エピローグ
「じゃあ結局碧さんは、神霊になったんですか?」
目の前に座る亜麻色の髪の少女は首を傾げた。
「ああ、そうだ。
『流れ』そのものを変えること自体はそう難しいことではなかった。
けれど、変えた相手が悪かった。
どうあがいても、相手は神。
神の流れを変えるのは、その精を変革させてしまうのと同じだ。
それは神霊の領域。故に、あいつはこの水源京に立った時、既に神霊になっていた。」
そういうと、目の前の少女は小さくうつむいた。
「それは……ごめんなさい。」
「何故謝る?」
わたしがそう聞くと、彼女は言った。
「だって、あなたは、碧さんを神霊にはさせたくなかったんですよね?」
「――」
「あなたは……自分が神霊になって、人として生きていけなくなって……そして、大切なものを忘れてしまうことに、耐えられなかった。
それと同じことを彼に味合わせることを、あなたはしたくなかったんですよね?」
「……」
「それなのに……そんな辛いことを思い出させてしまって、申し訳なくて……」
そうだったのだろうか?
わたしは少し頭をひねる。確かに、碧を神霊にしてしまうのは、心苦しかった。わたしと同じように苦しむような目には、遭わせたくなかった。
けれどそんなことよりも先に考えたのは――
誰かの笑顔が、横顔が、壊れた記憶の中でちらついた。
「――いや、少し、違うな。」
わたしは少女に小さく微笑んだ。
「確かに……わたしはあいつが苦しむのは見たくなかった。
わたしのせいで、あいつを死ぬような目に合わせたくはなかったんだ。
――友達、だったからな。」
「……」
「けど、わたしは……うれしかったんだと、思う。」
「え?」
「悪魔のような考え方かもしれないが……わたしは、うれしかったのだよ。
こんな人間ではない情けのない生き物に、あんなにしつこく関わろうとして、うっとうしいほどはしゃいで、わたしをあの水源京から連れ出そうとしてくれたことが、わたしはうれしかったんだ。
わたしを、人間として扱おうとしてくれたことが、うれしかったんだ。」
だから、きっと花火を見に行こうなどと、血迷ったことを考えた。
一緒に見てみたいなどと、年甲斐もなく思ってしまった。
「だから、わたしはあいつが神霊になることを決意してくれた時、辛くもあったが、心のどこかで――うれしいと、そう思ってしまっていたんだ。
――ふ。まったく、悪魔みたいな女だろ?わたしは。
まだ、一緒にいられるのだと、そう思っていたんだ。
わたしも、自分勝手な奴だよ。」
「……」
少女の頭を、わたしは撫でる。
「だから、謝るな。
わたしは自分勝手だ。
辛くもあったがわたしはうれしくもあった。
それを謝られたら、いよいよわたしは生きていることを後悔しなくてはならない。
けれど、それはあいつに対する侮辱だ。
わたしがどう思っていようとも、どんな決断であれ、あいつが選んだ人生を否定することだけは、わたしはしたくない。
なぜなら、わたしにとって彼は、かけがえのない友だったのだから……」
「……」
少女は小さくうなずいた。
「ふふ。まぁ辛気臭い話はこれで終わりにしよう。
それよりも――」
「だあああああああ!ええい、なんとかしてくれ、翡翠!!」
あわただしい音を立てながら部屋に転がり込んできたのは、墨で丸やらバツ印を顔にデカデカと書かれたハクだった。
「あのガキども、飛んでもね―奴らだ!鬼だ!悪魔だ!みろこの顔を!!イケメンが台無しだぜ!!」
「ふ。お銀の娘息子だからな。力に関してはわたしを凌駕していることなど、分かっているだろう?」
「いや、あいつの子どもたちだけじゃねーよ、お前たちの子どももだよ!!うわっ!!また来やがった!!」
ハクは慌てて窓から外へと泳ぎ出す。
「碧~~!相談に乗るのなんかやめてはやく戻ってきてくれ~~~!!」
わたしは消えていったハクを見送ると少女に向き合う。
「さて、邪魔が入ったが、わたしは今度は、お前の話を聞きたい。」
「わ、私ですか!?」
「そうだ。
おまえからは、とてもいい気配がする。
人として迷いながらもつよく輝こうとする命の気配だ。
碧がそうしていたように、他人のことなんかお構いなしで、自分の心に正直で、相手の懐に土足で踏み込む豪胆さがある。わたしに会うなりいきなり“あなたの話を聞かせてください!”などと言ってきたときは唖然としたぞ。」
「そ、それは褒められているんでしょうか……」
「ふふふ。さあな。けれど……」
