第14話
「じゃーん。今日はカレーです!」
「ほー。これはうまそうだな。」
ハクは僕の開けた弁当箱の中身をのぞき込む。乱切りにした夏野菜が10種類、一口よりちょっと大きめにカットした牛肉をたっぷり入れて10時間煮込んだ、特性『紺家カレー』だ。肉は口の中で蕩け、ルーに染みこんだ玉ねぎの甘味と絶妙なハーモニーを奏でている。白米は程よく硬く、このカレーに噛むことで生まれる新しい味の世界を開く。
「おい、なんだその強烈なにおいのする物体は!」
箸――もといスプーンが止まらない僕らに向かって、翡翠が部屋の隅で顔をしかめて苦言を呈した。その瞳は汚物をみるかのように弁当箱を睨み付けている。
「カレーライスっていうんだよ。知らない?」
「知るか。そんな湖底の泥のような食べ物。……いや、そもそもそれは本当に食い物なのか?川底のドジョウよりも鼻に突く匂いだぞ!?もしや、発祥は拷問道具か何かだったのではないか?」
「いやいや、違うよ。詳しいことは知らないけれど、“カレー”そのものはインドって国のスパイスが効いた料理で……」
「すぱ……すぱ?いんど?……天竺の食い物なのか?」
「て、天竺!?いや、まぁそうといえばそうなるのかもしれないけど……」
天竺の料理と聞くともっと質素で甘そうな食べ物を思い浮かべる。そうなると、今食べている目の前のこの食べ物は、本当に違うところの食べ物なんじゃないかって気がしてきてしまう。
「ま、こまけーことはいいんだよ。旨けりゃな!あーうまい!お前も食ったらどうだ、翡翠。」
ハクは自分専用の弁当箱に頭を突っ込んで顔中カレーまみれになっている。
「……いや、いい。それに例えそれが食い物だったとしても、お前のその食い方はさすがにないんじゃないのか。この部屋が汚れる。外へ出ろ。」
「安心しろって。汚さねーから――あっくしょん!」
鼻にルーでも詰まったのか、ハクは盛大にくしゃみをして部屋にルーをまき散らした。
「――貴様は、言った傍から!!」
翡翠の両手の平の上に、泡の外から水が集まり、濁流の“玉”を創りだす。
「ま、まてまてまて!ちょっと怒りすぎだろ!?今のは仕方ねーだろ!?」
「何が、仕方がない、だ。貴様はやはり信用ならん。そうやって以前もこの水源京で食べ物をまき散らし、酒を飲み干し、挙句の果てに街を散々に破壊していったではないか!」
「……ハク、水源京で暴れたことはないって言ってなかったっけ?」
「いや、その……あれはその、あれだ。暴れた内に入らないってやつだ。確かに家をひぃ、ふぅ、みぃ……とぉくらい、壊したかもしれないが、全盛期の頃に比べればたいしたことは――」
「……」
「やめろ相棒。そんな冷たい目でオレを見るな!助けてくれ!」
「ちょっと間水に浸かるだけだよ。大丈夫、いってらっしゃい。」
「碧―!」
翡翠の一撃を喰らって、ハクは泡の外、水源京の遥か先にまで吹き飛ばされていった。
◇
「あー、ひどい目に遭ったぜ。」
「……ふん。」
つやつやの肌になって帰ってきたハクは、僕の膝の上にぐったりと顎を載せる。
「ハク、やっぱり箸とか食器の使い方覚えたほうがいいんじゃない?」
「はぁ?オレには手なんてねーよ。そんな人間みたいなことするかっての!……あー、ちょっと疲れたから寝るわ。この後の“修行”もあるしな。」
ハクはそういって瞼を閉じた。彼の息遣いと心臓の鼓動が、僕の脚に伝わってくる。
「……それで、結局翡翠は食べないの?」
「……いや、私はそのようなゲテモノ――」
「おいしいよ?」
「……」
「一口だけでも!」
「……分かった。」
彼女は恐る恐る自分の前に置かれている弁当箱に手を伸ばす。スプーンをぎこちなく握り、その泥の食べ物へと差し込む姿は、小学生が嫌いな食べ物を眺めているそれによく似ていた。
「……実は神霊には毒、なんてことはないだろうな。」
