6:賢者に策あり
ドルルン! ドルルン!
唸りを上げて回転するのは一対の螺旋槍。〈土竜戦車〉に搭載されている掘削兵器です。
戦車を牽く〈巨大土竜〉も、全身から蒼く輝く魔力を立ち昇らせながら四肢で大地を踏みしめています。
「お疲れ、ポム」
「いえいえ。チャーリーさんにも手伝ってもらいました」
「老師の作戦、第一段階はクリアですわね」
勇者様たち三人で〈禍獣ドール〉の注意を惹き付けている間に、私は〈土竜戦車〉の方に飛んで行って〈巨大土竜〉を治療していました。〈禍獣ウェンディゴ〉に吹っ飛ばされた〈巨大土竜〉の傷は浅いものではありませんでした。肋骨は折れ、あるものは内臓に突き刺さり、あるものは身体の外に飛び出して、その命は風前の灯火でした。
〈巨大土竜〉の身体の大きさと怪我の深さに私は圧倒されました。この瞬間も勇者様たちは〈禍獣ドール〉と戦っています。時間は少なく、患畜の状態は悪い。そんな焦りを払拭してくれたのはチャーリーさんでした。
〈禍獣ドール〉の粘液によって戦車に閉じ込められてはいたものの、幸いなことにチャーリーさんもユリア様も怪我してはいませんでした。いつもの調子で私とユリア様の不安を吹き飛ばしてくれたチャーリーさんの案に従って、私は〈巨大土竜〉が万全に動けるだけの治療を施しました。チャーリーさんは〈騎趣術〉によって〈巨大土竜〉の体勢を動かしてくれました。本来はチャーリーさんとベオニアのように長年寄り添った乗騎との連携でしか扱えない〈騎趣術〉ですが、〈霊騎〉という、本来の乗騎が扱えない時などに短時間の乗騎を用意する術があるのです。
治療を終えた私が勇者様たちと合流する間に、ユリア様が戦車の機能を回復させて下さることになっていました。〈地鼠人〉に伝わる魔法〈旋回〉によって回転を始めた螺旋槍は、作戦参加が可能になった合図なのです。
チャーリーさんが手綱を取り、ユリア様が動力を担当することで〈土竜戦車〉はスムーズに動き始めます。グローブのような前足が土を削っては左右に押しのけ、螺旋槍が勢いよく土を後ろに跳ね飛ばします。
あっという間もなく〈巨大土竜〉だけでなく戦車まですっかり見えなくなってしまいました。
「それじゃあ、次は儂らが気張らんとのぅ・・・・」
「はいですわぁ」
「俺たちもいくぞ、ポム!」
「はい、勇者様!」
ガラガさんとメリーさんが呪文の詠唱を始めます。私は勇者様に続いて〈禍獣ドール〉に向かって突っ込みます。二人の詠唱が終わるまで、禍獣の意識を引きつけなくてはならないのです。
「刻むルーンは『Ehwaz』・・・・Tidens steg är från en rask promenad till ennormal promenad」
「我は契約に基づき求め訴えん。汝、星界の伯爵、影の縄を打ち放ち、眼前の咎人を捕らえんことを・・・・」
紡がれる呪文の詠唱を背に受けながら、私は改めて禍獣ドールと対峙しました。禍獣の頭がある高さでホバリングしつつ〈投石器〉を構えます。地上では勇者様が魔法の炎を打ち込んでいます。先程の投擲によって勇者様の右腕は腱を痛めていることでしょうし、手元には武器がないのですから仕方ありません。その〈片手斧〉は私の目前、ドールの頭にしっかりと刺さっています。
何発か石を射ち込んでいる間にメリーさんの呪文が終わります。
「〈黒影の鞭縄〉!」
蛇頭と化した両腕を持つ半人半蛇の刻獣がメリーさんの影から現れて禍獣ドールの首を縛り上げます。身動きを封じられて盛大に藻掻く禍獣でしたが、直後にガラガさんの呪文が完成します。
「〈Långsam〉!」
対象の行動速度を操作する魔法をかけられ、抵抗に失敗したのでしょう。目に見えて禍獣の動きが緩慢になってきました。
ガラガさんの〈低速〉とメリーさんの〈黒影の鞭縄〉によって禍獣の動きを抑制できるようになった事で、私と勇者様の役割にも余裕ができてきました。
ひょっとすると、今なら触手を掻い潜って勇者様の〈片手斧〉を回収しにいけるかな?
