第1話 『もしかして、先生?』
今回が初投稿となります。
拙い文章ではあるかと思いますが、是非お読み頂ければと思います。
ある程度の反応が頂ければ、続きを書いていきたいと思います。
チャイムが鳴る。
「じゃあ、今日はここまで!次続きからだから、宿題やっとくように」
「起立、気をつけ。ありがとうございました」
「チー先生さよならー」
「さよーならー」
「…さよなら」
「先生、さようなら」
「じゃあねチー先生!」
「気をつけて帰れよー」
俺の名前は巻千一。生徒は俺を”チー先生”と呼んでいる。まあ、この漢字を見たら皆そうなるよな、って感じ。ちょっと女っぽい響きだけどあんまり気にしてない。塾講師のバイトを始めて3年目の22歳。見た目はよく高校生って言われるが立派に成人済みだ。
んで、さっき帰ってったのが俺の担当生徒。
日出谷アカデミー、通称ヒデアカは少人数クラス制の塾だ。俺が担当するクラスの生徒は5人。彼らが高校2年生の時から担当している。彼らから見た俺は、”イケメンで頭良くて優しくてモテる”みたいな感じで、生徒からは割と信頼されている。いや自分では全然当てはまってないと思いますけどね。特に最後。後最初も。
はぁ、今日もみっちり3コマ、頑張ったなぁ。猫背で職員室に行くと、高校時代からの友人で同僚の、浦本言太が帰り支度をしていた。
「お疲れー、終わったし先帰るわー」
「おつー」
彼は帰りかけて足を止め、
「あ、お前大丈夫なのか?大学は」
「あーうん。なんとかなったわ」
「…そっか、ならいいけど。じゃあな」
「おーっす」
やっぱり良い奴だなー、言太は…っと、感心してる場合じゃない。仕事仕事。
———
俺も残りのタスクを終え、帰路に着く。もう10時か。やっぱりバイトある日は時間の流れが早い。
「ただいまー」
当然、返事は無い。高校卒業後、都内の大学へ通う為に単身上京した。一人暮らしを始めて3年。生活には慣れたけど、やっぱり家に誰もいないと時々寂しくなる。この時間から飯を作るのも面倒だし、どっか近くで外食…と行きたいところだけど、今月ピンチなんだった。しょうがないからと、冷凍しておいたご飯を温め、冷蔵庫から買い置きの納豆を取り出す。
親からの仕送りは3ヶ月前に途絶えた。
「辞める!?どういうことだそれは!」
「うん、なんていうか、向いてなかったんだよな俺に」
「学費、生活費、誰が払ってやってると思ってるんだ!おかしいと思わないのか!?」
「それはごめん…ちゃんと稼いで返すから」
「どうやってだ!適当に物を言うな!大体そんな甘い考えだから留年なんかするんだ!もう一度考え直せ!」
「就職先!…決まったんだ。そこで働きたい、だから…」
「もういい!勝手にしろ!その代わり、もう金は一切送らないからな!家にも帰ってくるなよ!」
俺は大学を辞めた。昔から、特にやりたい事があるタイプじゃなかった。なんとなく周りに合わせて勉強して、それなりに良い大学に入った。でも、初めて一人で”学ぶ”場に来て、絶望した。なぜここに来たのか、分からなかった。興味が湧かなかった。
そんな時、言太から塾講師のバイトをやらないかと誘われた。何事にも無関心だった俺は、暇潰しにはなるかと思ってそれを受けた。そこからは没頭した。何かに打ち込むのは久しぶりで、楽しかった。俺は、バイト2年目でクラス担任という偉業を成し遂げた。その時受け持ち始めたのがさっきのクラスって訳だ。それで、本格的に塾講師にのめり込んだ。次第に大学には行かなくなった。今やってる事が楽しい、それが俺にとって全てだったからだ。
留年の通知と共に、俺は退学を決意した。親父には就職先が決まったから辞めると伝えた。勿論、塾講師はバイトでやっているだけで、俺は就職活動すらしていない。当然ながら、親父には呆れられ仕送りはストップ。今は貯金とバイト代でなんとか生活している。
この事を俺は周りに話していない。言太には一度相談したが、前向きに大学を続けるよう説得された。その後、結局辞めた事は言っていない。当然、生徒たちは何も知らない。
嫌なこと思い出しちまったな。レンジからご飯を取り出す。まだ冷たい。でも、なんだか温め直す気も起きなくて、そのまま食べることにした。
冷めた納豆ご飯は、実家の温かい味噌汁とセットじゃないといけないような、そんな気がして、少しだけ、涙が出た。
———
うーん…よく寝た。時計は昼の2時を指している。おいおい、こんな時間まで寝てて大丈夫なのかって?ではお教えしよう。俺の塾講師のバイトは火、木、金、土の週4日。そして今日は水曜日。つまりこの2点から導き出される答えは…
「休みだああああ!」
つい寝起きで大声を出してしまった。まあ、休日といえども明日から3連勤なんだけど。
さーて何しようかな。ゆっくりと起き上がり、カーテンを開ける。今住んでるアパートは、広くはないけど、駅から近いし、窓からの眺めも良くて、個人的には良物件だ。でも、今日は生憎の雨で、眺めは良くなかった。残念。こんな日は家でゴロゴロして動画でも見よう、と思い立ったところで、今日の食事が無いことに気づく。昨日、ご飯使い切っちゃったんだった。流石に納豆だけじゃなぁ。雨降ってるけど…仕方ない、買い物でも行きますか。着替えるのも面倒で、俺は寝巻のまま、寝癖も直さずに外に出た。
