2:隊商の護衛
「へぇ・・・・まるで、道の駅みたいだな」
「ミチノエキですか?」
区画整理された、しかし草の生え放題となった、その空き地にやってきた勇者様の口から、感嘆と共に私の知らない単語が飛び出しました。
隊商護衛の仕事を請け負った私と勇者様は、依頼人である『テイワ武装商会』の会頭テイワさんと商人見習いのメリーさんに連れられて街外れの草原にやってきました。
なだらかな斜面に沿って広がる〈公都キノケファルス〉と、同じくらいの広さを持つこの草原は、大規模な隊商が来た時のために用意された駐車場です。
「広いですよねぇ。この一面の草原が、隊商で埋まるんですよぉ」
何故か我が事のように胸を張るメリーさんの頭頂には一対の角が生えています。
彼女は牛の〈獣耳人〉です。歩く度にその大きなお胸がたぷんたぷんと揺れ動くのを、頑丈な装丁の本を両手で抱えるように抑えながら歩いています。
「今は時期外れだから閑散としてるけど、その御蔭で一等地が使えるし、悪いことばかりじゃないのよね」
荷物満載の荷車を軽々と曳きながら説明を加えるのは会頭のマー・テイワさんです。力を込めた腕の筋肉が浮き上がり、日に焼けた肌が汗で輝く様子は、見ているだけで周囲の気温が上がりそうな熱を発散させているように思えます。
彼は大蟻喰の〈獣耳人〉です。
〈テイワ武装商会〉は、今私達がいる〈パーソレイ公国〉の近隣にある〈アンティータ公国〉に本拠を持ちます。おおらかな気候と気風で知られるその公国の特産品である良質な武器を仕入れ、近隣諸国で売り捌いてはその地の特産品を持ち帰る。持ち帰った特産品は、会頭の弟さんが待つ本拠の店舗で売るそうです。
そんなテイワさんが目指していた〈角鹿車〉は、草原に儲けられた井戸の近くに駐車されていました。確かに一等地ですね。
最盛期にはこの草原を埋め尽くすという話ではあるのですが、私達の見る今の草原は、ちらほらと数台の〈角鹿車〉とその数倍の〈馬車〉が停まっているくらいです。
それらの車は獣や無法者から身を守るため、そして利便性を考えて比較的近い場所に停まっています。それでもだだっ広い草原に十数戸の集落が建っているようで、閑散とした雰囲気があるのは否めません。
車の周囲は、それぞれの車に繋がれている牽引用の獣たちが草を喰んでいるため、草が無くなっています。いえ、馬が食べている場所は草の丈が短くなる程度で済んでいるのですが、根刮ぎにする獣もいるのです。
〈巨大角鹿〉 分類:巨獣
偶蹄目に属する鹿。
全長七四〇センチ、肩までの高さ四八〇センチ、体重二〇トン。
名前のとおり、差し渡し3メートルを超える巨大な角を持ち、それを支えるために首筋から肩にかけての筋肉が発達している。
性格は温和で勇敢。食性は草食。掌のような形の角を熊手のように使って地表を耕し、草や地衣類を根刮ぎにして食べる性質がある。
「根刮ぎか・・・・植物にとっては迷惑な捕食者だな」
「ところが、そうでもないんですよ。掘り返された地面は土が柔らかくなって根を張りやすくなりますし、消化されなかった種子や胞子は大量の栄養を含んだ糞に紛れて次の世代に命を繋ぐ・・・・んだそうです」
役割上、勇者様に説明をしていますが、私も知識として知っているだけで実物を見るのは初めてです。
〈巨大角鹿〉が数頭、車から解き放たれて食事に勤しんでいます。その周囲は安全だと言うことでしょうか、馬車馬たちも散らばって草を喰んでいます。
その間をすり抜け、ところどころ落ちている巨大な獣の糞を避けて、テイワ武装商会の〈角鹿車〉に向かいながら、そんなことを思います。
「そう言えば、カテゴリって何だ?」
「分類というのは、冒険者ギルドの基準で主に討伐対象としての獣に付けられるものです。巨獣というのは、温和だけど巨大なため暴走時に被害が大きい獣を指します」
間近にある〈巨大角鹿〉の巨体を見上げます。
私の背よりも長い柱のような四足で支えられた巨体は、温和だとは言われても近くで見ると、じゃれつかれただけで圧死しかねないという圧を感じます。
もしも、これが暴れだしたら・・・・ぞっとする想像です。
