平成31年4月7日(日)「新しいクラス」
「日野さんに学級委員をやって欲しいの」
一昨日のことだ。帰り際に私は職員室に呼ばれた。そして、担任の小野田先生にそう言われた。
小野田先生は、小柄な年配の方で、顔も体も骨と皮しかないんじゃないかと思うほど痩せている。しかし、眼鏡の奥の眼光は鋭く、威圧感がある。冗談で言っているわけでないことが嫌でも分かる。
「私の体質のことは?」
知らないはずはない。転校してから3ヶ月、半分ほどしか出席できていないのだから。それでも聞いておかなければならない。私の質問を予想していたかのように小さく頷いてから先生は答えた。
「みんなに協力してもらえれば大丈夫でしょう」
つまり、協力してもらえる人間関係を作れ、ということか。私は目を細める。考え込むときの癖だ。
学級委員。予想していなかった。転校して来てまだ3ヶ月だし、休むことが多い私が選ばれる可能性はまずないと思っていた。
メリットとデメリットを計算してみる。学級委員になれば、他のクラスメイトと関係を築いていかなければならない。真面目にやるのであれば。友だち作りへのモチベーションになるかもしれないが、それをメリットと言えるかどうかは微妙なところだ。
デメリットは面倒の一語に尽きる。雑事や責任を押しつけられ、時間を取られるのは確実だ。体調を理由にサボることも可能だが、自分の性格として、やるのならそれなりに真面目にやってしまうだろう。どう考えてもデメリットの方が大きい。高校受験で内申を必死に稼ぐ必要があるとも思わない。
断ろうと気持ちが傾きかけていた時、ひとりの少女の顔が浮かんだ。白く透き通った肌。シャープな顎のラインの美しさ。精緻を極めて造られた人形のような女の子。こんな普通の公立中学にいることが場違いにさえ感じてしまった。私の後ろの席に座り、ほんのわずか言葉を交わした。それだけなのに、強烈に印象が残っている。
私はこれまで学校では居ても居なくてもいい生徒だった。休むことが多いから、周りも役割などを求めてこなかったし、私自身も積極的に関わろうしなかった。友だち付き合いだって、言葉は悪いが休み時間をひとりで過ごすことにならなければ十分みたいに思っていた。
この学校でもそうやって過ごすことは可能だろう。・・・・・・でも。
「わかりました。引き受けます」
引き受けてしまった。学級委員になれば何かが変わると決まったわけではない。それは分かっている。ただの、きっかけ。しかし、何かを変えようと思うなら、きっかけは必要だ。
「どうして私なんですか?」
引き受けた後に訊いてみた。先生は素っ気なく「成績」と答えた。これで「あなたのため」なんて言われたら、反発する気持ちが湧いてきただろう。「そうですか」と言った私の声はいつもより軽やかだった。