新生活
高校を卒業後、私は念願叶って工芸の専門学校に入学した。
「よし。心機一転頑張ろう」
入学式の日にそうな誓った。
五十嵐君とはもう会えないだろう。クラスも違ったし、クラス会があっても会えない。
まだ未練タラタラなんて。
私は頭を振って五十嵐君の事を思考から追い出した。
「新しく始めるんだから…」
入学式が終わり家に帰る。
高校の時とは違う道を歩きながら、何となく寂しさを感じた。
高校生。それは楽しい時間を過ごせた。恋もした。告白もした。振られたけど……。
それでも。楽しかったなぁ。友達と笑いあって、お喋りして、放課後は遊んで。
二度とは戻れないあの時間は、宝物だ。
五十嵐君に会えたし、結局は実らない恋だったけど、私の人生の中であれ程好きになった人はいないって思える様な人だった。
最初に告白した時は、上手く話す事ができなくて、何度も五十嵐君の名前を呼んだ。
二回目もやっぱり緊張して上手く話せなかった。
『興味ない』
嫌そうに言う五十嵐君を見るのは辛かったけど、好きな気持ちは消えなくて…。
「五十嵐君には悪い事したよね…」
はーっと息を吐いた。
そんな高校生活も終わってしまい、未羽ちゃん始め、皆んなそれぞれの道へ進んだ。
私も負けじと自分の夢の為に、専門学校へと進学した。
いつかは好きな人ができるかな。
何て思ってみても、やっぱり忘れられない人。
五十嵐君は大学生か。きっと彼女とか直ぐにできるんだろうな。
チクリと痛む胸は気のせい。
ぼんやり見た空は少し赤く染まりつつあって、こう言う色のガラス細工が作れたらなぁ。なんて思ったり。
とにかく頑張ろう。
専門学校の授業は思いの外大変で、高温の炉は暑くて汗が流れる。
吹き竿にガラス種と言うのを巻きつけて吹くのだけれど、中々上手くいかない…。
皆んな一生懸命やっている。遅れをとる訳にはいかない…。
真っ赤に溶けたガラス種をゆっくり息を吹き形を作りながら膨らませる。
思った以上に困難な作業だが、自分の手で形を成していく様はやはり嬉しく思うものだ。
「ありがとうございました」
授業を終わらせ帰りの支度に取り掛かる。
早く帰ってお風呂に入りたい…。
そう思っていたのに……。
「佐伯さんだよね? 私は河野早良同じクラスだよね? ねえ、もし良かったらこれからファミレス行かない? 他の人もいるんだけど」
黒目が大きい美人さんに声をかけられた。ここは友達を作るチャンスかもしれない…。
「うん。いいよ」
「本当? 良かった。ね、早良って呼んで。私も真奈実って呼んでいい? 」
「う、うん。宜しくね? 」
「こちらこそ! じゃあ早く行こ! 」
早良にぐいっと腕を取られて教室を出た。
「皆んな! 真奈実連れて来たよ! 」
「真奈実ちゃん、宜しくね? 私、小瀬弥生弥生って呼んで。
「うん。宜しくね」
教室の外には男女五人がいて、びっくりしたけど悪い人達じゃ無さそうだ。
結局ファミレスに寄って長い時間を過ごしてしまった。
男の子も他の女の子も皆んなフレンドリーで楽しく過ごせた。
なんか学校生活が楽しい物になるかも知れない。
そんな希望を抱いた。
この分だと新しい恋ができるかも知れない。アイスティーを飲みながらそんな事を考えていたら、聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「五十嵐。どうよ? 新しい生活は? 」
「別に…。普通だよ」
「吉井さんもおんなじ学科なんだろ? 」
「偶々、な…」
「付き合ってないのか? 」
「付き合ってない。勉強忙しいし…」
「勿体ないな。でもあの煩いのが居なくなってホッとしたろ? 」
「……まぁな」
この位置からは五十嵐君の顔は見えないし、あっちも気がつかないはず。
背中に流れる汗か冷たい。心臓がバクバク言ってる。
大丈夫。気付かれない。
「真奈実? なんか顔色悪いよ? 大丈夫? 」
「え? うん、大丈夫! 」
作り笑いだ。全然大丈夫じゃない。
それでも皆んなに変に思われない様にしないと。
私は精一杯の笑顔を作った。
「それにしてもさ、高校の頃は良かったよねー。今よりまあ厳しかったけど、なんだかんだ言っても良かったよ」
「弥生、こないだまで制服着てたじゃん」
「えー。なんか遠い昔に感じる……」
「まだ十代なんだよ? 若いじゃない! 」
「あっと言う間に年取るよ…」
「やだ…。まだ若い! 」
二人の会話を聞いているつもりが、何故か神経は五十嵐君達に向けられて、話半分になってしまった。
「真奈実は? 恋愛は? 」
「え? 私 ⁈ 」
いきなり話をふられ、アタフタする。
「そ、恋愛」
「う、いや…。全くなかったよ…」
なるべく小さな声で答えた。
「え! 真奈実ちゃんて彼氏居なかったの? 」
目の前の男の子が聞いてきた。
「全然、全く! 本当に居なかったし、今も居ないよ…」
ついムキになってしまった…。
五十嵐君達に聞こえてない事を祈る…。
「じゃ、オレなんかどう? 付き合わない? 」
「へ?」
そのまま固まった…。
彼は里中達也さんと言う。私達より一つ上だそうだ。
「いきなりでごめん。でもなんか可愛いなぁって…」
「いやいや、私なんて…」
私が可愛い?そんなの嘘だ。身長の割には体重あるし、顔だって可愛くない…。
「いや、可愛いよ。考えてくれるかな? 」
優しく笑う里中さん。皆んなもびっくり顔から戻って、付き合ってみなよ。とか言ってくる。
「私は…。その…」
「返事はゆっくり待つよ」
そう笑って言ってくれた。
返事なんて、どうしよう…。まだ五十嵐君の事、割り切れてない。未練がましいのは解ってる。けど、このまま誰かと付き合うなんて。
結局そのままお開きになり帰路についた。
ああ、どうしよう。なんて考えても、答えは決まってる。
何てシツコイ女なんだ、私。せっかくの恋のチャンスなのに…。
家に帰っても考える事は同じで、五十嵐君に執着する自分が嫌で仕方ないのに。
「はー。何で諦められないかなぁ」
一人の呟きは虚しさを連れて来た。