などと考えながら、注意を惹くために禍獣の頭周辺を飛び回っていたら。
「Didiiiiiiiiiiiiltu!?」
禍獣ドールが大きく鳴いて〈黒影の鞭縄〉を引き千切らんばかりに暴れはじめました。これには私も不意を突かれて驚きました。思わず羽を広げて距離をとります。
「安心せい。どうやら、チャーリーたちが上手くやったようじゃ」
「その・・・・よう・・・・ですわね」
ガラガさんの推測に、額に脂汗を流しながらのメリーさんの返答。特に暴れる禍獣を物理的に抑制しているメリーさんの負担は大きそうです。
とはいえ、これは良い知らせです。チャーリーさんが操縦する〈土竜戦車〉の〈螺旋槍〉が禍獣の胴体を抉ったのです。私の〈反響定位〉でも凡その位置は把握できますけど、〈地鼠人〉であるユリア様はそれ以上の精度を誇る磁気感知能力を備えています。地上や空中とは違って視界も効かず音の通りも悪い地下で生活する上でとても便利な能力なのですが、今回はドールの胴体へ的確に攻撃を誘導するという役割を果たしてくれています。
そして、地上に頭を出したままの禍獣ドールの胴体は、ろくに身動きも取れません。
蚯蚓の類は地中では自在に動けると思われがちですけど、彼らは基本的に口で前方向の土を食べて穴を掘り、体節を蠕動させて前進し、身体全体で土を押し固め粘液で補強しながらトンネルを形成した後、土を糞として排泄して通過したトンネルを埋める、という移動を行います。
つまり、頭を押さえてしまえば、穴を掘る能力は大きく損なわれ、また横方向への移動も得意ではない、ということなのです。
「お若いの、お嬢さん、離れるんじゃ! 刻むルーンは『Lǫgr』・・・・Atmosfären blir en osynlig kedja som förvandlas till ett moln」
ガラガさんの声が響きます。勇者様と私が離れている間にも詠唱は始まっており、ドールの周囲に霞が立ち込め始めました。範囲内に居る対象へ無差別に効果を及ぼすタイプの魔法です。確かに禍獣ドールの巨体には効果的と思えました。
「〈Moln av bud〉・・・・ぬぅ、手応えが薄いのぅ」
しかし、どうやら禍獣に抵抗されてしまったようです。蚯蚓って皮膚呼吸ですから雲系の魔法とは相性が良くないのかもしれませんね。
「DiDiiiiiiii! JiJiiiiiiii!」
「ガラガ老師、ちょっと・・・・厳しいん・・・・ですけどぉ?」
「えぇい、焦らせるでない! 刻むルーンは『Lǫgr』・・・・」
地下で〈猛攻突撃〉が炸裂し、痛みに暴れる禍獣を縛る〈黒影の鞭縄〉にも大きな負荷がかかります。
ドールを縛り付けるアンドロマリウスに精神力を流し込み続けているメリーさんの顔色は蒼白を通り越してもはや紙のようで、ガラガさんも慌てて〈戒めの雲〉の詠唱に再挑戦しています。
しかし、間に合うのでしょうか?
このままメリーさんが力尽きて自由に動けるようになれば、禍獣ドールは地中に潜って〈土竜戦車〉を狙うことでしょう。そうなった場合、私たちにチャーリーさんとユリア様を救う手立てはありません。何とかメリーさんの状態を立て直さなきゃ。そう思って姿勢を変えたその時です。
「うおぉぉぉぉぉぉぉおっ!」
ずどどどどどどどどどっ!
気合いの籠った叫び声と、重い物の移動する音が、私の耳に響きました。
振り返った私の目に映ったのは、〈禍獣ウェンディゴ〉との戦いの中で打ち捨てられていた、テイワさんの両手持ち〈戦斧〉を左手一本で引き摺りながら猛然と疾駆している勇者様の姿でした。
「え? 勇者様、それをどうするおつもりで・・・・さっき〈片手斧〉投げたから右手は痛めてる・・・・え?」
混乱して思わず口をついて出たのは疑問ばかり。
ですけども、すぐに勇者様の考えに思い至りました。
「ひょっとして、それも投げるつもりですか!? そんな無茶、許可できません!」
叫びます。
勇者様は走る足を止めずに一瞬振り向き、
「悪ぃ」
一言だけ残した勇者様は、走る勢いを残したまま空中に飛び上がり、大きく背中を反らして〈戦斧〉を振り被ります。柄を握る左手だけでなく、痛めているはずの右手も添えて、綺麗な海老反りから全身のバネを活かして投擲します。
〈戦斧〉は、弩から放たれた矢のような勢いでクルクルと回転しながら禍獣ドールの頭をかち割り、それでも回転を弱めずに喉を勝っ捌きながら地面にめり込んで止まりました。ちょうど、顔を出した禍獣の首を地面に縫い留めるような形になっています。
禍獣は何が起きたのかわからないとでも言うかのように動きを止めていました。禍獣だけでなく、地上に居た全員が呆然と立ちすくんでいました。勇者様も、流石に身体が言うことを聞かないのでしょう、しゃがみ込んでしまっていました。
私だって、開いた口が塞がらないという気持ちを味わいながら、頭の中では勇者様の治療計画を立て始めていました。
しかし、そんな中でも〈土竜戦車〉だけは動きを止めていませんでした。
「Diltu! Didiltu!!」
ドールの叫び声が聞こえたかと思うと、目の前にメリーさんの背中が迫っていました。痛みに仰け反った禍獣の動きに引っ張られて空中に打ち上げられたのです。慌てて抱き留め、そのまま諸共に墜落します。
落下する私の目に飛び込んできた光景。それは、身動きの取れない勇者様に向かって突進する禍獣ドールの姿でした。