『まて』
我は二人の愛の巣を竜王国ではなく、大森林地帯に作った。
レノルドから近いし、誰にも邪魔されることなく篭れる。
やっとローリーをここに連れて来る事が出来た。
ローリーの検分をドキドキしながら洞窟の入口で待つ。
竜の習性で木の枝を使った巨大な巣も作ってしまった。
多分、昔の竜の雌が卵を産んで温めるためのものなのだと思う。
人間は卵は産まないから、本当は必要が無かったのだけど、つい嬉しくて。
人間にはじめじめした冷たい洞窟だけど、魔法を使って光の粒子を洞窟の壁に貼付け、人間に心地好い明るさと温度を保つ。
寝室には大きなベッドを置き、床にはふかふかの毛皮も敷き詰め、ローリー用にはバスルームも用意した。
ローリーはオッケーしたくせに、我を焦らしてばかりだ。
冷たい水に潜って、はやる心を鎮める。
我が情熱に身を任せてしまっては、ローリーを怖がらせてしまうかも知れない。
ローリーはまだ年若いのだ。優しく接してやらねばならぬ。
そう思っていたのに、ローリーの風呂上がりの姿を見たら、そんな考えは全部どこかに飛んでしまった。
妻を愛して何が悪いと、ローリーを押し倒したまでは良かったが、我の妻はただの女ではなかった。
前にも受けた事がある雷魔法の電撃をくらわせ(でも前は竜体だった!)悶絶させられた上に、酷い言葉まで浴びせられて、我はとても傷付いた。
我はこんなにローリーを愛し求めているのに、こんな扱いをされると、ローリーは本当に我を愛してくれているのだろうかと疑いたくなる。
新妻なのに、ローリーが冷たい! 愛が感じられない!
ぶーぶー拗ねていると、ローリーは我が全く予想もしなかった言葉を口にした。
魔法で我の魂とローリーの魂を結ぶと言う。
そうすれば、我がこの世に一人取り残される事はないとローリーは断言した。
信じられなかった。そんな事が本当に現実に可能なのか?
我はあの出来事以来、番いを得たいとは思うものの、実際に番いを得る事がずっと怖くて恐ろしかった。
ローリーを得て、魂が震えるような最上級の喜びを知ったが、その反面、不安は大きくなるばかりだった。
我の三百年来の悩みが解消された瞬間だった。
魔法をかけてもらった。
でも、特に何か変わったわけでもなく、魔法が本当にかかっているのか分からない。
「これで本当にかかってるのか?」
「そのはずだけど、んーとそうね」
ローリーは、首を傾げて何か考える素振りをした。
そして、「まて」と言った。
「まて?」
何が「まて」なのか分からずローリーを見ると、ローリーは我を見て妖艶ににっこり微笑む。
?
そして、我から後ずさり距離をとったかと思うと、いきなり何も言わず目の前で夜着の紐を解き始めた。
え? え?
そして、何だ何だと我が驚いているうちに、膝立ちした肢体から夜着をするりと脱ぎ落とした。
えー!!
裸体を両の手で隠しながら、恥ずかしげに顔を俯けている。
「ローリー・・・」
先ほどまでのやり取りなど、もうすっかり忘れて、ローリーの美しい裸体に見惚れて呟いていた。
「ローリー、綺麗だ。すごく、綺麗だ」
ローリーに早く触れたくて、抱きしめようとして、ん?
アレ? 何で? 動けないんですけど。
「アル?」
ああ、くそっ、ローリーが呼んでるのに。
腰が抜けた? な、何で? こんな時に?!
「アル? どうしたの?」
「何でもない! ちょ、ちょっと待っててくれ。そのままで! そのままでだぞ! おかしいな、何でだ? 何で動けないんだ!」
ローリーがその気になっているこの好機を逃してたまるか!
必死に足掻くが、気持ちとは裏腹に身体は我の言う事をちっとも聞いてくれない!
