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ヒーラーストップ勇者様!  作者: 大きな愚
三章:地底の姫君
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3:ウェンディゴ病

「ポムクルスさん! ポムクルスさん、しっかりして下さい!」


 はっ!?

 気が付くと、私は雪の上に倒れていました。どれだけの間、気を失っていたのでしょうか?

 大急ぎで身体を起こしながら周囲の状況を確認します。

 隣には意識を失ったままのお姫様と重傷を負った侍女さんが相変わらず倒れています。そして、その私たち三人を守るようにガラガさんとメリーさんが立ちはだかっています。ガラガさんは前方に目を向けていますけども、メリーさんは振り向いています。私が意識を取り戻す切欠になったのは、メリーさんの掛け声だったようですね。

 少し離れた街道の方では、未だに勇者様とテイワさんが火花を散らしていました。

 そこから暫く先にチャーリーさんが雪の中に半ば埋まるように仰向けで倒れています。ただ、さっきまでのような苦しみ方はしていません。〈軍用猪〉(ウォーボア)のベオニアは騎手を庇って〈禍獣ウェンディゴ〉を睨みつけています。ですけど、禍獣の方は、ベオニアなど眼中にないかのように街道の戦いを気にしています。

 前衛が機能していない今、禍獣に襲い掛かって来られたらピンチだったでしょう。しかし、こちらが攻勢に出られないこのタイミングに、攻めてくるでもなく、体力を回復させるのでもなく、ただ仲間割れしている様子を眺めているというのは、とても嫌な気分ですね。

 禍獣にチャンスを活かす知恵がないのではありません。思えばここまでの戦いでも、自分の爪で積極的に攻撃を仕掛けず、テイワさんやチャーリーさんが倒れ、発症するのを待つように時間をかけて戦っていたのです。この邪悪な獣は最初から、自分の手を汚さず、仲間同士が殺しあう様子を見るためにここに来たのでしょう。


 でも、手品の種は割れました。

 ガラガさんが〈厄除け〉イービル・プロテクションを使ってくれたのでしょう、もう私の頭の中に囁く声は聞こえてきません。あの声の正体は〈禍獣ウェンディゴ〉が吹雪と共に吐き出す微小な寄生生物です。この生物は風に乗って他の生物に取り付くと、その精神に対して寄生しようとします。殺意や憎悪などの否定的(ネガティブ)な感情を増幅させて、対象の精神抵抗を打ち破ると、その精神を操って攻撃衝動の塊にしてしまいます。こうして操られた犠牲者は長い時をかけて新たなウェンディゴになるといわれており、そこから付いた名前が〈ウェンディゴ病〉です。

「ガラガさん、メリーさん、ありがとうございます! もう大丈夫ですよ!」

「おぉ、こっちゃこそ助かっておるよ。〈ウェンディゴ病〉とは流石の儂も思い出せなんだ。餅は餅屋という奴じゃのぅ」

 ガラガさんは禍獣ウェンディゴから目を離さないまま、ニィと笑い返してくれました。彼が使ってくれた〈厄払い〉は広範囲の結界を張る呪文です。異獣やその眷属を弾きだすこの結界内には抵抗を打ち破ったものしか存在できません。獣王様たちがフォーリヤ(この)世界に張られた護法結界の簡易版とも言えます。禍獣本体なら兎も角、その眷属たる寄生生物程度ではガラガさんの抵抗を越えることなどできなかったのです。

「御無事で何よりなのです。お師匠様みたいになって背後から襲いかかられたら困っていた処です」

 一方でメリーさんの表情は芳しくありません。刻獣の力を借りて魔法を使う彼女の力も、この結界内では削がれてしまうのですから。〈黒影の鞭縄〉(シャドウホイップ)で禍獣の動きを封じながらも額には玉のような汗が浮かんでいます。どうやら私を気にかけてくれていたのも、テイワさんみたいに狂乱するのを警戒していたみたいですね。

「おー! 誰かー、起こして欲しいッス!」

 なんて考えている間にチャーリーさんも意識を取り戻したようです。甲冑を着て雪の中に埋まっているので自力で起き上がるのは難しそうです。ベオニアが手慣れた様子で掘り返し始めました。

