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ヒーラーストップ勇者様!  作者: 大きな愚
三章:地底の姫君
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4:迫りくる追手

追手(おって)が来ます!」


 雪の上に両手をついてガバッと勢いよく上半身を起こしたお姫様は一声そう叫ぶと、そこで改めて気が付いたようにキョロキョロと周囲を見回します。

「ここは・・・・何処なのですか?」

 お姫様はおそらく土竜戦車に乗せられての逃亡前か逃亡中に気を失ったのでしょう。〈禍獣ウェンディゴ〉が倒れたことですっかり晴れ上がった蒼穹と、それでもしっかり残っている雪景色。その只中に放り出されている現状を見て漏れた言葉は、なるほど当然の疑問でした。

 そんなお姫様を見ていた私の視線と、周囲を見回していたお姫様の視線がぶつかりました。ひょっとして無礼なことをしてしまったのでしょうか? と思った時には彼女の視線は私の手元、つまり応急処置を終えたばかりの侍女さんに向かっていました。

「っ! イルヴァ!」

 侍女さんの処置は一段落しましたけども、その外見は血塗れのままぱっと見ただけでは安否はわからないでしょう。お姫様は慌てて立ち上がると、つんのめって顔面から倒れこみました。雪の中で良かったです。しかし、その姿勢のまま手足を使って這うように侍女さんの側までやってきます。

「この方、イルヴァさんというのですね。彼女の下腹部に大きめの刺創が確認されたので応急処置をしました。落ち着ける場所で本格的な処置が必要になりますけども、一先ず生命の危機は脱したと思います。けど、安静にしていないと保証はできませんよ?」

 取り急ぎ、名前の判明した侍女さんの状況を説明します。うっかり敵認定されても困りますし。案の定、険のある様子だったお姫様は一転して安堵の表情を浮かべてくれました。そして、雪の上に膝をついたまま全身で私に向き直ります。

「侍女の生命を救って下さり、深く感謝申し上げます。この者はわたくしの侍女であるイルヴァ・シェル。わたくしはユリア・イェールドと申します」

 粛々と頭を下げるユリア様。その所作を見て私も思わず背筋が伸びます。そう言えば治療についての説明だけで名乗っていませんでした。

「あ、申し遅れました。私は〈冒険者〉で〈治癒術士〉(ヒーラー)のポムクルス・インペリアです」

 こちらも雪の上に膝をついたままペコリと頭を下げます。うーん、冒険者養成校で学んだ話術の中には高貴な身分の依頼人と対するための礼儀作法も含まれていたのですけど、付け焼き刃なのはどうしようもありません。ユリア様の所作と比較してしまい、あまりの不出来さにしょんぼりした気分になります。


「ユ・・・・ユリア姫・・・・様・・・・」

 そうやってユリア様とお互いに挨拶し会っていると侍女のイルヴァさんが意識を取り戻しました。未だ焦点の定まらない瞳を彷徨わせ、血の気の失せた唇を震わせて仕えるべきお姫様の名前を呼びます。

 ユリア様はガバッと勢いよく頭を上げるとイルヴァさんに向き直りました。

「イルヴァ! 身体は大丈夫ですか? どこか痛みませんか?」

「はい・・・・大丈夫、です。姫様こそ、お怪我は・・・・ありませんか?」

 体調を案じるユリア様、それに応じたイルヴァさんもユリア様の体調を案じます。良い光景ですね。って、いけません! イルヴァさんはまだ起きちゃ駄目ですよ!

「イルヴァさんはまだ安静ですよ!」

 ユリア様と二人でイルヴァさんを押さえ込みます。ユリア様は見た目よりも力が強いのか、イルヴァさんの肩が雪の中に沈み込んでしまいました。

「と言っても雪の上に長々と寝かせて置くのも良くないですね。〈角鹿車〉(キャリッジ)に運びたいですけど、担架の代わりになりそうな物は・・・・」

 実を言うと、私たち〈黒翼人〉(ダークウィング)は背中に大きな翼をもっているため、人に限らず何かを背負うということが非常に苦手なのです。なので怪我人を運ぶ手段は担架を使うということ、という発想が第一にくるのですね。

 イルヴァさんが羽織っていたフード付きのマントは血塗れになっていますけど、即席担架の材料としては使えそうです。後はそれなりの長さと強度をもつ棒が二本あれば私とユリア様でイルヴァさんを運べそうです。

「ひょっとすると〈土竜戦車〉(チャリオット)に使えるものがあるかもしれません」

 そう言ってユリア様は横倒しになったままの〈巨大土竜〉ギガントソイルドラゴンの方へ駆け出していってしまいました。

 

「行ってしまいました。どうしましょう?」

「俺が運ぼうか?」

 呟いた独り言に思わぬ所から返事がありました。いつの間にか勇者様がこちらに向かって歩み寄って来ていたのです。

 首を巡らせると、勇者様だけでなく護衛を含めたテイワ商会の皆さんが集まって来ていました。テイワさんを背中に乗せた〈軍用猪〉(ウォーボア)ベオニアを誘導しながらチャーリーさんが勇者様と肩を並べまていす。メリーさんは〈禍獣ウェンディゴ〉の斬り落とした首を抱えてホクホク顔です。後で賞金に換金できるのはわかるんですけど、おっとり系のメリーさんがグロテスクな生首を抱えて微笑んでいる姿は不気味です。そして、一番後ろからガラガさんがようやく解け始めた雪に足を取られながらゆっくり歩いてきています。

