11.指導、開始
『もう…お兄様ったら心配性なんですから』
「そりゃ心配するさ…頼れる親戚なんていないんだし、お前を一人きりにするのはほんと心が締め付けられる思いだ…」
『私は一人でも大丈夫ですってば。家事もいつも通りにすればいいだけですし』
串カツ屋からセキサイ支部に帰ってきて、宗嗣がすぐ電話をかけた先は、愛する"妹"だった。
もはやシスコン認定事項だが、仕事で家を開ける時は決まって夜の10時ごろに電話をかける。
彼女の声を聞かないと夜もおちおち眠れないとまで言うのだからこれはもうシスコン確定である。
まぁ今更なので誰も口を出さないのが現状ではあるのだが。
『おっと…もうこんな時間。良い子はそろそろ眠らないと…ではお兄様。私はそろそろ眠らせていただきますね』
「もうそんな時間か…時が経つのはほんと早いな…。 じゃあおやすみ。また明日かけるな」
『はい。ではお休みなさいませ』
電話をはガチャリと切れた。
地下帝国ということもあって、季節など無関係だと思った者も多いだろうが、ご丁寧なことにニッホンではかつての春夏秋冬の四季が完全再現されている。天候管理テクノロジーと言う俗称のそれは、全世界の気候を1寸の違いもなく再現するという規格外のもの。それが世界各国に複数機存在する。軍事悪用すれば敵国の天候を急に変化させ、隙を作って侵攻するなんて手段も取れそうだが、今の世界において国家間の戦争などという考えは存在しない。敵とするものが明確な一に向かっていることを考えればある意味容易いことだろう。
そんなテクノロジーが再現している、宗嗣達のいるセキサイ地方オオ坂の季節は冬。雪があまり降らない気候ではあるものの、寒さは健在なこの季節。肌を突き刺すような冷たい風が、1日の始まりを告げる……
「……ん…」
声にならない小さい声をあげて、目を覚ました俺こと宗嗣。今日は目覚ましがわりの台所の軽快な音楽会の代わり…とも呼べない乾いていて寒い風に鬱陶しさを感じながらも、布団から体をずり落ちさせる。
「ふぁぁぁぁぁぁ……そう言えば今日からここのゼルフィー達への指導だったな…」
なんであんな要件を引き受けたのか…。まぁお仕事だから仕方ない。これも己のため"妹"のためだ。と言った感じで気を引き締め、着替えを済ませようとしたその時、枕元に置いてあった電話が鳴り出した。迷いなく電話を取る。
「もしもし」
『あ、起きていらっしゃいましたか。おはようございますお兄様』
「おはよ。ふふん、今日はちゃんと起きたぜ」
『偉い偉いです。帰ってこられましたら頭をなでなでして差し上げます』
これも仕事で家を開ける時の恒例のおはようコール。世間ではこれをシスコンまがいの行為なんて呼ぶらしいがそんなのはどうでもいい。
「昨日はぐっすり眠れたか?」
『はい。今日も元気いっぱいです』
元気そうな彼女の声を聞いて俺も活力が溢れてくる。仕事も難なくこなせそうな気がする。あくまでも気がする。
『そちらでのお仕事、頑張ってくださいね。私も自分の身の回りの仕事を頑張りますっ』
「あんまり無理すんなよ? 何かあったらすぐ戻るからいつでも遠慮なく電話するんだぞ?」
『ふふっ。お兄様ったら心配性さん。
…でも嬉しいです』
「へへっ。おっと…そろそろ支度しねぇと…それじゃまた夜にな」
『はい。お仕事頑張ってくださいね、お兄様。』
そう言い残し、電話は切れた。
「うぇ〜…二日酔いの薬効かないほど飲みすぎるなんて…うっぷ…」
「…さすがに俺も…ハメ外しすぎたな…くそっ…がなり立てる気力すら起こらん…」
「だから飲む量を抑えろと言ったのにお前達ときたら聞く耳持たずバンバン飲みやがって…おかげで今月の本部からの給料ほとんど飛んだし…」
朝から若干どんよりとした空気が流れる宗嗣達。
せっかく"妹"からエネルギーを補給したのに一気に帳消しにされた気分に陥る。