「HYURURURURURURUURURURURURURRURUURURUURURU」

 しかし、さしもの禍獣も大人しく戦線を立て直されるのを待っていてはくれませんでした。己の目論見が崩されたことを察したのでしょうか、一際大きく息を吐きだします。しかし〈厄除け〉の結界によってその風に乗る筈の寄生生物は即座に退去させられます。苛立った禍獣は勇者様とテイワさんの戦いから意識を切り離し、ガラガさんに顔を向けます。黒縄で縛り付けられ、腕や腹に重傷を負った満身創痍の姿でありながら、向けられてくる憎悪は肌を刺すように感じられます。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 その時、雄叫びが響き渡りました。勇者様です。

 それまでテイワさんと斬り結んでいた勇者様が猛然と雪を蹴立てて禍獣に駆け寄ってきました。テイワさんも〈戦斧〉(バトルアクス)を振り被って追いかけて来ますけど、人の身体は武器を振り被ったまま速く走れる構造ではありません。なかなか追いつけないまま、それでもテイワさんは勇者様を追いかけます。

 テイワさんを背後に引き連れたまま勇者様は一気に走って禍獣の元へと到着すると、禍獣の足に向かって〈片手斧〉を叩きつけます。迎え撃とうとしていた禍獣でしたけども、メリーさんの黒縄に締め付けられて普段通りの動きができません。

 勇者様はそのまま斧を振り抜き、遠心力を使って一回転。盾を持った左手での裏拳をようやく向き直った禍獣の髑髏に似た顔面に叩き込みます。頬を張り飛ばした衝撃の作用で今度は逆向きに回転し、攻撃のために伸ばされた禍獣の左腕を斧で掬い上げるように薙ぎ払います。

 ズズーンと音を立てて〈禍獣ウェンディゴ〉の巨体が倒れこみます。

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあっ!」

「勇者様、危な・・・・えっ!」

 一連の動作を終えて足を止めた勇者様の背中に、追いついてきたテイワさんの〈戦斧〉が迫っていました。しかし、勇者様は振り返りもせず、左手の盾を雪面に添えるよう、コロンと綺麗な側転を決めて凶刃を回避します。〈戦斧〉の刃が深々と喰い込んだのは直前まで勇者様と斬り結んでいた禍獣の白い毛皮に覆われた肩口でした。

 狂乱によって本来出せないほどの力が籠められたテイワさんの一撃が禍獣の肉を裂き骨を砕き(けん)を断ちます。無事だった左腕を斬り落とした刃はそのまま左胸までを貫いてようやく止まりました。おそらくは肺に到達しているのでしょう、禍獣の呼吸が乱れ始めました。


 受けた攻撃の痛みに禍獣がやおら立ち上がり藻掻き始めました。メリーさんは慌てて黒縄での締め付けを強めますけども〈戦斧〉を握っていたテイワさんの手がすっぽ抜けます。武器を禍獣の身体に残したまま、五メートルも弾き飛ばされました。

 あれ、これは千載一遇のチャンス到来じゃないですか?

「テイワさんを治療します。援護してください!」

 一声かけて、私は翼を広げて駆け出します。

(おう)っ!」

「任せろッス!」

「よろしくなのですっ!」

 勇者様は立ち上がって禍獣への攻撃を再開しました。再びベオニアに跨ったチャーリーさんがそこに加わって、立ち上がったことで無防備になった禍獣の胴体に猛攻を掛け始めました。メリーさんも〈黒影の鞭縄〉による拘束を強めるべく集中してくれています。その隙に大きく羽ばたいてテイワさんとの距離を詰めます。

「掛けまくも畏き神霊メイスンの御前に仕へ奉る。彼の者の身も平らけく心も安らけく鎮め給へと、謹んで敬ひ畏み畏みと白す。〈行動停止〉(ホールドパーソン)

 到着の直前にガラガさんが〈白魔術〉(ホワイトマジック)の詠唱を終えます。対人類・対個人限定の拘束術式によってテイワさんはピクリと身じろぎすることもできなくなりました。