分類には他に三種類あります。
性質が凶暴だったり獰猛だったりする猛獣。一般人にとっては危険極まりないので、交易路や人里近くに現れた場合に討伐対象となります。
古代神に創造された異獣。現存生物への憎悪に取り憑かれており、〈聖王国〉では見つけ次第討伐指示が出されます。
愛らしい姿と高い知性を持つ幻獣。通常、危険視されることは少ないのですが、なまじ頭が良い分、犯罪などに手を染めて討伐対象になることがあります。
「討伐のための分類かぁ・・・・」
「結局は、人の都合で勝手に区分してるだけなんですけどね」
「サワラちゃん、ポムちゃん、お話中のところ悪いけど、そろそろ着くわよ」
どうやら説明に夢中になっていたようで、テイワさんに声をかけられて我に返ります。気付くと、もう目の前にテイワ武器商会の〈角鹿車〉が見えていました。
全長八メートル弱の〈巨大角鹿〉が牽く車両は、小さな一軒家くらいの大きさがあります。外観から見た限りでは2階建てで、更に倉庫の載った荷車も連結されています。
近づいてみると、肩までの高さが二メートルほどの大猪が、車両に繋がれた〈巨大角鹿〉と並んで食事をしているのに気が付きました。普通に考えれば大きく感じるのですが、並んでいる対象が対象だけに小さく思えてしまいます。
大猪の傍らでは、金属甲冑を着込んだ少年が甲斐甲斐しく餌をあげています。
その少年が私達に(より正確に言えばテイワさんに)気付いて顔を上げました。
鼻の低い丸顔は豚の〈獣耳人〉に多く見られる特徴です。
「おーい爺さん! 大将が帰って来たぜ! 護衛の追加も一緒だ!」
「ほぅい、そうかい。そりゃあ重畳じゃのぅ」
少年の張り上げた声に、〈角鹿車〉の御者台辺りから嗄れた声が返り、やがて一人の老爺が姿を表します。
顎の下に長い白髭を蓄え、後ろに撫で付けた白髪からは小さな角が顔を出しています。山羊の〈獣耳人〉ですね。動きやすそうな木綿の服の上からマントを羽織り、小さなツボを片手に抱えた老爺はモグモグと口を動かしています。
老爺は壺の蓋を開き、黒々とした塊をその中に吐き出して蓋を閉じると、片手を挙げて出迎えました。
「ほい、お疲れさん。無事に帰ってきたようで何よりじゃ」
「ただいま。ガラガちゃんもチャーリーちゃんもお留守番お疲れ様よ」
「ただいま戻りましたぁ。ガラガさぁん、また煙草してたんですかぁ・・・・」
「少しくらい良いじゃろうが。これ噛んでると思索が捗るんじゃよ」
留守番の間に噛み煙草を嗜んでいたらしい老爺に、メリーさんが苦言を呈します。
その間にテイワさんと勇者様で荷物を倉庫に運び込んでいました。私も手伝いに向かいます。
そうして落ち着いた頃、〈角鹿車〉の食堂で全員が顔を合わせました。
「あらためて、いらっしゃい。『移動店舗・テイワ武装商会』へようこそ! アタシは会頭にして店長のマー・テイワよ」
二の腕の筋肉を誇示しながらウインクするテイワさんは〈戦舞術〉と戦斧を操る〈戦士〉でもあるそうです。
「店長の弟子で商人見習いのメリー・ドナドナです。よろしくおねがいしますねぇ」
深々と頭を下げるメリーさんは滅びだ古代神を信奉する〈霊術師〉です。手にした硬そうな本は〈刻獣神アルシレス・レス・テリオン〉の神聖武器だそうです。
「儂は〈賢者〉ガラガ・ラドンじゃ。ここの護衛を長年やっておる。よろしくのう」
白髯の老爺ガラガさんの紹介を聞いて驚きました。
ガラガさんは〈賢者〉。すなわち〈創造神メイスン〉に仕える〈司祭〉です。フォーリヤ世界を含む〈五行世界〉を創造した神の信徒である彼らは知識の信奉者を自認しており、自戒のために〈賢者〉を名乗ります。
「オイラはチャールストンだぜ。チャーリーと呼んでくれ」
もう一人の護衛、丸顔のチャーリーさんは〈騎兵〉、それも〈軍用猪〉を駆る〈猪武者〉でした。
「卯月 鰆だ。〈冒険者〉にはなったばかりで世話をかけると思うけど、よろしく」
「ポムクルス・インペリアです。勇者様共々よろしくおねがいします!」
この四人に私達二人を加えて、隊商を護衛する旅は始まったのでした。




