俺の彼女が何週してもBADENDに直行する
「ごめんね、シュウくん」
あぁ、まただ。俺の腹にはどんなご家庭にもある万能包丁が突き刺さっている。
痛いというより熱い感覚は、何度経験しても慣れるものじゃない。
だけど。
「いいさ、俺が苦しいだけなら、まだマシだ」
そうして俺は瞼を下ろした。
次の瞬間。
「そう、俺が苦しいだけならまだマシだよな。前回はクラス巻き添えにしてバスごと崖から落ちたし」
「本当にごめんねシュウくうううぅーん!」
俺が寝るベッドの横で、床に座りながらそのベッドにつっぷした彼女、ユイが泣き叫んでいる。
別に俺を刺してしまったから泣いているわけじゃない。いや、それもあるだろうけど、もっと問題なのは。
「これで何度目だっけ」
「えっと、ひのふのみの……32回くらい、かな」
「そろそろ実質50歳かぁ」
俺たちはこの一年を、高校3年生を繰り返していた。ずっと、ずっと。
なぜそうなったのかは分からない。ループするキッカケは俺かユイが死ぬこと。この32回のループの中で、どっちが死ぬかは大体半々で、どっちも死ぬことも多々あった。
一度、二人とも高校卒業ギリギリまで生きてたこともあったんだけど。
「やっぱり、あの時にループを抜け出しておくべきだったのかな」
「馬鹿言うな、俺たち以外の友達全滅エンドなんて、無かったことにして正解だろ」
そう、友人たちと一緒に行ったコンビニで偶然強盗が現れ、銃を乱射。俺とユイは生き延びたものの友達はみんな死亡した。あの時、あと1日生き延びればたぶんループは解除されたんだけど、俺たちはそんな世界を認めず二人一緒に高層ビルから飛び降りた。
「あれ、ホラーものなら霊に憑かれたカップルが、エンディングで謎の自殺を遂げたって感じだよな」
「霊なら本物にあったじゃん」
「そうだった。また取り殺される前に除霊しにいかなきゃ」
「10回目くらいだったっけ? トイレの二口女」
「あれは14回目だろ。なんで花子さんじゃなくて二口女がいるんだ、あれ妖怪だろ。そうじゃなくて10回目はあれだよあれ、タタリモッケ」
ちなみにタタリモッケというのは捨てられて死んだ赤子の怨念の集合体だ。めちゃくちゃ強い、というかまず勝てない。俺たちループはしてても一般人だし。霊能力とかないし。だからそういう事のできる人を連れていかなきゃならない。
「あのお坊さん、なんて言ったっけ。Tさん? 今度は来てくれるかな」
「大丈夫だろ、11回目ではいたずら電話だと思われて無視されたけど」
死因は毎回違うわけじゃない。ちゃんと回避策を講じないと同じ死因になるのは実証済みだ。ちなみに強盗に関しては事前に証拠を掴んで警察に送りつけることで回避できる。ただしそこで自衛のために強盗から銃を拝借すると……何故かユイがヤンデレ化して俺を殺しにかかる。
「そういや、今度は銃なかったのになんでヤンデレ化してたんだ、お前」
「たぶん、あの部屋においてあった危ないお薬じゃないかな。空気中に混ざってたとか」
「あー、あれかぁ。今度は部屋ごと潰すか……」
31回目では何故かユイが危ないお薬を開発している裏組織に拉致され、あわや監禁陵辱というところで「あ、これ無理だ」と判断したユイが自殺した。だから32回目は先手を打ってその組織を声を大にしては言えない方法で潰したんだが、この有様だった。
「もう事故とか強盗とか幽霊とか妖怪とか裏組織とかやだあああ!」
「それ全部ユイが巻き込まれたやつだけどな! それにほら、仲間も増えたし!」
そう、回を追うごとに増える敵を片っ端から潰して回ることになるので、俺たちはこの1年。今回ではこれからの1年であらゆる分野のエキスパートたちと交流を深めていくことになるのだ。
バスの運転士さんとか、警視総監とか、霊能力者のTさんとか、陰陽師とか。
「はっ!? やばい、やばいよシュウくん! もう10時だよ!」
「10時って、やばい! それはやばい!」
時計を見た俺たちは慌てて部屋から飛び出すと、近くの公園へ向かう。
この公園では1回目にユイが誘拐され、激しく抵抗した結果惨殺された。2回目には公園へ行くことを回避したためユイは生き延びたのだが、代わりに小さな女の子が凄惨な目にあってしまった。
ちなみに、その翌日俺たちはそろってトラックに轢かれた。
「いたよシュウくん! 誘拐犯!」
「よっしゃ言葉は要らないさっさと果てろ!!」
「何だお前ら!?」
見た目普通のサラリーマンのおっさんを力の限り殴り飛ばす。
このおっさん、これで下着泥棒や盗撮の常習犯で、部屋にはその手のものがあふれかえっているのでぶっとばしても問題ない。
さらに言えばこの幼女、父親が警視総監なのでここで助けておかないと今後犯罪組織を事前に潰すコネを得られずに俺たちは詰む。
毎週と同じように無事幼女をお母さんへ引き渡し、しっかりと名乗って住所も教え、お礼の品を後に貰うことを拒否せず! 帰路へついた。ここ大事。3回目では名乗りもせず、御礼の品も遠慮したためコネ力が足りずにその後別の犯罪に巻き込まれた時助けを呼ぶのが遅れた。
