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05. アリサ

 行儀が悪いと言われようが、食う。

 歩きながら。


 黒胡椒がかかるだけで、こんなに美味くなるとは。

 口に広がる鶏肉の風味に、俺は頬を緩めた。


 ニヤニヤ歩くこと、わずか数分。

 家まで待てるかと、道中にある公園へと入っていく。

 帰還時、日干しにされた例の児童公園だ。


 ブランコで遊ぶ子が一人いるだけで、いつにも増して閑散としてる。

 食事には丁度いい。

 青いベンチに腰掛け、二種のから揚げをじっくりと腹へ片付けた。


 次はチョコレート。

 甘さとほろ苦さが、絶妙なハーモニーを奏でる。

 口に残るから揚げのスパイスを、カカオが塗り変えた。

 目を閉じて、芳醇な香りを楽しみながら、アーモンドを噛み砕く。


 たっぷり時間を掛けて一粒目を食べ切り、再びまぶたを開けると、目の前に少女が立っていた。


「…………」

「……んん? 欲しいの?」


 ブランコを漕いでいた、幼い女の子だ。まだ小学校の低学年だろうか。

 チョコレートに釣られて寄って来たのかと思ったが、どうも違うようだ。

 首をぶんぶん横に振った少女は、俺の持つチョコレートの箱を指差した。


「ツマミにならないの?」

「え、なんですか? いや、何を言ってるのかちょっと……ツマミ?」

「こんなのツマミにならないって、パパが」

「あー、酒のツマミかな。あんまりツマミ向きじゃないかもね」

「じゃあ、ママがまちがってるんだ」


 これはちょっと、ややこしい話になりそうだと、頭の中で警報が鳴る。

 迂闊なことを教えると、夫婦喧嘩の火種になりそうだ。


「いやあ、ツマミにする人もいるんじゃないかなあ」

「じゃあ、パパがわるい」

「そうじゃなくてね。世の中には色んな人がいてさ――」

「チョコレートでのめるかって、パパがママをたたいた」


 もう喧嘩してましたか。仲悪いなあ、おい。

 やめろよ、勇者の管轄じゃねえだろ。


 関わりたくないという俺の気持ちを無視して、少女は親のいさかいを語って聞かせてきた。

 アリサと名乗る少女は、両親と三人で近くのマンションで暮らしているとか。

 夫婦仲は良くなく、アリサは独り公園で遊んでいることが多い。

 家にいると、毎夜の言い争いが思い出されるらしい。


 昨夜、ビールで晩酌しようとした父へ、母はこれも食べてくれと、貰い物のマカデミアナッツを差し出した。

 それが父のカンに障ったそうで、怒鳴り合いの喧嘩に発展する。

 ここまでだと、些細なことで怒った父親を責めたくなるものの、母はチョコレートの箱を投げたと言う。

 額に箱の角がジャストミートした父は、クッションやらスプーンやらを投げ返してて反撃した。


 それからは物が飛び交う狂乱だ。

 ゴブリンがそんな感じだった。あいつら、手当たり次第にそこらの石を投げてきやがるんだよ。


 決定打となったのは、平手打ちじゃない。

 父はよりによって、母が大事に飾っていたガラスの置物を壁に投げ付けてしまう。

 家を飛び出した母親は、今日になっても未だ帰宅していなかった。


「これをなげたの。われちゃって、ママがないてた」

「持ち出したのか」


 少女がポシェットから取り出したのは、ハンカチで包まれたガラスのイルカだった。

 サイズは少女の拳程度。身体には虹色に模様が入っており、陽光を反射して美しい。

 ただ、尻尾の付け根辺りで、パッキリと二つに割れていた。


「見事に真っ二つだな」

「……なおせる?」

「これをか? 接着剤でくっつければ……って、それじゃダメだよなあ」


 昼過ぎには父方の祖母が来るから、大人しく待っていろと言われ、父親は怒ったまま出勤してしまった。

 独り残された彼女に言いつけを守る気は無く、母のところへ行こうと家を出たそうだ。


 このままでは、険悪な二人は治まりそうにない。

 母のいる“じっか”へ行く前に、イルカを修復したいと、アリサが訴える。

 母のお気に入りが元に戻れば、きっと仲直りしてくれるのだと。


「そうは言っても、ガラスをくっつけ直すなんて――」


 待てよ、そこはほら、アレをこうやって……。

 考え込み出した俺を見て、アリサは期待を高める。


「なおるの?」

「ん、まあ、試してみよっか」


 勇者だもんな。チャレンジあるのみ。

 アーモンドチョコレートを仕舞った俺は、アリサを連れて、再度コンビニへと向かうことにした。

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