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先生、本当のことを教えてください

作者: 無敗の藤原

「先生、本当のことを教えてください!本当は私、犯罪者だったんでしょう?」

彼女の名が今泉しずかだと教えられてから16日経った時の話である。先生は忙しく、しずかの下へは多くても1日に2回といったところ。下手すれば一日中顔を見せないこともある。だからしずかは先生を困らせて少しでも時間を稼ごうという魂胆だ。

「あまり悪い方に考えないほうがいいよ。それに、記憶は自然に戻すのが一番いいんだ」

「だってこんなに拘束する必要がある?」

しずかの寝ているベットには拘束具がたくさんつけられて、自分ではつけることも外すこともできない。

「ただの囚人にもここまでのことはしないと思うんだけど……私、大犯罪をしたんでしょ?」

その言葉には悲しみが6割、そして自分が大物かもしれないという期待が4割だった。先生は誰にでも優しく、誰にも深入りしない人間だった。それ故にこんな言葉をかけるのだ。

「随分としゃべれるようになったんだね。すぐに記憶も回復するよ」

 こんな会話は診察とは程遠い。しずかは不満だった。去っていく先生と看護師。先生が次来るときには何と言えば気にかけてくれるだろう、と思いを巡らせる時間が始まる。しずかの中のシミュレーションでは先生がしっかりと会話してくれるのに。この部屋には他の患者もいない。この世界の時計が止まって、向き合う自分も今はまだ空虚なのだ。死にたくなるような時間が始まり、残酷にも希望を持ち続けている。


 家族が見舞いに来る。しずかは騙されないぞ、と思っていた。『私が大犯罪者なら、こんな平穏な両親がいるはずもない。心配してくれる姉も、弟も全部が私を洗脳するための罠だ』と。しずかにとって、昔の自分の通りに生きることが目標となっていた。仮に自分が犯罪者なら犯罪を犯さなければならないと。

 当たり前だが家族の写真を見せられ、その度に自分とは似ても似つかない子をしずかと呼び、自分がしずかであることにも納得していないしずかは、本当に『しずか』という人がいて、その人の代わりをさせられているように考えるようになった。

「しずかが高校に通えるようになったらね、お友達には病院のことは話したらダメよ」

 母がそう言った。しずかは本当なら高校生であること、しかし高校なんて微塵も興味がないことを強く思った。未来があるなんて思えなかった。希望は犯罪か先生との恋愛かぐらいしか思いつかなかった。


「先生、本当のこと教えてください。私達恋人だったんでしょう?」

 これには先生も怯んだ。隣にいる看護師も怯んだ。先生はこの未熟な女には興味がないが、この病院の看護師の女生とは、ほぼほぼ繋がっているのだ。

「しずかちゃんも、そういうことに多感な時期だもんね。早く良くなって学校に行けたら恋とかもできるね」

「回復って、もう私平気です!どこも悪くありません!」

「家族の人と打ち解けたり、学校行くために決まった時間に起きて決まった時間寝れるようにするのが、今の君の仕事だよ」

しずかは生きることの面倒くささを感じた。そして、その感覚は懐かしくもあった。『一生回復しなければ、ここに一生いられて何も考えずに生きてのだろうか』と考えたが、一生の感覚がつかめず、現実感が削がれた。それから一生分の病院代と先生が先に死んでしまうことなどを考えてブルーになった。


 家族が見舞いに来た。しずかが大分話せるようになったから母親も父親も姉もたくさんの質問をしてきた。『退屈じゃない?』『何か思い出した?』『病院出たらやりたいことはある?』でも弟だけは何も話さないでスマホを弄っていた。

「なにやってんの?」

 弟に質問を投げかけた。

「いや、別に……ゲームだよ」

 しずかはスマホのことを覚えていた。スマホは脳ではなく手が憶えていた。なんだか触りたくなってきた。

「ちょっと貸してよ」

 弟はためらったが、母親が『いいじゃない、貸しなさいよ』といってしぶしぶ渡した。

 確かに使い慣れた感覚である。最初は画面をスライドさせるだけだったが、インターネットに繋ぐとなんでも検索できることを思い出した。しずかは自分の名前を検索したくなって、同時に危険を予知した。大犯罪者なら調べれば出てくる。しかし家族は、それを望まない。自分が回復すればこっそり調べられるかもしれない。

 今までにない回転速度で頭が働いた。先生を困らせて時間を稼いでいた時とは違う。健常者を演じることに徹し始めた。知らない思い出に同意するようになり、ありもしない夢を語り、学校に行きたいと言う。半月ほど経って退院した。


 家族の家に馴染めない馴染めないと思いながらも過ごし、自分が大犯罪者であることにすべての希望をかけた。先生が言っていたように、これは仕事なんだと。しずかの存在はやはり異質だった。家族と打ち解ける必要があったのはしずかだけでなく家族もだった。しずかは弟のスマホを勝手に使おうと考えていたが、

隙を見せることがなかった。家族はしずかを警戒している。心理的には、まだ拘束具が付いたままなのだ。


 いつかの夜。弟がぼやくようにしずかに言ってきた。

「スマホ使いたいんでしょ?」

「うん。ゲームがしたいの」

「違うよ、姉ちゃんはもっと頭の冴える人だった」

「昔の私になれなくてごめんなさい」

 しずかにとって初めて一対一で話す機会だった。だから今まで親交を深めるために家族で会話してたことが全くの茶番だと気づいた。

「そうじゃない。あの医者も、お袋も親父も悪趣味だって言いたいんだ!」

 しずかは、なにが悪趣味なのかが全てわかった気がした。ここから先は世界を否定することで、自分の生き残りのためには話さないほうがいいことだと思った。

「姉ちゃん、手首の傷は気づいてるんでしょ?」

「そうね。錆びたカッターは?処分したの?」

「思い出させちゃいけないって、みんな捨てたよ」

「そう……大犯罪者でもなかったんだ……」

「薬で死のうとしたから脳に障害が残ったんだって」

 今泉しずかは頭のいい人だったのだろう。彼女はなぜ死のうと思ったのか。それを追及することが、懐かしく感じられた。


テーマは『すぐれた客観視が不幸を誘う』といったところでしょうか。あまり深くは入れてないです。第三者視点の小説を練習したかったのと、純文っぽい文を書きたかったので形にしました。

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