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ヒーラーストップ勇者様!  作者: 大きな愚
三章:地底の姫君
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5:禍獣ドール

「Jiiiiiiii! Jiiiiiiiii!」


 板と板を高速ですり合わせるような音が頭上から聞こえます。〈禍獣ドール〉の鳴き声です。

「ミミズって鳴くんだな」

「能天気な事を言ってる場合じゃありませんよ勇者様」

 〈禍獣ドール〉の姿形は蚯蚓(ミミズ)に、それも巨獣〈大砂蚯蚓〉(サンドウォーム)にそっくりです。しかし、巨獣や猛獣は基本的に食欲や生存本能によって他の生物を害すのに対して、禍獣などの異獣は憎悪によって他の生物を害します。それはとても大きな違いなのです。

 そもそも、地面からひょっこり顔を覘かせてるだけという状態で、既に四階建ての監視塔に匹敵する大きさなのです。どうやって戦えば良いんでしょうね、これ。

「異獣を発見した冒険者はその討伐も任務の内だと教わりましたけど、流石にこれは・・・・」

「逃げられるもんなら逃げたい所じゃけどのぅ」

「きっとポムクルスさんだけ(・・)なら逃げられると思いますよ」

 そうでした。〈大砂蚯蚓〉や〈禍獣ドール〉には地面の震動を感知する器官があって、走って逃げたりすると感づいて追い掛けて来るという特徴があります。

「じゃが、まぁ。嬢ちゃんが居てくれて良かったやも知れぬ。いざという時には近くの村に警戒を呼び掛けに行ってくれい」

 それはつまり、私たちで〈禍獣ドール〉を撃退できなかった場合の話でした。

 空を飛べる私だけで戦闘を離脱し、峠の向こうの村に状況を伝える。村から伝令を出してもらって近隣の村や街にも呼びかけて警戒網を作る。そうすることで周囲一帯の被害を減らそうという話なのです。重要な役割だということは分かるのですけど、勇者様を置いて逃げるということに強い抵抗を感じます。


「皆様、逃げてくださいませ! 〈ドール〉の狙いはわたくしですわ!」

 こちら側から攻める余裕も無いまま〈禍獣ドール〉の動きを待ちながら、答えの出ない問答を続けていた私の耳に、凛とした声が響いて来ました。ユリア様です。

 〈土竜戦車〉(チャリオット)の荷台から姿を現したユリア様は、その背丈には似合わない巨大な(いしゆみ)を構えていました。

 しかし、いくら〈地鼠人〉(プグラシァン)の体格に比して巨大な武器とは言えど、それでも〈禍獣ドール〉の巨体を前にしては、縫い針で(グリズリー)に挑むようなものです。

「姫様! 無茶しないでください!」

「イルヴァちゃんも落ち着いて、ネ?」

 案の定、遠ざかってゆく軍用猪(ベオニア)の鞍上で侍女のイルヴァさんが悲鳴を上げてテイワさんに宥められています。

「ちょ、何いきなり大きな声出してるッスか!?」

 〈禍獣ドール〉がその騒ぎに気付き、ユリア様の(更に言えば土竜戦車の)方に首を巡らせます。その喉元が膨れ上がった所で、操縦席から飛び出してきたチャーリーさんがユリア様の襟首を引っ掴んで操縦席に戻り、バタンと扉を閉めます。

 ベチャッ!

 間一髪。その直後に〈禍獣ドール〉の口から発射された白く濁った粘液が戦車の車体を覆いました。


「ぬおぉぉぉ!? 閉じ込められたッス!」

 粘液に危機感を覚えて咄嗟に操縦席の扉を開けようとしたチャーリーさんでしたけど、その粘液に邪魔されて扉を開けることができず、ガタガタと戦車を揺らすことになってしまっています。

「やれやれ、大声を出すなと言うてたのは誰じゃったかのぅ。それにしても・・・・」

「えぇ、あれに捕まったらアウトかと。事前に知れて助かりました」

「チャーリーGJ(グッジョブ)。お前の犠牲は忘れない!」

 しかし、閉じ込められるのと引き換えにユリア様とチャーリーさんは貴重な情報を私たちにもたらしてくれました。そして、立ち向かう元気をも、ですね。気付けば、皆の顔に笑みが浮かんでいました。

「さて、距離をとりつつ粘液を避けながら注意を惹く、というだけでは〈賢者〉(ワイズマン)の名が泣くのぅ」

 そう言ってガラガさんは作戦を説明します。

「中々の綱渡りなのですわ」

「まぁ、やるっきゃないって事だろ。ポムはチャーリー達を頼む!」

「わかりました!」

 攻撃に参加できない私は勇者様や皆に背を向け、翼を広げます。私にできることをするために・・・・。


「刻むルーンは『íss』()・・・・Is blir(氷は) en pil(矢と) och(なり) sliter (空を) sönder(引き) himlen.(裂く)

我は契約に基(エロヒム)き求め訴えん(エサイム)。汝、星界の公爵(エリゴール)、光の槍を投げ放ち、眼前の敵を貫かんことを・・・・」

「・・・・」

 背後から聞こえてくるのは、ガラガさんとメリーさんの呪文の詠唱。そして勇者様も首から下げた勇者の証を手に集中している様子が振り向くまでもなく伝わって来ます。

〈Ispil〉(氷の矢)!」

〈意志の刻槍〉(サイコ・スピア)!」

 空気中の水分を凍らせて作った三本の矢がガラガさんの狙いに沿って〈禍獣ドール〉の鎌首に連続して命中し、広範囲にわたって凍結させます。黒馬の赤騎士(エリゴール)に抱えられたメリーさんの放つ投槍が輝きを伴い、ブヨブヨとした皮膚を立て続けて貫きます。