そんな我の様子を見ていたローリーが、あろう事か再び夜着を纏う。
「ああ、待って! そのまま待っててって言ったではないか。すぐ治すから! すぐ治すから、もう一回脱いで?」
我が半泣きでお願いすると、ローリーがクスッと笑った。
そして、我のお願いを叶えてくれて、夜着をもう一度脱ぎ捨てると両手を我に向けて広げてくれる。
望んでくれた嬉しさに胸が躍る。
ローリーを早く抱きしめたくて、もぞもぞ身じろぎ苦戦している我に、ローリーが笑って言った。
「来て」
その言葉を聞いた途端、あんなに動かなかった身体がふわりと軽くなって、次の瞬間にはローリーを抱きしめていた。
「うん、良かった。魔法はちゃんとかかったみたい」
なぬ?!
「じゃあ、さっき動けなかったのは、ローリーの仕業だったのか?」
「ふふ、ごめんなさい」
「酷いぞ。我は腰が抜けたのかと思って、ものすごく焦ったのだぞ」
せっかくの初夜を逃してしまうかもとマジ焦った。
「もう、『まて』は沢山だ」
「うん」
我らはその夜、番いの本当の意味を知ることになった。
ローリーは我らが一つになる事をとても喜んで、ずっとそうしていたがる。
いや、もちろん、我とて同化することに否はないのだが、我は、やっぱり、こうして別々に分かれて、ローリーを愛でたり可愛がったりして、愛し合う方が好きだ。
愛し合っては眠り、目覚めてはまた愛し合うという事を三日三晩繰り返し、そろそろ腹も減ってきた。
我ら竜族は、半分は人間と同じ生き物としての性質を有し、また半分は精霊や魔獣と同じ魔素によって作られている。
だから、魔素によって必ずしも食事が必要というわけではないが、ローリーには必要だ。
ローリーも我の魔力のせいで元気だが、生命維持に食事は欠かせない。
ローリーをベッドに残し、我は竜になり、氷付けにしてあった獣をローリーに食べさせる分だけ別にして残りを丸呑みにした。
そして、再び人型に戻り、ローリーのために洞窟の入口で火をおこして肉を焼く。
肉を焼いているとローリーが起きてきた。
「おはよう」
「おはよう。すごくいい匂い! おいしそう! なんかものすごくお腹が空いちゃって」
「三日も経てば腹が減るのは当然だ」
「え? うそ! あれから三日も経ってるの? 驚いた」
ローリーの為に敷いてやった敷物の上をぽんぽんと叩いて座るように促す。
ところが、ローリーはその敷物の上ではなく、あぐらをかいた我の懐にもぞもぞと入り込んだ。
そして、焼けた肉を手渡そうとすれば、ローリーは首を振ってあ~んと言って口を開く。
?
あ! 我は一口食いちぎって、ローリーに口移しで食わせてやった。
「うん、おいしい! ふふ」
ローリーはにっこり笑う。
ローリーはあの時の事を思い出して、こんな事をやらせたのだ。
あの時はディーンと二人して、我がせっかく食いちぎってやった肉を押し付け合い、最終的にディーンが肉をわざとらしく落として草むらに追いやった。
それが今では、口を開いて催促されるまでの関係に。
「アル、ありがとう」
二人で長いような短いようなこれまでの出来事を、感慨深く振り返ったのだった。
「あ、ああんっ、んー。もう、だめっ」
「我慢して」
耳に囁き、舐めて甘噛み、より高みへと導いてやる。
「んっー、んっー、ああ、ん、がまん、できないっ」
間もなくひときわ高い嬌声を上げ絶頂をむかえたローリーは、いつものように我の胸に顔を埋めている。
「もう、アルのいじわるっ」
「でも、気持ち良かっただろう?」
「だけど、恥ずかしいっ。恥ずかしいから、いやって言ってるのに」
「我はいつもそなたに翻弄されておるのだ。たまにくらい、よいではないか。我だってそなたを翻弄させたい」
恥ずかしいのにとブツブツ文句を言いながらも、『まて』を使わないのだから我の我が儘を許してくれているのは、間違いない。
我の腕の中で悦びを堪える顔は殊更愛おしく、こうやって恥ずかしがるローリーは愛らしい。
我の半身でありながら、愛しい愛しい妻であるローリー。
我はやっぱり、明日も明後日も、百年後も二百年後もそのずっと先も、こうしてローリーを愛でて可愛がって、愛したい。




