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ヒーラーストップ勇者様!  作者: 大きな愚
四章:月夜の来客
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7:旅は続く

「ポムさん、お水は如何ですか?」

「ありがとうございます、ユリア様」


 二階の窓が開いてジョッキを手にしたユリア様が顔を覗かせます。

 哨戒のために〈角鹿車(キャリッジ)〉と並走する形で飛んでいた私はその声を聞き、翼を動かして出窓に身を寄せます。

 ユリア様が両手で差し出す取っ手のついた大きな木のジョッキを受け取り、中のお水を口に含むと、果汁が絞ってあったのか柑橘系の香りが鼻腔をくすぐります。

 空気が乾燥してきているのか喉が渇いていたので、とてもありがたいですね。


「それにしても、あれから六日。早いものですわね」

「本当ですね」


 ユリア様が旅の一行に加わってから、六日が過ぎていました。


 ガラガさんの宣言通り、勇者様もテイワさんも二日で動けるようになったので、旅の準備を進められるようになりました。

 腱や骨、関節のダメージを魔法で癒してしまえば、後は筋肉痛が酷いだけですから、痛みさえ我慢できれば動けないことはないのですけど、勇者様だけでなくテイワさんまでが筋肉を鍛えられると喜んでいたほどです。

 

 魔術の使い過ぎで倒れ、体調を崩していたメリーさんも一晩ぐっすり休んで復調しています。

 魔力が尽きるまで使ったという意味では私やガラガさんも似たような感じだったのですけど、〈降霊術(オカルト・マジック)〉には術者の精神力を武器として直接引き出す魔法があり、メリーさんはそれを多用したために神経衰弱を引き起こしていました。

 その上、両手に剣を持って白兵戦を挑んだり、黒縄で縛り付けた禍獣を押さえつけたり、押さえきれなくて吹っ飛ばされたりと、魔術職(マジカル)らしからぬ行動で身体的な疲れも溜まっていたのでしょうね。


 ガラガさんとチャーリーさんは怪我も疲れもほとんど残っていませんでした。

 護衛任務を長年務めている二人は、翌日にダメージを残さないことも仕事の内だと笑顔で教えてくれました。

 確かに、襲って来た敵を倒したとしても、それで護衛が動けなくなったのでは護衛対象は守れませんから、余力を考えて戦うのは大切ですね。

 私たちも〈冒険者〉として見習いたい所です。


「そうですわね。護衛の傷つく姿は護られる側としても辛いものですし」


 溜息と共に吐き出した言葉に、ユリア様が相槌を打ってくださいました。

 幸いなことに、ユリア様自身に大きな怪我はありませんでした。

 それは侍女のイルヴァさんが重傷を負ってまで護ったからという部分が大きいのですけど、その犠牲を容認するにはユリア様は優しすぎるのですね。

 テイワさん達との交渉の結果、ユリア様を狙う追手と隊商の護衛が戦い、ユリア様も隊商の為の戦闘に加わり、互いに互いの護衛を行うという形で話はまとまりました。

 その代わりという訳ではありませんけど、イルヴァさんは〈コルゴ村〉に残ることになってしまいました。


「でも、私は少し安心しているのです。これ以上イルヴァを巻き込まなくて済みますから。治療を引き受けて下さったサロリナさんには感謝のしようもありませんわ」


 イルヴァさんの残留を強く主張したのはコルゴ村の村長夫人サロリナさんでした。

 〈コルゴ村〉から目的地である〈公都エクウス〉まで約四週間、とてもではないけれど重傷を負ったイルヴァさんに耐えられる旅ではない、というのです。

 今回の冒険が初めての旅となる私と違い、引退した元冒険者であったサロリナさんの話には私の知らなかった知見が多く、私もユリア様も深く納得したのでした。

 イルヴァさんは〈コルゴ村〉で治療を受け、完治したらメイドとして働きながら治療費を返済するという事で彼女の事はサロリナさんに一任することになりました。


「それに、姫さんにはアタイが付いてるからな」


 ユリア様の背後からシャムシエルが顔を覗かせます。

 六日前に圧し折れた鼻面(マズル)はすっかり治っており、その顔には包帯もなく傷一つ残ってはいません。


「シャムシエルがいると、いつ背後から刺されるか気が気ではありませんけどね」

「そう言うなよポムクルス。これでもアタイはオマエに感謝してんだからさ」

「まぁまぁ、ポムさん。シャムさんも反省してますから、その辺りで・・・・」


 出発前、怪我の治ったシャムシエルを連れて〈コルゴ村〉の〈冒険者組合(ギルド)〉に留置されていた〈暗黒魔導士(ダークエージェント)〉の少女イネスとの接見を行いました。