「ないない。」
「そう、か……なら――」
パクリ、とスプーンまで齧りとりそうな勢いで彼女はカレーを口にする。
と――
彼女は目を見開き、弁当箱に視線を落とす。
「どう?」
「か――」
「か?」
「辛い!!!」
彼女は顔を真っ赤にして咳き込む。
「あ――ごめん。結構甘くつくったつもりだったんだけど、最初だとやっぱりもう少し甘目の方がよかったかな?」
「お前――よくこんなものが食えるな……」
彼女は涙目になりながら、再びスプーンにカレーを掬う。
「あはは。辛さには慣れてしまえば平気だよ。」
「そういう、ものなのか……」
「それで、味はどう?」
「……」
翡翠は目を細め、小さく答えた。
「……まぁ、悪くは、ない。」
「そっか。よかった。」
再び口にカレーを運ぶ彼女を見て、僕は微笑んだ。
あれから1週間。最初こそ彼女は僕らと同じ部屋にすら来なかったけれど、今では同じ部屋で僕のつくってきたお弁当を食べてくれるようになった。そしてこの一週間、彼女と過ごす時間が増えたことで、僕にとってうれしいことがいくつかあった。
まず、割と普通に会話ができるようになったことが、僕はうれしかった。これまでは大分距離を置かれた話し方を翡翠はしていたけど、最近ではそれが少しずつ薄くなり、さっきのハクとのやり取りのような、ちょっと打ち解けた会話が――?できるようになった。
そして、翡翠についてより知ることができたのは、大きな一歩だと思う。綺麗好きなところとか、結構押しに弱いところとか、そして割と表情が豊かだということが知れたのは、『友達』へと少しずつ近づけているんじゃないかなと、僕は思った。まだ一度も心の底からの笑顔を見たことは無いけれど、きっとその笑顔は太陽のようにあたたかく、桔梗の花のように美しいのだろう。
「――?なんだ?」
「ううん。なんでもないよ。ただ、やっと仲良くなれてきたのかなって思って。」
「……」
彼女は僕から視線を逸らし、少しずつカレーを口にした。
◇
「馳走になった。」
翡翠は綺麗に弁当箱の中身を平らげると、丁寧に蓋をして僕に弁当箱を返した。
「はい。お粗末様でした~。
そうだ、明日は何が食べたい?」
「……いや、私は神霊だ。しかも、水と同化した状態にある。故に、お前たちと違って食事は必要としないのだから、無理をして作る必要はない。」
「大丈夫だよ。一人分増えても、手間なんて変わらないよ。」
「……」
「それに、ご飯はみんなで食べるからおいしいんだ。だから、翡翠も食べよう。」
「う……む。」
「で、せっかく食べるのだから、何か好みがあればそれを作ってみたいのだけれど、何かない?」
「それは――」
《《「てんふら」というのがとってもうまくてな。今度、お前にも食べさせてやるからな。》》
――なんだ、今のは。
僕は目をこすった。今、翡翠の背後に、誰かがいた。黒い影の塊のような存在だったけれど、確かに誰かがそこにいたんだ。でも瞼を開けると、どんなに目を凝らしても翡翠の背後には誰もいなかった。
幻覚――だったのだろうか?だがそうだとしたら、今の言葉は、一体何だったのだろうか。
そして翡翠の口から放たれた言葉に、僕は驚きを隠せなかった。
「“てんふら”――かな……」
「!?!?」
「?どうした、碧。」
「――え?いや、なんでも、ないよ?」
僕は慌てて平然を装う。
「え、ええと、“てんふら”って……天ぷらのこと?」
「……いや、分からぬ。確か、何かの衣をつけた食べ物だと昔聞いたのだが……私は、それを食べたことがない。」
「食べたことがない?けど、それが食べたいの?」
「……いや。いい。忘れてくれ。」
「えー。やだ。」
「お前な……」
「じゃあ、天ぷらだね!この季節だと何の天ぷらがいいかなぁ。やっぱり夏野菜とお魚かな。それで岩塩と醤油を用意して……」
「……」