「さて、家でゲームでもするか」
「今日学校行くと理科室が吹き飛ぶからねぇ。あれびっくりだよねぇ」
「遅刻してきた俺たちにキレた先生がうっかり薬品間違えて混ぜるとかどこのコントだよって感じだよ。あ、ユイ」
「わかってるよー」
俺の声に反応して、というよりはもう慣れた感じで一歩後ろへ下がるユイ。
そこへ落下してくる金タライ。あまりの衝撃で歪む金タライ。これが人の頭に直撃していたら、考えるまでも無い。だって7回目くらいに見たし。
「す、すまない! 大丈夫だったかい君たち!?」
慌てて現れたのは身なりのいいお兄さんだ。
このお兄さん20代前半ながらベンチャーで成功しており、一児の父なのだが、その2歳のお子さんがベランダから金タライを落っことすとかいう暴挙にでた結果ユイが死ぬ。
「大丈夫でしたけど!」
「死に掛けました!」
「ほ、本当に申し訳ない! その、こんな事は不誠実かもしれないが、これで許してくれないか」
そういって差し出してきたのは諭吉さんが6人ほど。高校生には大金だが、いまの俺たちにはそれよりやってほしいことがある。
「そんなことより、おたくのライバル会社のK社だけど、薬に手出してるからそこ突いて潰したほうがいいよ」
「は? え、なんだって?」
「あ! これ警視総監さんの家の住所なんで、証拠みつけたらここに駆け込んでくださいね! 次の取引ってどこでやってたっけ」
「前回乗り込んだのは駅前の雑居ビルだな。俺たちが行くとユイがヤンデレ化するからおたくでやっといてよ」
俺たちのやりとりにぽかんとするお兄さん。それはそうだ、突然こんなこと言われてもわけがわからないだろう。
「君たちは一体……」
「「ただの高校生です」」
ただし、ループ32回もしてるので精神年齢49歳くらいの。
家へ戻ってきた俺たちだが、そのまま部屋の鍵を開けたりはしない。
なぜなら。
「いち」
「にの」
「「さん!」」
鍵も回さず扉を開けた俺たちは、突き出された包丁を回避、俺がその腕を掴んで背負い投げをすると、ユイが相手の右肩を体重を乗せて全力で踏みつける。
「ぎゃあああっ!?」
一人暮らしの俺の部屋へ入り込んでいた強盗は、こうして倒れた。
「あ、もしもし、警察ですか? 強盗を捕らえたので家まで来てほしいんですが。いえ、いたずらじゃなくて」
「シュウくん、スピーカーにしてスピーカーに」
「あ、忘れてた」
「放せ、放しやがれクソガキッ!!」
「あ、聞こえましたか? はい、よろしくお願いします。住所は」
これももう20回以上やってきたので慣れたものだ。身体を鍛えればなんとかなるかとひたすら鍛えた1年もあったのだけど、ループすると鍛えなおしな上、筋肉痛で倒れてる時に事件が起きたりするからやめた。それでも鍛えた技術はなくならない。俺たちはある意味スーパー高校生になっていた。
ただし1年以内に必ず死ぬのだが。
「……ん? 離れてシュウくん!」
「何!?」
考えるより先にその場を飛びのいた俺とユイ。
その直後吹き飛んだのは捕らえたばかりの強盗だ。
「何だこれ!?」
「シュウくん、ダイナマイトだよダイナマイト! お腹に巻いてあるよ!」
「はあ!? まじかよ、こんなの初めてだぞ。ていうか大分グロい事になってんのに元気だなお前」
「さすがにもう慣れたよシュウくん!」
それもそうか。もっと酷い目にあったこともあるもんな。幸いと言うかなんというか、尊厳を踏みにじられるような危険があったら速攻で自殺するからそういう目にはあってないけど。これに関してはループ万歳だ。
「いやぁ楽しくなってきたねシュウく……」
パスン、ぐちゃっという音がしたかと思うと、ドサっとユイが倒れた。
側頭部には穴が開き、赤い液体があふれ出す。
「え?」
ユイは死んだ。
33回目の死因、射殺。
「いやぁ楽しくなってきたねシュウくん!!」
「そうだなちくしょう! タイミング的にK社だなぶっつぶすぞ!」
K社の情報をお兄さんにリークしたのは初めてだ。表でしたのがまずかった、今度は家に上げてもらおう。
「私を殺した報い、絶対に受けてもらわないと……」
「おい殺すなよ!? それで指名手配されたことあるだろ!」
「もちろん! それで警察に射殺されたこともあるもんね!」
何故かよくヤンデレルート入りするユイはそういう手段を躊躇わなくなっていた。
この32回のループで俺たちが死んだ回数はだいたい半々。しかしユイがヤンデレ化していないルートは一桁くらいしかない。
「今度こそハッピーエンド目指すよシュウくん!」
「いやエンドじゃだめだろ。お前がバッドエンド直行しなければ行けると思うんだけどな!」
さぁ、34回目の始まりだ。俺達のループは終わらない。この1年に起きる事件を全て潰すその日まで。
ある企画に参加できたら出そうと思ってたんですが、なんか切りよく終わっちゃったので短編として投稿しました。
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