第10話 贈り物選び
とはいえ、ソワイエへの贈り物選びはなかなかに困難を極めた。
嗅覚が鋭い彼女が、香りの強いポプリや石鹸を喜ぶとは思えなかったし、ずぼらなので保湿剤やオイルでこまめに肌の手入れをするとは思えない。宝石のたぐいを身に着ける習慣だって、あの薔薇のかたちの赤珊瑚を首から下げているのが奇跡みたいなものだし、綺麗な小物や人形を部屋に置いて愛でる姿は想像できない。
「うーん、あんまり可愛いものを使う感じじゃないんだ……ごめんね」
おすすめになかなか首を縦に振れず、こんなやりとりももう三度目だ。
牡丹が勧めてくれた布製の小物入れは小花柄で、白いレースが控えめに縫いつけられていた。可愛らしいが、ソワイエの雰囲気からは程遠い。
〈お姉さん、どんなかんじのひとですか?〉
「ええっと……一言で表すなら……雄々しい、かな……?」
「???」
首を傾げる牡丹の姿に、リュリュは思わず苦笑してしまう。外見と中身のギャップが激しい姉は、直接見て話せばどんなひとかは分かりやすいけれど、言葉で言い表すのがなんとも難しい。
「それなら、あんまり華美なものじゃなくて、実直で使いやすくて毎日の生活に溶け込むものがいいのでしょうか……あ、そうだ。牡丹ちゃん、あれはどうでしょう」
二人から離れたカウンター奥で、フレアが店の隅を指さした。その方向を目で追った牡丹はハッとした表情を見せ、てててと陳列棚に使っている飴色の食器棚へ近付く。開き戸を開けて中のものを手のひらで包み、リュリュに見えるよう差し出した。
「あ……確かにこれなら、姉さんでも毎日使うと思います……」
リュリュは牡丹から受け取ったものを、そっと爪で叩いて素材を確かめた。作りがしっかりしているようだから、多少雑に扱ったとしても問題ない。きっと長く使えるし、喜んで貰える。
これを受け取った時の姉の笑顔が思い浮かんで、リュリュは頬をほころばせた。
「うん、これにします。ありがとう、フレアさん、牡丹ちゃん」
二人ににこりと微笑むと、牡丹は嬉しそうに笑顔を返してくれたが、フレアはその場でぴょんと跳ね上がったかと思うと、ぎゅっと体をすくませながらうつむいた。男のひとと目が合うと、やっぱり萎縮してしまうらしい。
直接渡すのは難しそうなので、リュリュが牡丹にお金と品物を渡して、それをフレアが牡丹から受け取る。
フレアは繻子の布で贈り物を丁寧に磨き上げて、白い薄紙で包んだのちに緩衝材でそれをくるんだ。やわらかな風合いの白い布袋に入れて、金色のリボンをキュッと蝶々のように結んで、包装の口を閉じる。
「これはおまけです」
フレアが袋にラベンダーのドライフラワーを一輪添えて、店の名前のラベルで留める。作業をする彼女の手つきはてきぱきとしていて、その表情は鼻歌が聞こえてきそうなくらい楽しげだった。
「ありがとうございます。きっと姉さんも喜ぶと思います」
牡丹を通して手渡された贈り物を、リュリュは生成りの鞄を持っている方と同じ手で受け取る。その際カチャンと触れあった密封瓶の音に、フレアと牡丹の視線が彼のひじから下がる鞄に向けられた。
「あぁ、これは……今日これから姉のところへ行くんです。だからこれは、もうひとつの僕手作りの贈り物というか」
「まぁ、素敵。ちなみにお姉様は、どちらにお住まいなんですか?」
「四区です。と言っても僕達は、コンコルディアに越してきて、半月くらいなんですけど」
「そうだったんですね……ここから四区への道は分かりますか?」
「ええ、だいたいは。ありがとうございます」
二人を交互に見上げながら、リュリュとフレアの会話を聞いていた牡丹が、くい、とフレアのスカートのすそを引いた。
「あら、牡丹ちゃん。なんですか?」
優しい笑顔を浮かべてかがみこむフレアに、牡丹は手を添えて耳打ちする。喋れない訳じゃないんだ、とリュリュが思っていると、フレアが「まぁ……!」と嬉しそうな声を上げた。
「リュリュさん、良かったら牡丹ちゃんと一緒に四区に行って貰えませんか? 牡丹ちゃんはいつも四区とこの店を往復しているので、道案内ができますよ」
「えっ? ええっと、気持ちは嬉しいですけれど、お仕事中にそこまでして貰う訳にも……」
「牡丹ちゃんのお手伝いは、そろそろ終わりの時間なんです。それに彼女のお兄さんも、四区の方なんですよ。いつもはお兄さんが牡丹ちゃんを迎えにくるんですけれど、リュリュさんの話を聞いて、今日は自分でお兄さんのところへ行って、作ったサシェを渡してびっくりさせたいって思ったみたいで……」
〈めいわくじゃなければ、いっしょに行ってもらえませんか?〉
そんなことを書いたスケッチブックから顔を覗かせた牡丹は、こちらの返事をうかがう不安気な表情だった。もしここで一人で四区へ行くと言ったなら、その顔はさぞかしがっかりしたものに変わるだろう。頼みを断るという選択肢が、リュリュのなかでたちまち消えていく。
そもそも道は知っているとはいえ、四区へ行くのはこれが初めてなのだ。情けないけれど、四区と三区を行き来している牡丹が道案内してくれるなら、なにかと心強い。
「……じゃあ、お願いしていいかな?」
「!」
〈したく、してきます!〉
申し出を受け入れてくれたリュリュに、牡丹は目を見開く。
それから頬を紅潮させてスケッチブックに言葉を残し、ぱたぱたとカウンター奥の扉へ駆けて行った。