翡翠は何も言わなかった。ただ、郷愁に浸る様な寂しげな瞳を、塔の外へと向けていた。
◇
「で、修行の成果はどの程度なのだ。」
「い、いやぁ。それがなかなかよくわからなくて。」
嘘をついて水源京にやってきていることを、翡翠は分かっている。けれど、彼女はそれを嘘だと糾弾することもなく、僕のその「ニセの修行」に付き合ってくれた。
正直なことを言うと、非情に申し訳ない。
けれど、嘘もずっとついていればいつか真になるなんて誰かが言っていたように、この1週間でその「ニセの修行」は「本物の修行」に成り代わっていた。
千恵が僕に教えたのは『精』の「見分け方」と「対話する方法」だった。けれど「ニセの修行」をするにつれて、翡翠は『精』の「見つけ方」を教えてくれるようになった。
「私達神霊や術者は、お前のように『精』を見ることはできず、『精』を感じている。だから『対話』は容易にはできないが、『精』を『見つけること』に関してはそれなりに得意だ。お前がこの水源京に落ちてきたことに私が気が付いたのも、お前がこの水源京の中であちらこちらを徘徊していることに気付いていたのも、その『精を感じる』という術を知っているからできたことだ。」
彼女はそういうと、『精を感じる術』――『知覚』を教えてくれたのだった。
その修行内容は単純で、「塔」の最上階から水源京の街中に隠れたハクを探し出す、というものだった。
けれど、これが想像以上に難しかった。肌に触れる霧の動きを認知するような芸当で、コツをつかむことができない。霧が出ているなということが分かるように、確かに『精』がそこにあることはなんとなく感じられるのだけど、それが何の『精』かや、どう動いたのかまでは全く分からなかった。そこにいると思っても、それが思った『精』じゃない。
「わかった!ハクはあの橋の隣にある家の中だ!」
「おい。また“視覚”に頼っているぞ。目を閉じておけと何度言わせるつもりだ。」
「う……」
どうも無意識のうちに『心眼』を使ってしまう。『心眼』を使えば、一発でどこにどんな『精』が存在しているのかすぐに分かる。けれど、それを使っているようでは、翡翠のいう『知覚』はできない。それではだめだと、僕は胸に刻む。『心眼』『対話』以外の術を身に着けることに意気込んでいたのは確かだけれど、何より、最初あれだけ僕と関わらないようにしていた翡翠が、僕の修行に付き合ってくれているのだ。何の成果も出ないというのは嫌だった。なんとかして応えたいと、そう思った。
「……まぁ、いい。今日はこれくらいにしておこう。――ハク!」
翡翠は両腕を掲げ、水中で両手を強く叩く。無音の衝撃波が、水の中を瞬時に駆ける。そして水源京全体に波が行き届いた時、さっき僕が指さした家の中から、ハクが顔を出した。
「どうだった?」
「ごめん。また駄目だった」
「……ま、ゆっくりやればいい。」
僕らの元に戻ったハクは、それだけ言って僕の体に巻き付いてきた。その太い身体は優しく、けれど強く僕を抱きしめる。
「ハク?」
「いや、何。少し、運動して疲れたってだけだ。」
「そう?」
「ああ……」
視線を逸らしたハクを見て、僕は彼が何を思っているのかを察する。彼は、心配しているのだろう。千恵が言っていたように、僕が新しい術を身に着けることで神霊になってしまうのではないか、と。
水源京に差し込む光を見上げ、翡翠が僕に言った。
「今日は終わりだ。もう帰るといい。家に着くころには夕方になっているぞ。」
「そうだね。ああ、でもハクが疲れたって言っているから、もう少し後でもいい?」
「構わないが……夜になる前には帰れ。――『鈴鳴り』が出る。」
「うん。」
