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平成31年4月4日(木)「帰宅」

 仕事が休みなので、お母さんが車で迎えに来てくれた。”じいじ”からは10連休となるゴールデンウィークも遊びにおいでと言われたが、たまには違うところに家族旅行したい。ただお母さんは連休中も仕事なので、出掛けるなら”じいじ”のところになってしまいそう。


 わたしのお母さんは横浜のデパートで働いている。ファッション系のフロアに長くいただけあって、その手の商品の知識は豊富だ。今は部下の教育などが仕事の大半を占めるようになり、最新ファッションの情報には疎くなったとこぼしている。わたしはファッション関連の知識の大半をお母さんから学んだ。中学生になってスマホやノートパソコンを買ってもらってからは、インターネットで情報収集するようになった。そして、そこで得た情報の真偽をお母さんに確認している。わたしはネットの情報の不確かさが実感できるようになったし、お母さんも最新情報を知ることができて助かると言ってくれる。


 お母さんとファッションの話をしていたら時間が過ぎるのは本当に早い。気付けばもう自宅に着いていた。


 着替えや手洗いを済ませ、居間に顔を出すとお姉ちゃんがテレビを見ていた。


「ただいま」


「おかえり」


 お姉ちゃんはテレビを見たまま返事をする。わたしとお姉ちゃんは決して仲が悪いわけではない。普通にしゃべるし、ふざけ合うこともたまにはある。でも、仲が良いかと問われると、どうだろうと思ってしまう。”じいじ”から特別扱いされていることの影響があるはずだと思ってしまうから。


 2つ違いの姉妹なら、姉からのお下がりの服を着ることは多いだろう。それが普通だと思う。しかし、わたしはお姉ちゃんのお下がりの服を着た記憶がない。わたしの背が低くて着れないというのもあるけど。


 アクセサリーなどの小物の貸し借りも、ほとんどわたしからお姉ちゃんへという感じだ。わたしはお姉ちゃんから”じいじ”のことで文句とかを言われたことはない。いとこ達から嫌味を言われたときはお姉ちゃんが守ってくれる。嫌われていると感じたことはない。それでも、「壁」みたいなものは感じる。それはわたしが作った壁なのか、お姉ちゃんが作った壁なのか。わたしにはよくわからない。


「入学式は月曜だよね」


「ん」


 お姉ちゃんの高校の入学式が間近だ。公立の、本人曰く「並」の高校。実際は、並よりは少し上かなあ。


「友達いっぱいできるといいね」


 冗談めかして言ってみた。


「ヒナの力を借りたいわ」


 お姉ちゃんは初めてこちらを見て答えた。お姉ちゃんの名誉のために言っておくと、決して友だちが少ないわけじゃない。誰とでもすぐに仲良くなれるわたしの特技を知っているのでそう返してくれた。


「わたしのパワーをあげるね」


 笑いながらそう言うと、わたしは両手の平をお姉ちゃんに向けて念じる。結構真剣にやったら、お姉ちゃんは笑ってくれた。


「華菜、買い物どうするの?」


 お母さんが居間に入ってきた。普段、夕食はお父さんとお姉ちゃんが担当する。今日はお母さんが休みなので、お姉ちゃんと一緒に作るそうだ。わたしは、料理はまだまだ半人前以下。小さいから危なっかしく見えて最近までやらせてもらえなかったし、両親も姉も料理好きでわたしの出番がないことも理由だ。ちなみに、わたしは掃除担当である。


 ふたりが夕食のことを話し合っているので、暇になったわたしは純ちゃんに電話をする。純ちゃんは同級生というより幼なじみと言った方が相応しい存在だ。メールやLINEじゃ気付いてもらえないので、いつも電話を掛ける。出るまで掛け続けるくらいの根気が必要だ。


「帰ってきたよ。純ちゃんは?」


「家」


「今から行くね」


「うん」


 明日は始業式だ。準備は大丈夫なのか心配で見に行くことにした。


「純ちゃん家、行ってくるね」


「夕飯までには帰りなさい」


「わかってる」


 お母さんに行き先を告げて家を出る。すぐ近くの長屋の一角が彼女の家だ。玄関は鍵が掛かっておらず、一声かけて、引き戸を開けて中に入る。呼んでも出て来ないので、靴を脱いで上がる。奥の子供部屋に行くと、純ちゃんと彼女の妹がいた。


「こんにちは」


 マンガを読んでいる妹の方は軽く会釈してくれた。純ちゃんはテレビを見ている。競泳の全日本選手権。この大会には中学生も何人か出場しているそうだ。純ちゃんはわずかに届かなかった。


「どう?」


 レースが終わったタイミングで聞いてみると、こちらを向いて答えてくれた。


「昨日と一昨日は見て来た」


「そっか」


 悔しそうな素振りはない。淡々としている。でも、思うことはあるんじゃないかと感じる。わたしがそういう目で見るせいかもしれないけど。


 スイミングスクールに通い始めたのは、わたしがきっかけだった。わたしは習い事をひととおりやらされた。純ちゃん家は裕福ではなかったが、スイミングスクールは月謝も安く、本人がやってみたいというので一緒に始めたのだ。わたしは浮くのが精一杯で、すぐに辞めてしまった。純ちゃんはみるみるうちに上達し、より大きなスイミングスクールへと移籍した。


 身長はいまや175cmと女子ではずば抜けた高さになっている。わたしと並ぶと本当に大人と子供に見えてしまう。他のことには無頓着な彼女だが、泳ぐことにだけは執着している。パリ五輪は十分狙えると指導者の方たちに言われている。スクールの費用などかなり大変みたいだが、親も必死に工面しているようだ。


「明日の朝、行ける?」


「うん」


「じゃあ、起こしに行くね」


 中学生になってから、わたしは毎朝ジョギングをするようになった。純ちゃんはいつもそれに付き合ってくれる。わたしのペースは歩いた方が速いんじゃないのと笑われるような遅さなのに、そのペースで純ちゃんも走る。トレーニングにはならないと思う。どうして付き合ってくれるか尋ねても答えてはくれないだろう。きっと、わたしを心配してくれてるから。


「ありがとう、純ちゃん」

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