「ったく…いつものより強い二日酔いの薬渡しておくから飲んでおけ」
「うぃ〜…」
「…くっ…」
渋々といった感じで受け取る二人。飲もうとしたが水が無いためさらに苦い顔になる。
「演習場に自販機があったからそこで買ってこい。後でだがな」
今日から指導が始まるわけだが、まずは支部長に改めて顔を出す予定になっている。現に今向かっているのが支部長室なのもそのためだ。
「ねぇ宗嗣…」
「なんだよ」
「今朝も妹ちゃんのモーニングコール貰ったの…?」
「当然だ。あいつのおはようを聞かないと俺の1日は始まらないからな」
「やっぱいつも通りだね…。それにしても妹ちゃんも家開けるたびにそうして毎回やるってほんとすごいよなぁ〜…うっぷ…私なんて男出来てもそんなこと絶対しない自信あるし…うっぷ…」
「相槌のように吐き気を催すな。話すならそれ飲んでからにしろ」
「うっさいなぁ〜…喋んないと私のアイデンティティが崩れ去っちゃうでしょうが…うっぷ…」
「はぁ…」
相変わらずマイペースな薫に若干振り回されながら、さっきからずっと無口な剛摩に目線を向ける。
「……なんだ」
「いんや? やけに静かだから立って歩いたまま意識失ってんのかなって思って」
「……お前はやはり変わらんな あれだけ飲んでおいてよく平気だな…」
そう。これだけ二人に飲みすぎだのとやいのやいの言っている宗嗣も、生中5杯、梅割り3杯を飲んでいる。なのにこのいつも通りっぷり。酔って無かったのではと言われたことは数知れずだ。
「俺の酒の強さをお前らに分けてやりたいね。あ、そうしたら余計飲むからやっぱ無しな」
「……ふんっ」
飲みすぎた翌日は剛摩も大人しくなることを知っている宗嗣は口を動かさないよう心がけている。まぁ毒舌っぷりは変わらないが。そうして周囲のゼルフィー達の視線を集めながら、通路を歩いているうちに支部長室に着いた。
(コンコン)
『開いてますで〜』
了承を得て、部屋に入る3人。
「お、今朝も早うご苦労さんお三方。うちの寝床はどない感じでしたかえ?」
「寝るぶんには十分すぎるものでしたよ。野宿に比べれば月とスッポンです。」
「そーかそか。あ、昨日はうちのヒヨッコどもの相手してもろたんですな? ご迷惑おかけしましたなぁ」
昨日…あぁ串カツ屋の件か。まぁあれは歓迎の念を込めてのものだろうし、受けてて悪く無いと思ったのが本音だ。
「いえ、彼らも私たちを歓迎しようとしてくれたのでしょうしお気になさらず」
「そ、そか。ほんじゃま、今日からの指導内容について簡単に説明させていただきますわ」
そう言って書類を渡してくる無禄支部長。
これまでのトレーニングメニューと、今回の指導にあたって支部長が考えた新しいメニューの二つだ。
「…………」
一枚、また一枚と素早く読んでいき、二つを照らし合わせてまた読み進める。
「は、早い…」
支部長の口からそう溢れたのと同時に、宗嗣が向き直った。
「ど、どないですか?」
「基礎的な鍛錬については問題ないかと。ただ…」
「ただ?」
「その基礎止まりになっている点があるかと。戦況によって臨機応変な対応が求められるこの職において、応用が効かないのは問題かと」
「では…その応用を取り入れたらよろしいんやな?ほな早速…」
「単に応用を入れるだけではダメですよ。新しいことを取り入れるのなら、そのための下準備が必要です。」
「ほな…どないせぇと?」
「そのために俺たちを呼んだのでしょう?ここは俺に任せてください」
そう口にした宗嗣の顔は、紛うことない教官の顔だった。
急に頻度上がったからどうしたと思ったでしょう
なんかですね、舞い降りてきたんですよネタが
まぁまだ指導は始まりませんが←
ここに来て一気に宗嗣が教官っぽくなって来ましたね
はてさて…じぶんの少ない知識でやりきれるのか…
乞うご期待っ‼︎