今でもまだ僕と翡翠の間には距離があるけれど、それでも翡翠が僕を心配してくれているというのは感じていた。彼女自身が自覚しているのかどうかはよく分からないけれど、彼女の根は善人で優しい人なのだ。そうでなければ、ここまで僕に付き合ってくれることはないだろうし、今のように気に掛けてくれる発言はしないだろう。
そして彼女は、僕が神霊になるとかそういうことは知らないだろうから、単純に僕の身を心配してくれているのだ。僕にはそれがうれしかった。翡翠にとって僕は、その身の安全を気に掛けてくれる程度の存在にはなれたのだと、そう思えたからだ。
僕は傾いてきた日差しに照らされる街並みを、翡翠と並んでみる。
「それにしても、本当に静かできれいな景色だね。」
「……」
「でも、なんでどれも空き家なの?」
「――!」
翡翠がおびえるような瞳を、僕に向けた。それを見て、僕は慌てた。そうだ。この水源京は『枯れかかっている』そう、雨音は言っていた。きっとその理由はそれに直結する。だから僕は慌てて言葉を選び、弁明した。
「ああ、いや、ええと。そ、そう!別にこの世界がさびれてるとか、そういうことを言いたいんじゃなくて――って、あ、いや、これも失礼な発言になる――ああ、いや、その――ごめん!」
「……構わん。」
翡翠は静かにそういって、瞳を閉じた。
失敗したと、そう思った。せっかく翡翠と仲良くなり始めたと言うのに、自分でそれを壊しに行ってどうするんだ。
僕は『心眼』を使って泡の中から街並みを眺める。街の家や土、水や草に含まれている精は淡く、幽かだ。光の絨毯というには弱すぎる。ところどころ行燈を灯したようにぼうっとした明かりが見えている。あれはきっと泳いでいる魚だろう。
「やっぱり、精が少ない……」
ハクにしか聞こえない小さな声で、僕はつぶやく。そしてそのつぶやきを、ハクは拾い上げて囁いた。
「昔はもっと『精』が多かった。街には多くの精霊が集い、暮らしていたんだ。」
「……ねぇ、40年前は、どうだったの?」
「あの頃はまだ住人がいたが……減り始めては、いたな。」
「そっか……」
僕は眼下の家を見つめる。
穴の開いた屋根。藻の生い茂る床。苔むした壁……
誰かが暮らしていたはずのその建物は、その気配も感じないほどに静かで冷たい水に包まれている。
「何を話している?」
「え?ああ、いや。なかなか『知覚』を覚えるのは難しいなって。」
「……そう、か。」
翡翠はしばらく僕とハクを疑うような視線で見ていたが、小さくため息をつくと言った。
「……もう、時間だ。上まではこの“泡”で行け。」
◇
「ねぇ、ハク。」
「なんだ。」
山を下りながら、僕はハクに尋ねる。
「僕が『知覚』を身に着けること、どう思ってる?」
「どう思ってるって……」
ハクは立ち止まり、僕と視線の高さを合わせる。
「確かに心配ではある。千恵がそれをお前に教えなかったのは意味があるような気もするからだ。だが、『知覚』は術者であればほぼ全員が行える技だ。だから……それを身に着けたくらいでは神霊にはならないと、そう思っている。」
「そっか……」
「ああ。だから……今は安心して翡翠と修行すればいい。」
「うん。分かった。ありがとう。」
「おう……」
「でも、なかなか難しいね、『知覚』って。」
「そうか?そこまで大したことじゃねぇんだが。なんせ、オレにですらできるんだからな。あの日、水源京に入ってお前のとこまで行けたのも、『知覚』を使っていたからなんだ。」
「へぇ。そうだったんだ。」
再び歩き出した僕らは、最近過ごした水源京の出来事についていくらか話をした。ハクと魚の『精』を見間違えた話とか、あのお弁当は上手かったとか、翡翠が割と表情豊かなところとか、そういった話をした。
そうしているうちに、「友達になる」という僕の思いとは別の、本来の目的についてハクが切り出した。
「……なぁ、碧。水源京に通ってもう1週間。手紙の時期も合わせたら2週間だ。どう、だ?何か、つかめたか?」