わたしは輝く水面を見上げる。
ゆらりゆらりと揺れるその光は、今にもその上から、何かが落ちてきそうだ。
「あいつは、そういう奴だった。」
精が見えるとか、そんなことがわたしを突き動かしたんじゃない。
「わたしは、お前が“神霊と人間を行き来する娘”だから気に掛けているんじゃない。
今碧と話をしているあの男が、“人間と神との融合者”だからでもない。
そんなことは、どうでもいいのだ。」
良くも悪くも純粋に素直に心をぶつけてくるあの姿に、わたしは突き動かされたんだ。
「お前はきっと、あいつと同じだ。
今は少々気を負い過ぎているところがあるが、お前はあいつと同じように、人間からかけ離れた存在に対して、『人の営み』という輝きに手を触れさせようとする身の程知らずだ。
誰にもできないことを――そう、『神』にすらできないことをやってのける、誰よりも強い心をもった人間なのだ。」
わたしは光り輝く都を眺める。
「そうだな。『神』にすらできない“人”を救う存在。それこそを……“神様”とでもいうのだろう。
――お、帰ってきたぞ。」
わたしは耳飾りを少し撫でながら、水面に映る緑色の輝きを見つめる。
「おーい、翡翠~、終わったよー!」
あれから30年。
何も変わってはいない。
人間に戻るには同じ時だけ外の世界にいなければならない。
400年もの長い長い闘病生活が始まったばかり。
けれども――
「ああ、そうだなぁ。」
これからの400年は、きっとこれまでの400年よりもずっと楽しいものになるんだろう。
もう紅葉狩りにも花見にも富士の霊峰を見にも出かけたが、この世界は知らないものだらけだ。
あいつと一緒にいるのは、胸が躍る。
「わたしは――あの夏、“神様”に、出会ったんだ。」
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました!!
水源京、完結です。
想像以上に長くかかってしまった(;´・ω・)
そして、割と謎を謎のまま残してしまいました。
まぁ、皆さんの想像にお任せするところはしたいですが、一つ補足しておかねばならないところを記しておきたいと思います。
◇碧の母親と碧の状態
本作では碧が寝ている間、ちょこちょこ母の言葉が出てきますが、それがなんなのか一切説明していません。唯一29話で千恵と雨音が会話しているシーンがヒントになるのですが、それだけでは分からないと思います……。
実は、碧は生まれた時、既に人間ではなく神霊でした。彼は生まれつき『精が見える』という人間ではない神霊の特性を持っていたためです。彼の母親はそれに気が付き、彼からその『神霊』の特性を抜き、人間として育てることを目指しました。
結果は『人』として育ちはしたけれど、その特性は抜けぬまま。人間なのか神霊なのかあやふやな領域にとどまりました。
故に、碧は神霊の特徴である『記憶の忘却』が起きています。彼は両親のことを“忘れてしまっている”。彼が父親について何も言及しないのは、父親の存在自体を忘れているからです。
母親の言葉だけを断片的に覚えており、彼はそれを夢の中で再生しています。
そして、そのことは碧以外全員が知っています。
ハクは当然のことながら、碧の母親を知っていたので、せっかく人間に戻れそうである碧に神霊になってほしくはなかった。
銀灰はなるようになるしかないと悟っていましたが、叔父である緑鉄は人間であることを望んでいます。
翡翠が碧と最初に会ったとき「そうか、お前が……」と言ったのは、神霊から人間へとなろうとする存在である碧を知っていたからです。
自分ではできないと思っていることが目の前に現れた時の、彼女が味わったショックは、きっと千恵が望んだものだったかもしれません。
◇鈴鳴りの正体
鈴なりの正体は薬売りです。千恵が水の中でも息が吸える『泡薬』を碧に渡しましたが、それは鈴鳴りであった薬売りから受け取ったものです。
そして、薬売りにそれを千恵に託すように依頼したのは、他でもない天道清次郎です。
◇天道家
この家、実はやばいです。それだけです。
◇最後に出てきた女の子
亜麻色の髪の乙女?
誰でしょうか。きっといつか出てきます。
さて、長々と後書きを書きましたが、本当に最後まで書けて良かったです。
滅茶苦茶な文章だし稚拙ではありましたが、ここまで読んでくださった読者の皆様に心から感謝を申し上げます。
本当に、ありがとうございました!!
それでは、またいつか!