「それならサワラ、ベオニアに乗せると良いっスよ。テイワのおっさんも支えるくらいはできるっスよね?」

「勿論よ。今回は迷惑かけちゃったし、そのくらいはさせて頂戴・・・・アイタタタ」

 ウェンディゴ病によって狂乱させられたテイワさんは、肉体の限界を超えた怪力を発揮していました。その代償として両腕の筋線維があちこちで断裂していたのです。私がイルヴァさんに掛かりきりになっている間にガラガさんが治療していたようですけど、まだ動かすと痛そうですね。勇者様、「ああ、やっぱあれやると痛いんだ」じゃありませんよ。

 今回はイルヴァさんの治療とウェンディゴ病への対処を優先したため、勇者様の容態については把握できていません。私の見てない所で無茶をしていそうで怖くなってきました。私は翼を広げ、診察を兼ねて釘をさしてくることにしました。


「お手数をおかけしてすみません」

「ウフフ、気にしないで良いのよ。それよりも話を聞かせてもらえないかしら?」

 勇者様の診察を終えて戻ってくると、テイワさんに介添えされてイルヴァさんはベオニアの背中の上で楽な姿勢を取らせてもらっていました。

「そう言えば、ユリア様を安全な所までとか、追手が来るとか言ってましたね」

「はい・・・・」

「何で追手なんてかけられてるのかしら? アナタ達、〈ペンドリ〉の人よね?」

 〈ペンドリ共和国〉は〈地鼠人〉(プグラシァン)達が地底に作り上げた彼らの国です。王族や皇族といった血族による統治ではなく、評議員と呼ばれる民から選出された代表者たちが合議によって治める国なので、共和国(ともにやわらぐくに)と呼ばれています。あれ? でも、姫様って言ってましたよね?

「仰る通り、私達は〈ペンドリ共和国〉の者です。そして、ユリア様は評議長ティニヤ・イェールド様の御息女なのです」

 なるほどです。けど、そんな人が追手を掛けられるなんて、何があったのでしょう?

「ティニヤ様が市長を兼任しているアポロ・スミンテウス市で大規模な反乱が起きました。首謀者が帝国と繋がっていたらしく、帝国兵や異獣使い等の姿もあったそうです。私はユリア様を連れて逃げるだけで手一杯で・・・・」

「そうなの・・・・。じゃあ、良いわ。とりあえずこの峠を越えた所に宿場村があるから、そこまで一緒に行きましょっ!」

「ありがとうございますっ!」

 テイワさんのその言葉に安心したのでしょう。イルヴァさんの強張っていた表情が緩んできました。涙腺も、ですね。


「はっ!?」

 突然、イルヴァさんの全身の柔毛が一斉に逆立ちました。彼女は慌てたように身体を起こそうとしますけど、まだ腹筋に力が入らないみたいですね。テイワさんが支えていたのでベオニアから落ちずに済みましたけど、こんな光景は前にも見た気がします。

「どうしたの? 大丈夫、イルヴァちゃん?」

「追手が来ました・・・・」

 そう言えばユリア様も目覚めた時に言っていましたね。〈地鼠人〉には地磁気を感知する能力があります。ひょっとすると寝言だったんじゃなくてイルヴァさんよりも早く追手に気づいていたのでしょうか。耳を澄ませてみると、地下深くから巨大なモノが動くゴゴゴゴゴという音が聞こえてきます。相手が地下にいるのでは反響定位(エコーロケーション)で位置や大きさを調べることもできません。

「いけない、姫様が〈土竜戦車〉の所に一人でっ!」

「オイラが行くっス。ベオニアは二人を守ってやるっスよ!」

 心配して無理に動こうとするイルヴァさんにチャーリーさんが声を掛けて、鞍に引っ掛けてあった〈騎士盾〉(ナイトシールド)を手に駆け出していきました。

「これは大物じゃのぅ」

「近いですねぇ」

 地下から響いてくる音はどんどんと大きくなってきており、他の人の耳にも聞こえ始めます。それ以上に、飛行している私とは違い、地面に立っている人達は揺れを強く感じているようですけど。

「来るぞっ!」

 油断なく〈片手斧〉(ハンドアックス)〈円形盾〉(ラウンドシールド)を構えながら勇者様が叫んだ時です。


 ゴバァァァァァァァ!


 大地が爆ぜました。

 追手(・・)と思われる相手が地下から勢いよく飛び出してきたことにより、地面の土や雪が弾け飛び、もうもうとした土煙とも雪煙とも判別のつかない煙が立ち込めます。しかし、それで追手の姿が隠れるかというとそんなことはなく、直径五メートルを越えるだろう太い円柱状の身体を天に向かって伸ばし、そこから蛇が鎌首を擡げるようにその先端をこちらに向けた姿が、煙の立ち込める上から見えているのです。

 頭と思しきその先端部には目や鼻や耳だろうと類推できるような器官が見当たらず、ただ管を輪切りにした断面に無数の牙と触手を生やしたような口のみが粘着性の強そうな唾液を垂らして自己を主張しています。ぬめっとした白い肌には毛も鱗も甲殻も無く柔らかそうに見えますけど、それが何の慰めにもならないくらいの大きさ。煙の上から見えているだけでも十メートルを遥かに超える長さがあります。


「いやはや、〈禍獣ドール〉とは・・・・今日は厄日かなにかかのぅ」


 ガラガさんの呟く声が、やけに大きく聞こえました。


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― 新着の感想 ―
[一言] いあ!いあ! 立て続けに出てきた禍獣はクトゥルフ系… 鰆ちゃん達のSAN値が心配です…
[気になる点] 誤字羅「ぎゃおーす!」 送信 [一言] 助かったと思ったらw 今度はミミズっぽいな(^ω^;)
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