「……ううん。まだ、分からない。」
「そうか……」
夕暮れの静けさが、僕らの肌を冷たく刺す。僕たちはまだ翡翠をどうやって水源京の消滅から救うのか、それが分からないでいた。
「あ。そうだ。そういえば、最初に翡翠が水源京の入り口に立っていた時、ハク言ってたよね。」
「あん?」
「“外に出れたのか”って。あれ、どういうこと?翡翠って、やっぱりあの水源京からは出られないの?」
「ああ……あれか……」
神霊には、行動に制限がつく場合がある。それは、神霊になる前がどんな『生き物』であったか、ということに関わってくる。例えば、千恵はあの広間から移動することが出来ない。それは彼女が植物だからだ。そこに根を下ろした領域から、外に出ることはできないんだ。
ハクは少し間をおいてから言った。
「翡翠は元々人間だ。だから、本来であれば水源京から自由に出られるはずだ。だが……その、あいつは水源京から出たがらなかったんだ。40年前のあの時も。」
「え?どういうこと?」
「それは……いや、これはオレが話をしてはいけないことだ。悪いが相棒、自分で、答えを見つけてくれと、そうオレには言うことしかできない。」
ハクはうつむきながらそういった。
その背中は寂しく、切なかった。
どうして、みんなそんなにも悲しい顔をするのだろう。
どうして、みんなやりきれない思いを抱えているのだろう。
僕にはまだ分からなかった。けれど、そんな悲しげな顔を、僕は見ていたいとは思わない。それだけは、はっきりしていた。
「うん。分かった。」
僕はハクを抱きかかえる。
「うぉっ!?なんだよ、別におれは歩けるぞ。」
「いいから、いいから。」
「……」
ハクは大人しく僕の腕に巻き付いた。僕はそれを確かめると、駆け足で山を下り始めた。ハクを抱いているのに全く動きにくさを感じることは無く、その足取りは軽かった。
「なぁ、碧。お前、翡翠を救えると思うか?」
「――救えるかどうかじゃなくて、僕は救いたいんだ。」
「……そう、か。お前らしいな。」
ハクは腕の中で小さく笑う。
「まぁ、あまり無理はするなよ。」
「うん。大丈夫だよ。それに、さっきのハクの話で少し可能性があるんじゃないかって思えてきた。」
「……ほう、なんだ?教えてくれ。」
「でも僕は術者のことをよく知らないから……笑わないでよ?」
「笑わねぇよ。」
「じゃぁ……翡翠が水源京と一緒に消えてしまうのは、『流水の神』と同化しつつあるからだったでしょ?でもそれは水源京に長くいたから。だったら、あの水源京の外に出してしまえば、次第に戻るんじゃないのかなぁって、思っているんだ。しかも、翡翠は本当なら外に出られるんでしょ?」
「……なら、あいつをあそこから連れ出して、その後どうするつもりだ。」
「うーん、そうだなぁ。やっぱり、千恵のもとか、別の水源京に移ってもらうとかかな。だって、水源京って水源があるところにはあるものなんでしょ?」
「……」
目を細めるハクに、僕は言う。
「だって、翡翠言っていたよ。“この世すべての水源には、都が存在する”って。まぁこれは僕の勝手な推測だけれど、あの水源京がだめなら、別の水源京に移動するっていうのは1つアリなんじゃないかな?水源京には元々いろんな精霊が住んでいたんでしょ?だったら、神霊が一人増えたって別にいいんじゃないかな?」
「……それは――」
その後ハクが言った言葉は、僕の耳には届いていなかった。風を切る音で、聞こえていなかったんだ。
けれど、僕はその言葉をちゃんと聞いておくべきだった。
もう一度、ちゃんとなんて言っていたのか、確認するべきだった。
そうであれば、きっとまだ……あんなことには、ならなかったのに――
彼は言った。静かに、押し殺すような小さな声で。
「それでは、彼女を助けることはできても、“救う”ことは、出来ないんだ……」




