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紅い獣とすみれの陽だまり  作者: オノイチカ
第3章 獣の仔ら
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第18話 可憐な少女


「いらっしゃいませ……ああ、フレアさん」


 足音に顔を上げて挨拶をしたリュリュは、笑顔で食堂の入り口へと駆けた。そこに立っていた木箱を抱えた少女が、こんにちはとつぶやいて腰を折る。

 白いワンピースに向日葵ひまわり色のショールをまとったその姿がとても可憐かれんだ。たしかコンコルディアに着いた初日に、アナグマキッチンで牡丹と一緒に食事を摂っていた娘の一人ではなかったか。

 ソワイエはフレアの愛らしさに目を輝かせて、興味津々に二人を覗き見た。


「ご注文頂いていたお皿、見つかったので持って来ました」


「ああ、わざわざすみません」


 リュリュが箱を引き取ろうと一歩歩み寄ると、フレアはびくりと体を震わせた。それから表情を硬くして後ずさる。その様子にハッとしたリュリュは、笑顔のまま手を引っこめて髪を掻いた。


「あ……ごめんなさい、つい」


「い、いえ! 私の方こそ……あの、カウンターテーブルに置かせて貰っていいでしょうか……?」


「ええ、お願いします」


 驚いた。優しくて人当たりのいい弟が誰かにおびえられるのを見たのは、これが初めてだ。

 目を見張ったソワイエに気付かず、リュリュはフレアが置いた木箱の中身をあらためている。箱には、白磁に黄色と水色の花が絵付けされた菓子皿デザートプレートがたくさん入っていた。華やかな色合いのそれを見て、リュリュが嬉しそうに目を細める。


「まさに欲しかったお皿です。これなら生洋菓子ケーキやサラダも明るく映えますし、女性のお客様にも喜んで貰えそうだな……。僕の注文をんでくれて、ありがとうございます。探すのが大変だったでしょう」


「いえ、別の用事で陶磁器の問屋さんに行ってたんですが、私も一目ぼれしちゃって……これはリュリュさんが欲しがってるお皿そのものだ! って思ったんです。配達が待ちきれなくて、その場で買って持ってきてしまいました」


 気に入って貰えたなら、良かった。そう言って笑うフレアの顔には、リュリュを嫌っているようなかげりは一片も見当たらない。


「でも怯えてたよなぁ、あの子……」


「フレアは男性恐怖症なんだ。あれでも随分ずいぶんと話せている方だろう」

 

 へぇ。だんせいきょうふしょう。ソワイエは蜜から聞いた言葉を口のなかで小さく繰り返して、意味を噛み砕く。あんなに可愛いのに好都合……じゃなかった、もったいない。


「あ、あと……差し出がましいかもしれませんが、リュリュさんにもうひとつお知らせしておきたいことがあります。この菓子皿デザートプレートとセットになった、お皿と同じ花が持ち手に描かれた食具カトラリーがあるみたいなんです。見せて貰った目録カタログに描かれていた絵がすごく可愛かったので、問屋さんに取り寄せをお願いしたんですが……リュリュさんがいらないようなら、買い取ってうちのお店で売ろうかとも考えていて。すみません、勝手に」


「これとお揃い……いいですね、欲しいです。よかったら、今から詳しいお話を聞かせて貰えませんか?」


 そういえばフレアさんはもう昼食は済ませましたか、とリュリュが尋ねる。その時、返事をするようにフレアのお腹が小さく鳴った。恥ずかしそうにお腹を押さえたフレアが、顔を真っ赤にしてふるふると首を横に振る。リュリュは思わず眉を下げて笑った。


「なら良かった。お皿を届けてくれたお礼にご馳走させて下さい。もう昼食用の材料が残り少ないので、僕と同じまかないで良ければ、ですが」


「いいんですか? ありがとうございます……!」


「いいえ、こちらこそ。そうだ、フレアさんはカルボナーラがお好きでしたよね?」


「ええ、大好きです」


「よし、今日のまかないはカルボナーラ。塩漬け豚肉(パンチェッタ)と半熟卵を乗せようかな」


 リュリュが鼻歌まじりに厨房キッチンに戻って寸胴鍋でパスタを茹でる。

 フレアは控えめな足取りで店に入り、丸テーブルの椅子にそっと腰かけた。プリンを食べ終えた牡丹が彼女のもとへ走り寄ったかと思うと、すぐに楽しそうな笑い声が立つ。その光景のあたたかさ、愛らしさにソワイエは思わず口もとをゆるめる。


「フレアの雑貨屋Soleilで、牡丹は店の手伝いをしているんだ」


 ソワイエの目線を追いかけた蜜が呟く。

 繋がりに納得がいった。リュリュが引っ越し祝いを買ったという店も確かそこだったから、フレアと弟は懇意こんいにしているのだろう。


 客がほとんど途絶えたのを見計らって、フィデルが厨房キッチンに立って皿を洗う。リュリュもダリアの一件を知っていて、フィデルにあれこれと簡単な仕事を頼んでは、その都度賃金を支払っていた。

 リュリュとフレアは少し離れた席で、出来上がったカルボナーラとサラダを食べて、さきほどの話の続きに花を咲かせている。蜜はソワイエの隣で食後の珈琲コーヒー(砂糖をたっぷりと入れているのを見てしまった)をすすっていた。

 ソワイエは薄荷檸檬ミントレモン水をあおった。これを最後に飲むと口内がすっきりとするし、吸う息が冷たく感じて心地いい。初めて飲んだ時に気に入ったのを知っているのだろう、リュリュは必ず食後にこれを出してくれる。

 それを飲み終える頃には満腹感も手伝って、うっすらとした眠気が忍び寄ってきた。このアナグマキッチンは平和で、本当に居心地がいい。


「……そういえば貼り紙をして10日ほど経ちましたが、何か情報は入ってきましたか?」


 フレアがリュリュに投げた質問に、ソワイエは微睡まどろみから目を覚ます。

 そうだ。貼り紙を作ってから、もう10日になる。

 けれど母親の情報は何もつかめていない。


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