俺は基本お洒落とかしないし、ちゃんとした格好で外に行くのはバイトの時ぐらいだ。こんな感じだから大学でもモテた事はなかった。ちなみに高校生の頃はメガネオタクキャラ。もっと悲惨だ。スーツを決めて髪セットしてってのは、あくまで塾講師としてのイメージアップの為。だから今日は別だ。まあでも、休日の買い物だし、誰かに見られる訳でも無いし、良いでしょ。
———
行きつけのスーパーまでは徒歩10分。少し時間はかかるけど、結構安いんだよな、ココ。雨は家を出てすぐに止んでしまった。止むんだったら、もう少し待って出れば傘要らなかったのに。こういう時の快晴は、ちょっとだけ腹が立つ。だったら最初から晴れてくれ。まあいいや。買い物買い物っと。
俺は、1週間分の食事だけを買い、その隣の建物へと向かう。
「やっぱ買い物帰りはココじゃ無いとな」
気合を入れて建物に入ると、2階の一番奥へと進み、筐体の前へ腰掛けた。そう、ここはゲームセンター。俺がさっきのスーパーによく行く理由は、安いのもあるけど隣がゲーセンだからだ。
俺の数少ない趣味のひとつ、それは格闘ゲーム。何の自慢にもならないが、高校生の頃は県大会のベスト8まで勝ち進んだりした。今は昔みたいに本気でプレイしてる訳じゃないけど、やはりゲーセンを見るとつい立ち寄りたくなる。さてと、いつも通り、負けたら帰るルールで始めますかぁ。
———
結局、日が暮れるまで続けてしまった。途中めちゃくちゃ強い奴にボコボコにされてから、勢いでコンティニューしたのが痛手だった。それにしても、やたら強かったなぁ。勝つのに4回はかかった。
随分軽くなった財布を見て、溜息をつく。負けたら終わりとは何だったのか。そろそろ帰って、夕飯の支度でもしないとな。そう思ってゲームセンターを後にする。
「また雨かよ…」
そう口に出してしまうほど、今日の空は不機嫌だ。やっぱり傘を持ってきてよかったな、と思いつつ外に出る。そのまま帰ろうとすると、スーパーの方から声がした。
「もしかして、先生?」
思わず振り返る。振り返ってしまったのが失敗だった。
時が止まった。
そんな気がしたが、声の正体は元気に手を振っている。どうやら固まっているのは俺だけみたいだ。
「やっぱり!チー先生じゃん!」
「いっ、茨目!?」
ヤバい。こっちに来るな。
「てか先生、その格好どしたの…?フッ」
終わった。
「え…先生…もしかしてパジャマのままゲーセン行ってた…?フフッ」
遂にその声は笑いを抑えられなくなっている。
「人違いです」
頼む。誤魔化せてくれ。
「いやいや、流石に顔見りゃわかるって。何年の付き合いだと思ってんの」
「何年ってまだ2年目だろうが……あっ」
やっぱ終わった。
「アハッ、先生それ自分からバラしてるし、マジウケる!アハハ」
彼女は相当俺の身なりがツボに入ったようで、ゲーセンの前でゲラゲラ笑っている。
コイツは俺の担当生徒の一人、茨目萌奈夏だ。茨目はクラスの中でも騒がしく、おしゃべり好きでよく笑う子だ。悪い奴じゃないんだけど、よりによって茨目とは…俺もつくづく運が無い。多分、明日にはクラス中に俺のクソダサパジャマ寝癖ゲーセンのウルトラコンボが知れ渡ってしまうだろう。嗚呼、俺のパーフェクト塾講師像が…作り上げたイメージが…。さよなら巻千一。ようこそ寝巻チー。
こんなことなら、普段からちゃんとした服で出歩いとくんだったなぁ。今となっては遅すぎる後悔だけど。あ、漸く笑いが収まった。この人20秒ぐらい笑い続けてたんですけど。そんなに面白いか、俺。
「あの…この事はどうか皆には内緒に」とか言っても聞いてくれるタイプじゃ…
「いいよ」
え?
「い、いいの?」
「うん。絶対言わない」
嘘だろ?いいのか?こんなに面白いネタが目の前にあるのに?なんて優しいんだ。俺は茨目のことを勘違いしていた。いい子じゃないか。
「本当にあり
「でーも」
「え?」
「その代わり、私のお願い聞いてくれるよね?」
そういう事か。まあそんな都合のいい話ないよな。
「ま、まあ…内容によるけど」
「じゃあさ、とりあえず…送ってくれない?駅まで」
「え、そんな事でいいの?そういやもう暗いしなー、それぐらい全然…ってええっ!?」
茨目が俺の傘に入り込んできた。
「か、傘…持ってなくってさ」
何ちょっと赤くなってんだオイ。自分で入ったんだろ。
「い、いや、流石にこれはまず
「じゃあ、今日のこと言いふらして良いのね?」
急に睨まないでください目が怖いです茨目さん。
「う…分かった…」
「はい、分かったら駅までしゅっぱーつ!」
「はぁ…」
夕立、傘の下。乾いた寝巻と、少し濡れた制服。
腕と肩が、触れる。寝巻が、少し濡れる。
互いに、少し離れる。寝巻が、どんどん濡れる。
「よーし、駅着いたぞー」
「ん。ありがとチー先生」
「じゃあ送ったから、お願いは終わりということで」
「んな、終わりな訳ないでしょ!これからも、たくさん聞いてもらうんだからっ!」
急いで、走り出す。寝巻が、ズブ濡れになる。
「あ、逃げるなぁ!自分だけ傘持ってるからって…って話聞けぇ!」
乾いた心が、少しーー。
いかがでしたでしょうか。
チー先生とモナカちゃんの今後を楽しみにして頂ける方は、是非リアクションをお願いします。