4:一矢報いる
「ギャァァァァァァァ! 目がっ、目がぁぁぁ!!」
悲鳴が室内に響きます。
目を開いた私の視界に移ったのは、侵入者である〈森蛮人〉の〈盗賊〉が目を押さえて苦しんでいる姿でした。
それを行わせたのは、目を閉じていた私の瞼の裏にも焼き付くような強い光。〈光源〉の灯りは〈森蛮人〉の使っていた〈真闇〉と打ち消し合ってすぐに消え去りましたが、〈闇視〉を使っていた刺客にとってはたまったものではありません。その一瞬だけで視力を奪い、多大なダメージを与えていました。
「〈警戒〉を使っておいて良かったのです」
再び月明かりだけが照らすようになった室内でユリア様が上体を起こしていました。
敵の攻撃に応じて反撃できるようになり、就寝前にかけておくことで殺意に反応して自動的に目が覚める効果のある〈警戒〉は、〈狩人〉が扱う〈狩猟術〉です。
「刺客の隙を突くタイミングを計っていました。ポムクルスさんを囮にした形になったことは申し訳ないのです」
魔法による目潰しで形勢を逆転したユリア様は〈重弩弓〉の狙いを〈森蛮人〉に定め、私に向かって軽く頭を下げます。
「あ、このくらいなら大丈夫ですよ。あと、ポムでいいですよお姫様」
「感謝致しますわ。では、ポムさんもわたくしのことはユリアとお呼びください」
「はい、わかりました。ユリア様」
こんな状況でありながらも笑顔を交わし、二人の視線は襲撃者の方に向きました。
「イクセル・ランデルは、よほどわたくしを殺したいようね。反乱を起こしただけでは気が済まないのかしら?」
ユリア様の口から飛び出したのは襲撃者への問いかけでした。
聞き慣れない名前が含まれていましたけど、話の流れから察するに〈ペンドリ共和国〉で反乱を起こした人物なのでしょうか。
「誰だ、そりゃ?」
しかし、襲撃者の返答は意外なものでした。
「このシャムシエル。〈職業〉こそ〈盗賊〉じゃあるが、腐っても反乱に加担なんぞするものか!」
未だ目を押さえたまま、しかし吐き捨てるように彼女は潔白を訴えます。
「え? でしたら貴女、どうしてわたくしを殺しに来たんですの?」
「そりゃ、小っちゃな女の子が泣きじゃくりながら高額の配当が書かれた手配書を握りしめ、可愛がってた友達の仇を取ってくれっていうのだぞ?」
その光景を思い出したのか襲撃者、シャムシエルの目に涙が浮かびます。あ、いえ、〈光源〉で目潰しされた時から滂沱の如く流れっぱなしなのですけど。
けど、その女の子ってユリア様の関係者なのでしょうか?
「青と黄色の左右色違いな目でエメラルドグリーンの髪を肩の辺りまで伸ばした十歳くらいの女の子。〈獣耳人〉だと思うけど耳は見えなかったから細かい種類はわからなかったぞ。覚えがあるんじゃねぇか?」
説明を聞いても覚えはなかったのですけど、ユリア様はピンと来たようです。
「えぇ、その容姿には覚えがありますわ。イクセル・ランデルの連れていた〈暗黒魔導士〉に違いありません。あの〈禍獣ドール〉の飼い主ですわ」
なるほど、思いっきり追っ手ですね。確かにペットの仇で間違ってはいませんけど、自分で嗾けておいてその言い分は詭弁ですよねぇ。
ユリア様の説明にあった〈暗黒魔導士〉は〈ネルガート聖王国〉の隣国〈ジャモン帝国〉独自の〈職業〉です。
上級職の一種で〈禍獣神ネームレス=テリオン〉を崇める魔法戦士。〈戦舞術〉と〈紋章魔術〉が使える上、専用の〈黒魔術〉まで扱えます。ちょっとずるいですよねぇ。
もっとも、強力な分だけ職業に就くために必要な能力は高く、成長速度も遅いのだそうです。良い事ばかりじゃないんですね。
〈ジャモン帝国〉はかつて〈ネルガート聖王国〉に攻め込み、ほぼ全土を征服したことがあります。その時にはもう少しで聖王家が根絶やしになるという所で最後に残った王子が反乱軍や当代の勇者様を率いて山脈の向こうまで押し返して国土を回復させたのですけど、未だに両国の間には遺恨が残っていて国交は結ばれていません。