 依頼を果たせなかったシャムシエルの姿を見るやいなや、イネスは語彙の限り罵倒し始めました。

 彼女は自分の感情を全部言葉にしないと気が済まないタイプだったみたいですね。

 調書を取っていた組合の職員さんは苦笑いをしていましたけど、御蔭でその背後関係がはっきりしました。


 どうやら反乱軍は〈地鼠人(プグラシァン)〉の反体制派を中心に、便乗した〈ジャモン帝国〉の軍と〈剣悪(けんお)〉と呼ばれる謎の軍が協力しているようでした。

 イネスは大方の予想通り帝国軍人でした。

 帝国軍には禍獣軍・冥獣軍・刻獣軍という三軍があり、その中でイネスが属していたのは禍獣将軍チュールー率いる禍獣軍です。

 ちなみに禍獣を操る〈暗黒魔導士〉の数は他の軍よりも多いけど、それだけで構成されている訳ではないようですね。


 そして、事情も知らないまま雇われただけの現地調達戦力でしかないことが判明したシャムシエルには、施療院への不法侵入と器物損壊による罰金刑のみが課されました。

 その罰金を、人手が欲しかったユリア様が肩代わりしたことで、シャムシエルも〈公都エクウス〉まで同行することになったのでした。


「ポムクルスとは部屋も同室になったしな」

「お二人が仲良くなって良かったのです」

「御蔭で寝不足ですけどね・・・・」


 ユリア様とシャムシエルが加わった事で、部屋割りが新たに決められました。と言っても、男性陣の部屋は大きく変わりません。

 屋根裏のガラガさん、会長室にテイワさん、護衛部屋の一つに勇者様とチャーリーさん、って組み合わせですね。

 女性陣はというと、メリーさんとユリア様、私とシャムシエルが同室になりました。

 ユリア様の護衛として付いてきているシャムシエルが、ユリア様とではなく私と同室になったのは、出発した時にまだ怪我が残っていたからでした。


 手術はしたものの、シャムシエルの折れた鼻骨が治りきるのには魔法を併用しても三日かかりました。

 気道が塞がったままでくっつく事が無いよう、その間ずっと鼻に詰め物をしていたため、(いびき)が凄かったんです。

 本人曰く、治療が終わってからもその癖が残ってしまったようで、睡眠指導をしながら矯正してはいるのですけど、私は元からの癖なんじゃないかと疑っています。


「だいたい、シャムシエルは部屋を散らかしすぎなんです! 脱いだ服はその辺にポイっと投げ捨てるし、そもそも寝る時に真っ裸(まっぱ)になるの、冒険者としてどうなんですか? 夜襲とかあったらどうすんです!?」

「良いんだよ。そんときゃ裸で応戦すりゃ良いだろ、大して変わりゃしねぇしよ。ていうか、ポムクルスだって部屋汚すじゃないか。こないだも〈角鹿車〉が動いてるときにカルテ書いててインクこぼしてたろ?」

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて、ね?」


 妖精遺跡で勤めてた頃にはカルテはコンソールを操作してたから羽ペンと羊皮紙で書くのは久々だっただけですよ。揺れてたから字もよれよれになってしまいましたし・・・・。


「ほら、見てください。周りが開けてきたですの」


 角を突き合わせる私とシャムシエルの間に挟まるようにユリア様が私たちの注意を周囲に向けさせます。

 そうですね、そもそも周辺警戒も私たちのお仕事なのですから、喧嘩ばかりしている訳にもいきません。


 見回してみますと〈パーソレイ公国〉に多かった針葉樹の林が途切れていました。

 背の高い樹々の間を木漏れ日を浴びながら続いていたまだら模様の街道も、陽の光を全面に浴びてその姿をはっきりと見せています。

 街道の行く先に視線を向けると、小さな常緑樹の林がぽつぽつと並ぶ若草色のだだっ広い草原を切り裂くように、道が地平線まで伸びています。

 その途中には街道を挟むように石造りの大きな門が聳え立ちます。


「あれは、関所・・・・でしょうか?」

「えぇ、私も見るのは初めてなので断言できませんけど、おそらくは」


 ユリア様と二人で不安そうに顔を見合わせていると、ガバリとシャムシエルがまとめて肩を抱き抱えてきました。


「あぁ、あれは公国の国境を守る税関だ。あの関を超えたら〈ノース・キティ公国〉だぞ!」

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