな訳で、事態が解決するか、少なくとも沈静化するまでは此処で足止めネ」
「まぁ元々、一週間くらいは商談で滞在するつもりでしたけど、仕方無いですわぁ」
「こう、町から町への距離があると、必需品の積み込みもあるだろうからねぇ」
今後の予定変更を簡単にまとめるテイワさんとメリーさん。
シャムシエルもなんか納得してるみたいです。
私としても事情はわかるのですけど、どうにも腑に落ちないと言うか・・・・聞こえちゃうんですよね。
「・・・・お母様」
両手をぎゅっと握りしめて小さく呟くユリア様の声が。
彼女の故郷で起こった反乱、その対象となったお母さんを助けるため、一刻も早く救援を要請したいという気持ちが伝わってきます。
とは言っても、実際に通行規制されている区域は通れませんし、迂回していくにしても下手すると更に時間がかかることになります。
私たちもユリア様たちもテイワ商会の護衛という立場がありますから、勝手に別行動という訳にもいきませんし。
「なぁ、俺達で解決したら通れるんじゃないか?」
勇者様が切り出したのは、そんなタイミングでした。
ハッとして私が顔を上げると、ユリア様も瞳を輝かせ、シャムシエルは「ほぅ〜」と満足そうな笑みを浮かべます。
「流石はサワラちゃんね。そういうと思って、コレもらってきておいたわ」
テイワさんが取り出したのは〈冒険者協会〉の依頼書でした。
内容は「〈幻夢の森〉の異変調査」。
「どうせ一週間は移動する予定ありませんでしたし、街中で六人もの護衛を抱えて遊ばせておくのも効率良くありませんわぁ」
「もしアナタ達が良いのなら、四人で行ってきたら良いんじゃない?」
勇者様は、私、ユリア様、シャムシエルと順番に顔を見回してひとつ頷きます。
こうして、私たちは〈幻夢の森〉を探索することになったのでした。