そんな訳で、〈ネルガート聖王国〉の組織である冒険者組合では〈ジャモン帝国〉独自の〈職業〉である〈暗黒魔導士〉、〈暗殺者〉に〈妖術師〉は登録することができません。
つまり、〈ペンドリ共和国〉で反乱を起こした人物の傍に〈暗黒魔導士〉が居たということは、反乱の背後には帝国の影が潜んでいるということです。
一気に話がきな臭くなってきました。
「やっぱり、あの子の友達を殺したのはオマエか!」
短剣を持った手の甲で涙の浮かんだ目をこするシャムシエル。ようやく僅かに視力が戻ってきたのか、弩弓の狙いをつけられながらもじりじりと武器を構え直します。
「何をやらかして三万ゴールドもの懸賞金をかけられたのかは知らねぇが、かわいい形して碌な奴じゃなさそうだな」
「三万ゴールド!?」
追っ手を掛けられていたとは聞いていましたけど、まさかそんな高額の賞金がかかっていたなんて・・・・驚きのあまり叫んでしまいました。
ちなみに「ゴールド」は〈ネルガート聖王国〉の全域で流通している金貨です。一食分の保存食、一時間燃える松明一本、十メートルのロープ、この辺りがそれぞれ一ゴールドで買えると言えばわかってもらえるでしょうか?
その実に三万倍なのです。
「イクセル・ランデルはものの価値がわからない男ですわね。このわたくしの首がたった三万ゴールドだなんて」
だというのに、ユリア様は不満そうに口をとがらせます。まぁ、確かに生命の値段と言われたらどんな値がつけられても納得できないものでしょうけど。
いえいえ、それ以前に誤解を解いた方が良いんじゃありませんか?
「さぁ、冥府に行ってこれまでの罪を詫びて来やがれ!」
ほら、気を反らした隙にシャムシエルが襲い掛かって来たじゃないですか!
「はぁ。残念ですけど、どうやら話して分かる相手ではなさそうですわ。〈旋回〉!」
キュィン、ドシュ!
寝台に腰かけた体勢のまま、ユリア様は弩弓の引鉄を引きました。
チッ! ブシュッ! ガガン!
「え!?」
放たれた太矢はシャムシエルの短剣を持った腕を掠めて壁に突き立ちました。なんだか弩弓の矢が発する音じゃなかった気がしますけど・・・・。
ギャリギャリギャリギャリ! ズガッ! ヅドン!
・・・・まだ続きがありました。
壁に突き立った太矢はそのまま回転しながら壁をえぐり、貫通して、勢いのまま飛び出して、廊下の向かい側の壁に突き立ってようやく止まりました。
「え・・・・?」
一泊遅れ、腕から血が噴き出してからシャムシエルが事態を飲み込んだようです。
痛みのせいか、焦りのせいか、恐怖のせいかわかりませんけど、彼女の顔に冷や汗が浮かんでいます。
ガシャコン!
ユリア様が弩弓に太矢を再装填する無慈悲な音が響きます。
螺旋状に溝を掘った円錐形の鏃をもつ〈螺旋の太矢〉。先ほど壁を貫通したのもこの矢だったのですね。
「〈旋回〉」
キュィィィィィン!
ユリア様の魔法を受けて、その先端が高速で回り始めます。
元来、土を掘り木に穴を穿つ切削工具であるドリル。螺旋状の溝によって土塊や木屑を後方に排出し回転しながら前進するドリルの構造を武器に組み込むとどうなるのか。それは、イルヴァさんのお腹に開いた刺創が物語っていました。イルヴァさんを刺したのはこの矢よりも直径の大きい、槍か剣でしょうけど。
空気を引き裂くような鋭い回転音が、奥歯が疼くような原始的な恐怖を引き起こして思わず頬を押さえたくなります。
それは現在進行形で狙いをつけられているシャムシエルも同じようで、ユリア様に襲い掛かる途中の姿勢で固まったまま身動ぎ一つしません。
ポタリ。
シャムシエルの上腕を掠めた矢創から流れ出た血が床に落ちる音がやけに大きく響きます。
「はぁ、仕方ねぇな」
部屋に立ち込めていた緊張感を破り、溜息をついたのはシャムシエルでした。
彼女は苦虫を嚙み潰したような声を絞り出します。
「今回はその命、預けておくぞ。〈透明化〉!」
そしてシャムシエルの姿がその場から掻き消えました。