「長くは保たんからのぉ、手短に頼むぞい」

「ありがとうございますっ!」

 倒れて身動きひとつできないテイワさんの傍らに膝をつき、手を翳して集中します。狙うは彼の体内で悪さをしている寄生生物たち。

「掌から零れ落ちゆく運命の砂よ。祈り、願いに応え、生命(いのち)の輪を鎖と成し、永遠(とわ)へと繋げ給え。〈療治〉(キュア・ディジーズ)!」

 銀色の砂が零れ落ちるように、魔力がテイワさんの身体に降り注ぎます。拘束術式に抵抗しようとしていたテイワさんの口元から寝息が聞こえてきました。瞼を開いて確認してみると充血が収まっています。膨れ上がっていた腕や胸の筋肉も元の大きさに戻りつつあります。

 私やチャーリーさんのように寄生しようとしていた生物は〈厄払い〉で退去させられたものの、既にテイワさんへ寄生していた生物たちは結界への抵抗力を獲得していたのでしょう。しかし、だからこそ病気の原因として〈療治〉で消し去ることができたのです。

 勝率の高い賭けではありましたけど、上手くいって良かったです。


「HYUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」

 〈禍獣ウェンディゴ〉の悲痛な叫びが響き渡ります。寄生生物を退去させられ、狂乱させた戦士からの誤(チェスト)を受け、その戦士(テイワさん)も治療された今、彼の目論見はすべて虚しく崩れ去ったのです。そして彼の生命もまた風前の灯火でした。

我は契約に基(エロヒム)き求め訴えん(エサイム)。汝、星界の王(バエル)、我に剣持て敵を撃ち滅ぼす秘伝を与えんことを・・・・〈精神剣〉(サイコ・ソード)!」

 黒縄を解除したメリーさんの詠唱に合わせて現れたのは人と蛙と獣の三頭を持つ巨大な蜘蛛、〈刻獣バアル〉でした。その姿が薄れて消えると同時にメリーさんが持つ魔導書(アブラメリン)分解され(ばらけ)、二振りの剣の形に収束しました。

「とっととくたばるですぅ!」

 両手にそれぞれ魔導書の剣を構えてメリーさんが駆け出しました。

「おりゃあああっ!」

「喰らえっス!」

 猛烈な勢いで斬りかかるメリーさんに釣られて、勇者様とチャーリーさんのテンションも上がっていきます。メリーさんの双剣が鬼神のように乱れ舞います。ベオニアの〈騎獣突撃〉(チャージ)にチャーリーさんの〈長剣〉(ロングソード)。勇者様も手数を重視して縦横無尽に斬りかかります。そして肩口に刺さったままのテイワさんの〈戦斧〉もまた、いまだに禍獣の生命を奪い取り続けています。ほどなくして〈禍獣ウェンディゴ〉はすべての力を失い倒れたのです。


「ふぃ~。ひと段落じゃな」

 ガラガさんが大きく息を吐き〈厄払い〉の結界を解除しました。〈禍獣ウェンディゴ〉との戦いは終わったものの、まだ安心できる状況ではありません。

 私は大慌てで侍女さんの傍に戻りました。狂乱によって力を出し過ぎたテイワさん、そして恐らくは勇者様も、身体に大きな負担がかかっているに違いありません。異獣を排除する結界の中で交霊術を維持していたメリーさんもぐったりとした様子です。テイワさんをベオニアに載せて運んでいるチャーリーさんも決して軽い怪我ではありません。

 ガラガさんが魔法で治療すべく声をかけています。そちらも気にはなるのですけど、今回はお任せしてしまいましょう。

 ウェンディゴの寄生生物による妨害で中断していた侍女さんの治療を再開させます。内臓の修復は後回しにして今は延命が最優先です。様々な体液が溜まりに溜まった腹腔内を洗浄し、もう漏れ出さないように内臓の傷を暫定的に塞ぎます。失った血液の補填はこの状況ではどうにもなりませんけど体力は〈小治癒〉(マイナーヒーリング)で補います。後で本格的な処置が必要にはなりますけど、これで即死の危険性はかなり減りました。

 しかし、このまま雪の上に寝かせて置く訳にもいきません。急いで〈角鹿車〉(キャリッジ)に載せないと身体が冷え切ってしまいます。


 その時です。侍女さんの隣に寝かせておいた、侍女さんからユリア姫と呼ばれていた少女がパチリと目を醒ましました。彼女は勢いよく上体を起こすと慌てたように口を開いたのです。


「・・・・追手が来ます!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 獣の次は追手か 次から次へとまぁ(^ω^;) しかしバエルと聞くと鉄血を思い出す・・・
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