「Jiltu! Jijiltu!」

〈火の緒〉(ホノヲ)!」

 痛みに身を捩る禍獣の顔面に、一拍遅れて勇者様の火球が着弾しました。

 三人は矢継ぎ早に魔法で遠距離攻撃を加えて行きます。テイワさんとチャーリーさんという二人の体術職(フィジカル)が不在の現状、魔術職(マジカル)中心でとれる戦術であるということもありますけど、何よりも敵が大き過ぎるために後衛の安全がまるで確保できない、というのが最大の理由です。

 命の危機を感じる程ではない程度の散発的な攻撃を続けることによって、攻撃してくるのは誰なのか、何者なのか、何故攻撃してくるのか、どう対処すれば良いのか。すなわち、相手に余裕を与えない、ということなのです。

 しかし三人とも〈禍獣ウェンディゴ〉との戦いの疲労も抜け切れていない筈。そういつまでもこの綱渡りを続けてはいられないでしょう。急がないといけません!



「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 どのくらい時間が経ったのでしょうか、〈大陸リーフ〉の北端にある此処〈パーソレイ公国〉は日の出が早く日没が遅い地域です。だというのに気付けば太陽は既にその姿を山の陰に隠してこっそり空の色を染めているのみ。その色合いも橙色から紫色へ段々と移り変わっており、代わって宵闇が戦場を支配しつつあります。

 一つ作業を終えてそんな戦場へ戻る途上にあった私の耳に聞こえてきたのはメリーさんの悲鳴でした。急いでいたのでそれなりの速度は出していましたし〈禍獣ドール〉の巨体が僅かに見える程度の距離まで近づいていたため、突然のその叫びは私の平衡感覚を狂わせるに充分な音量でした。

 危うく地面に突っ込みそうになる姿勢を必死に制御して戦場の様子を見ると、〈禍獣ドール〉の口元から生えている無数の触手の一本にメリーさんが絡め捕られています。

 〈土竜戦車〉に向かって吐き出された白濁粘液とは別種の、青黒くヌメヌメテカテカとした粘液に塗れた触手に胴体を縛られたメリーさんは「うぐぐ」とくぐもった声を漏らしながらも、両手にそれぞれ一本ずつ〈精神剣〉(サイコ・ソード)を生やし、それを〈禍獣ドール〉の口に向かって恐ろしい勢いで振るっています。

 その顔色が蒼褪めているように見えるのは、魔術のコストによる疲労なのか、どこか怪我をしているのか、それとも嫌悪感なのか分かりませんけど、いずれにしても急いで助けないといけません。


「ポム! メリーの下に回って受け止めるんだ!」

 え?! 急に名前を呼ばれて勇者様の姿を探します。

 見つかりました。勇者様は手斧(ハンドアックス)を振り被って、メリーさんを捕まえている触手の根元を狙っています。あの構え、村の祭りで射的をやった時のと同じです。止めないと!

「勇者様、それは・・・・」

 手遅れでした。私が最後までいう前に、勇者様の手を離れた手斧は口元の触手を何本も根元から断ち切った上で、〈禍獣ドール〉の頭部にズバンと喰い込んで止まりました。

「勇者様っ! 私、前に言いましたよね!?」

「ポム。わかるけど、後だ」

 はい。私も勇者様の言いたいことがわかるのでこの場は矛を収めます。なにしろ。

「落ちますぅぅぅぅぅぅ」

 現在進行形で落下し続けているメリーさんの救助が優先だからです。

「えいっ!」

 羽ばたきながら加速をかけて斜め上からメリーさんの腰の辺りにタックルをかけるようにしがみ付きます。手足を掴んだのでは脱臼の可能性がありますし、全身が粘液でぬめってるメリーさんの場合はすっぽ抜けてしまいかねませんからね。

 そんな訳でメリーさんの腰にしがみつきながら精一杯に翼を広げて制動をかけます。しかし残念ながら当然の話で、勢いを付けて落下する成人女性(それも割と豊満な)一人を持ち上げられる程に私の力は強くありません。落下の勢いを弱めるのが精々なので、早々に諦めて翼を畳み、軟着陸を試みます。〈禍獣ドール〉から離れるように二人してゴロゴロゴローッと転がり、止まった時にはメリーさんのお胸に顔が埋もれて窒息しそうになっていました。ある意味、凶器ですねこれ。


「おかえり、ポム。大丈夫だったか?」

「ごめんなさいね、助かりましたわ」

 メリーさんの下から這い出したところで勇者様が労ってくれます。メリーさんも身体を起こしながら謝意を告げてくれました。

「ふぇふぇふぇ。お嬢ちゃん、上手く行ったかね?」

 そして鼻の下を長く・・・・もとい好々爺然としたガラガさんからの問いに、私は満面の笑みを浮かべて答えました。

「はい。準備は整いました」


 ドルルルルルルルルルン!


 〈土竜戦車〉に搭載されていた螺旋角(ドリル)が勢いよく回転し始めたのは、まさにその時でした。

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