二人の長い夜1
「お父様!」
ローリーは抱き着いていた腕をパッと離し、椅子から立ち上がった。
「今日、リアが魔力を暴走させたと聞いて、心配して見に来たのだけど、その原因はもう解決したようだね」
どうやら見られていたらしい。
我とローリーに間に視線が寄せられる。
「お父様、ごめんなさい。わたしが勝手にいろいろ邪推して、それで感情のコントロールが覚束なくなって、それで」
「いや、父上殿、我が悪かったのだ。我の配慮のない行動が、誤解を招いたのだ。だから、ローリーを叱らないでやってくれ」
我も立ち上がって、口添えする。
庇い合う我らを見て舅殿は目を丸くして、二人があまりに仲良くなっているので驚きましたと言った。
そして、話は宰相様から伺っておりますからと、我とローリーに座るように促し、自分もテーブルを挟んだ正面の空いている場所に腰かけた。
「それで、さっき聞こえてきた話だけど、何が良くないって?」
「それは・・・その、」
「リア?」
「わたしが、今夜は、アルと一緒に休みたいって言ったの。明日からまた学校だから、離れ離れになるし。それにね、今は何ていうか、離れるととても不安な気持ちになるの。だから、」
「しかし、結婚前の男女が同衾するという事は、十分賢いリアには良くない事だと分かっているだろう?」
「それはそうだけど、わたしとアルは、いずれ結婚するんだし、もう何度も一緒のベッドで寝てるわ。だからそんなの、今更だもん」
「へぇ、それは初耳だな」
舅殿の視線がちらりと我に向けられ、それに気付いたローリーが怒ったように言う。
「お父様! アルの名誉のために言っておくけど、結婚していないのに、お父様が心配するような事はしないわ。アルは紳士なんだから!」
「紳士ねぇ」
・・・・・・
「お父様、お願い。今日だけでいいから! じゃないと、わたし、また魔力を暴走させてしまうわ。また皆に迷惑をかけてしまう。そんなのダメよ、そうでしょう?」
「ほう、驚いたな。優等生のリアが親を脅すようになるとはね」
「お父様!」
「わかったよ。魔力を暴走させられては敵わないからね」
舅殿はしばらくの逡巡の後、ローリーに承諾の意を伝え、我に了承の意を尋ねた。
「申し訳ございません、竜王様。ご覧の通り、娘は神経がかなり高ぶっているようで、今は冷静な判断も出来ないようです。竜王様がよいとおっしゃるなら、娘は竜王様にお任せしたいと思いますが、ご無理ならば私が引き取って、責任を持って魔力を暴走させないように取り計らいます」
「我に否はない。任せてくれてよい」
「では、竜王様にお任せします。ご迷惑とは存じますが、どうぞよろしくお願いします」
舅殿は我に頭を下げ、そしてローリーには、あまり竜王様を困らせるものではないよと言って、苦笑する。
それから皆に挨拶を済ませると、まだ仕事が残っておりますのでと、戻って行った。
「アル! 来たわ!」
夜遅く、大きい枕を胸の前で両手に抱え、もう寝るばかりの姿をしたローリーが、転移魔法を使って部屋へやって来た。
我の今夜の企ては、舅殿との遭遇によって、敢え無く潰えた。
だが、結果的には良かったかも知れん。
我の先走りの思い込みでうっかり手を出していたら、ローリーの信頼を裏切る結果になっていた。
聡いローリーであるが、男がどういうものであるか、やはりよく分かっておらぬように思う。
先日の若い雄しかり、信用している者には、我も含めて、無防備になるしな。
気を付けてやらねばならん。
考えが及ばぬのは、やはり、幼いゆえなのか。
あんなに愛らしい反応を返してくれるのに、不思議なものだ。
まあよい、ローリーは我の腕の中で、ゆっくり大人になれば良いのだ。
我の手によってな。
「よく来たな」
ローリー大人プログラムを脳内シュミレーションして、ニマニマしていたものを大人の余裕の笑みに変え、両手を広げるとローリーがばふんと枕ごと我に抱き付いた。
頭を撫で、寝室へと連れて行こうと抱き上げようとして気付いた。
ん?
「ローリー、これは・・・」
「あ、やっぱり分かった? ふふ、昼間に行ったお店でアルがじっと見てたでしょう? 気に入ったのかなーと思って内緒で買っておいたの! でもこれってね、こんなに可愛いのにドレスじゃなくて、ナイトウエアなんだって。びっくりしちゃった。ちょっと生地が薄いような気もするけど、寝るだけだから平気よね? 早速着てみたけど、生地は柔らかくて着心地はいいし、フリルは可愛いし、わたしもすごく気に入ったわ。ねぇ、どう? 可愛い? 似合う? 気に入った?」
・・・・・・
ローリーの言う通り、確かにじっと見てた。
ローリーが試着をしている時に、壁に飾ってあるのが目に入り、あれなら脱がせやすそうだなと思って。
というのも、ローリーを押し倒した時、上から攻めるか下から攻めるかで結構迷ったのは、ローリーのドレスは首元がボタンでしっかり留められていて、とても脱がせにくい構造だったのだ。
今ローリーが着ているモノは、襟ぐりがリボンですぼめられているだけで、緩めてしまえばするりと全部脱がせられる。
おまけに生地が薄くて柔らかいから、上から触れても肌の感触が伝わってくる。
余裕の笑みが思わず引き攣り、それを見たローリーが不安げな顔になった。
「ドレスは可愛いけど、もしかしてわたしには似合ってない?」
「いや、そうではない! とても似合っておるぞ。本当だ。ローリーは清楚な物も似合うが、こういうのも可愛くてよいな。我のために着てくれたんだろう? ありがとう。我はとても嬉しい」
我の言葉にローリーは、アルが喜んでくれたのなら、嬉しい、良かったと、はにかんだ。
ああ、我の番いは、なんと健気でいじらしい。
こんな可愛いところを見せられると・・・余計に、ものすごく、そそられる!
いかんいかん。
我慢だ我慢。
気を取り直して、ローリーに声を掛けた。
「もう寝よう。明日は早く出ねばなるまい?」
「あ、うん。・・・そうだね」
ローリーは、明日と聞いて寂しくなったのか、しゅんとしてしまった。
ああ、もう、そんな顔をしたら、抱きしめて頬ずりして口づけて、慰めてやりたくなるではないか!
撫でくり回して、舐め回して、寂しさなど感じるひまもないほど愛して愛して・・・
・・・・・・
我にとっては、長い夜になりそうである。