6:英雄譚
「けどな、向こうから探してもらうって、どうやるんだ?」
チャーリーさんの濃ゆいドヤ顔の衝撃が収まり、勇者様が疑問を提示しました。
それはそうでしょう。何もせずに相手が探してくれるのを待つというのでは、一刻も早く出会って安否を確認したい勇者様にとって悠長に過ぎます。
となれば、相手が探し出せるように勇者様が何をするべきなのか。そこが問題でした。
勿論、提案した以上、チャーリーさんには案があったようで、ニヤリとニヒルな笑みを浮かべます。
(調子に乗ったチャーリーさんは顔がいちいち五月蠅いです、とメリーさんが小声でツッコミを入れていました。)
「サワラが勇者として活躍して、〈吟遊詩人〉に歌って貰うんスよ」
チャーリーさんの提案は至極真っ当なものでした。
〈吟遊詩人〉は〈冒険者〉の基本十二職のうち、〈技巧職〉の一つで、一部の技巧系スキルや初歩の紋章魔術を扱えるだけでなく専用の魔曲まで使いこなす器用な職です。
戦闘時には支援に妨害、遠近の物理攻撃に魔法攻撃もこなし、非戦闘時には技巧系スキルで情報収集もできるという、極めれば器用万能だけどそこまでの道は遠い、といわれる〈吟遊詩人〉。
弦楽器を奏でて魔曲を戦闘に用いることから〈吟遊詩人〉と呼ばれる彼らですけども、戦闘以外で普通の歌舞音曲に楽器を使うことの方が多いのです。彼らは楽器の演奏と歌唱に優れ、街頭や酒場、時には招かれて貴族の邸宅で歌を披露します。勿論、上手さだけでなくバリエーションの豊富さは人気に直結するため、彼らは古謡から最新の流行歌まで様々な曲を必死になって覚えます。
特に勇者の英雄譚は老若男女問わずに人気があります。
「オイラの一推しはやっぱ『勇者ヘサキの国土奪回戦線』ッスね!」
ほほう。そのチョイスはやっぱり男の子ですね。
『勇者ヘサキの国土奪回戦線』というのは、約百年前に一度〈ネルガート聖王国〉が滅亡しかけた事件を扱った詩です。
「それなら俺も知ってるぞ。丁度さっき教わったばかりなんだ」
勇者様もテンションが上がっています。お茶会の前の授業時間でテイワさんに教わったばかりと言うこともあってノートを取り出して確認し始めています。やっぱり男の子ですね。
かつては〈大陸リーフ〉のほぼ全土を支配していた〈ネルガート聖王国〉ですが〈ヴィーナ山脈〉の東西でその状況は大きく違いました。
平地も多く多様な自然から産出される資源によって栄える西部と違い、異獣や猛獣の跋扈する山岳地帯が多くを占める大陸北東部は、聖王国にとっても支配する旨みの少ない土地だったため、扱いの悪い土地でした。
作物による税収も見込めず、住民にかけられる課税は兵役や鉱山での労役が主となり、働き手を取られたことで、食糧不足や寒暖の差、獣の襲撃などにより多くの命が失われていたと言います。
そんな中で興ったのが〈ジャモン帝国〉でした。〈ジャモン帝国〉の兵たちは恐ろしいことに異獣を使役して戦力に加えていたのです。帝国はその力で瞬く間に大陸北東部を席巻しただけでなく、山脈を超えて聖王都をも平らげてしまったのです。
聖王都に居た王族は残らず殺されました。しかし一人だけ弱冠一歳のゴルディーロ王子が極寒の大陸最南端にあるタルパの村に落ち延びました。
十五年後、十六歳になったゴルディーロ王子は、隣村トープの村の青年〈剣士〉シルドラッヘと〈雪谷郷〉から現れた勇者の少女ヘサキを仲間に加えて挙兵しました。
その後、仲間になる人々との出会いや、血沸き肉躍る戦いを経て三人は〈ジャモン帝国〉の皇帝ジャモンと対決し、帝国軍を〈ヴィーナ山脈〉の東に追い返すことに成功します。
もっとも、私は血気盛んな男子ではないのでこの辺りは割愛します。
首都を奪還したゴルディーロ王子は〈天獣王ネルガート・マキ〉に認められ、後の世に中興の祖と呼ばれる聖王ゴルディーロ・ネルガートⅠ世として即位しました。
シルドラッヘを始め、聖王の仲間たちの中でも特に功績の高かった十二人が公王に任じられ、領地を分け与えられて聖王の治世を助けました。
とはいっても、聖王国内は未だ大戦の爪痕も癒えない時期。
逃げ損ねてゲリラ化した帝国兵や置き土産のように放り出された軍用の異獣などが思い出したように暴れ回る。しかし、聖王国軍の兵はその多くが帝国への睨みを効かせるために山脈前に陣取っていたり、大戦の被害を受けた街や村は復興の途上にあったり、というような状況でした。
これはいけない! と、勇者ヘサキは公王(一説には妃)の地位を断わり、十二公領の垣根を飛び越えて活動できる、厄介事万引き受け業の創立に携わったのだそうです。
その組織が軌道に乗ったある日、勇者ヘサキは忽然と姿を消してしまいました。残された人たちは、彼女は元の世界に帰ったのだろうと考え、彼女の目指した『力無き人が泣かずに済む世界』を目指して活動を続けたのです。
これが今の〈冒険者組合〉の元になったのですね。
つまり、私たち〈冒険者〉は勇者ヘサキの志を継いでいる、そういう訳なのです!
「熱いなっ!」
「うんうん。つまり、サワラもこういう詩になれば探し人にも気づいてもらえるってスンポーっス!」
チャーリーさんが鼻息も荒く力説します。その気持ちはわかるのですけど。
「ねぇ。けど、詩に唄われるような活躍って、どうしたらいいのです?」
同じことを考えたのかメリーさんが冷や水をかけます。
「ふぇふぇふぇ。若い者が慌てんでも良いじゃろ」
「そうね。まずは身近な処から一歩一歩よ。でないと、足元が疎かになっちゃうわ」
「なるほど・・・・」
ガラガさんとテイワさんも話に加わってきます。勇者様は考え込んでいましたけど、しばらくして上げた顔の表情は、とても晴れ晴れとしていました。
「よーし、まずはこの護衛依頼をしっかり務めるぞ!」
「はい、勇者様!」
*
勇者様の決意からしばらくしてお茶会はお開きとなりました。
水分と糖分を補給し、身体を休め、気持ちもリフレッシュした所で旅を再開です。
メリーさんに聞くと、このペースだったら日暮れ前に常宿としている村に到着できそう、とのことでした。
〈公都キノケファルス〉を離れるにつれ、街道周辺の光景は大きく様変わりして行きます。
公都は〈風谷郷〉に近いため、周囲の植生も寒冷な高山の気候と強風に強い低木が多かったのですが、標高が下がるに従って徐々にフタバガキやマホガニー、ゴムノキなど、背の高い木々が増えていきます。
農作物も、小麦や玉蜀黍畑の中に、ぽつぽつと稲田が混ざり始めました。 なんだか気温も少し上がったような気がするので勇者様の体温管理にも注意しないとですね。
そんな感じで段々と〈風谷郷〉が遠くなりました。振り返ると地平の果てにはまだ見えるのですけど、こんなに郷から離れたのは初めての事です。
いえいえ、いきなり別の世界に来てしまった勇者様に比べればどうと言うこともない筈です。切り替えて行きましょう。
「次の峠を越したらコルゴ村が見えてくるわ」
街道を南下する隊商の右手、西側の空が赤く染まり始めた頃、御者席で地図を確認していたテイワさんが声を上げました。
日暮れが近いからでしょうか、日中は薄っすらと汗ばむくらいの陽気だったのですけど、肌寒くなってきたので助かりますね。
「小雪もちらついてきましたし、いきなり野営ってことにならなくて良かったです」
空から舞い降りてきた白い粉を手の平で受け止めると体温で溶けて流れ落ちます。日が暮れそうだからって此処まで寒くなるなんて平地の気候も侮れませんね。
「この雪、おかしいのです! 総員、警戒してください!」
手綱を握っていたメリーさんが警戒をあらわにして叫びます。手綱を通してその警戒を察したのでしょうか、〈巨大角鹿〉もブルルと声を上げます。
テイワさんは地図をしまって斧に手を伸ばし、ベオニアを走らせていたチャーリーさんも〈角鹿車〉を守るように並走しはじめます。
「こいつは拙いのぅ。お嬢さんや、速度を上げられるかい?」
勇者様と一緒にバルコニーへ顔を出したガラガさんが指示を出し、返事の代わりに手綱のピシリと鳴る音が響いたかと思うと〈巨大角鹿〉の歩く速度が上がりました。
私も屋根の上で投石器を取り出し、周囲に聞き耳を立てます。
最初は深々と静かに降っていた雪もいつの間にかビュオォォォと吹き荒んでいました。雪と風の音は聞きなれている私でしたが、その中で警戒するとなると難しい話です。
「メリーさん。何に警戒をしたら良いんですか!?」
最早、大声で叫ばないと会話も難しいほど吹雪いています。
「それは・・・・きゃっ!?」
ドンッ!
疾走する〈角鹿車〉の背後、雪煙を上げて何かが降り立ちました。
聴界の端に、高さ三〇メートル程もあるマホガニーの梢が揺れている様子が感じ取れます。それは、そこから飛び降りたのでしょう。
やや猫背気味の姿勢でありながら三メートルはありそうな、その頭頂部からはヘラジカのそれに似た巨大な枝角がにょっきりと生えています。
頭部と胴体背面、四肢は白く長い毛に覆われています。もしも日中に見ていたら白く輝いていたかもしれないその色は夕日を浴びて全身から血を滴らせているかのようです。
四肢は長く、しかしまるで骨の上に毛皮を張り付けたかのように細く、しかも奇妙に捩じれ曲がっています。前肢の先には黒曜石を削りだしたような節くれだった指が五本、後肢の先にはやはり黒曜石のような二股に分かれた蹄が生えています。
胴体の前面はやはり彫刻みたいでした。肋骨と腹腔、そして骨盤の形に掘り出した黒曜石を白い毛皮の中に埋め込んだらこうなるのだろうか、そんなことを思わせます。
これだけなら、岩と毛皮で作られた巨人の骸骨に見えなくもありません。
「フシュゥゥゥゥゥゥ!」
しかし、それの、長い毛に隠された髑髏に似た顔は、目の、いいえ眼窩があるであろう部分に幾つものスリットが入っていました。吹雪はそこから吐き出されていたのです。
明らかに通常の生物とは思えませんでした。
「これ・・・・は・・・・異獣・・・・なのですか?」
歯の根が合わず、上手く言葉を紡げないのは寒さのせいばかりではありません。
「そうです・・・・これは・・・・異獣・・・・」
メリーさんの返答も、同じように震えていました。
「〈禍獣ウェンディゴ〉・・・・です」