二人の関係2
週末の朝、いつもと同じようにローリーは我を部屋に迎えに来て、二人手を繋ぎ仲良く共に食堂へ向かう。
ローリーは我が干からびたじじいで無くなった途端、我に自分で食べるよう言い渡した。
だから、我はたまに(頻繁にするとばれる)疲れたじじいのフリをして、あ~んをせしめている。
そろそろインターバル的には、今日はやってもいい頃合いだな。
ローリーと並んでテーブルにつくと、我は眉間にしわを寄せ苦悩の表情を作り、肩を落とし、実は食欲があまりないのだが、ローリーが食べさせてくれるなら食べられるかもとかなんとかぽつりと呟いて、得意のじじいっぷりを披露してみせた。
アレ? 反応がない。
というか、ローリーはろくに我を見ておらず、入口の方に視線を向けソワソワしていた。
なんだろう?
そして、食堂に入って来るフェリシアを見付けるとさっと席を立ち、一目散に駆けて行く。
どうやらフェリシアに用があったみたいだ。
何を話しているのか、フェリシアと顔を輝かせ嬉しげに話している。
普段は聡明さが際立ち大人っぽく、凛とした清涼な空気を纏うローリーだが、こういう年相応の子供っぽい表情もかわゆいものだなと思う。
「あのね、今日なんだけど、」
ローリーが戻って来て、はにかみながらおずおずと話し始めたその時、食堂に三人の男女、つまりエル、フラン、そして我の待ち人であるクリスティーネが入って来た。
「やっと来たか!」
我は、クリスティーネを見た驚きで、ローリーとの会話の途中だった事をすっかり忘れてしまう。
ずっと待ちわびていたクリスティーネの来訪は、我をすっかり有頂天にしてしまった。
「待ちわびたぞ、クリスティーネ!」
我は喜び勇んでクリスを迎え入れるために席を立った。
抱擁を交わした後、クリスは幼馴染で身内のような者だとローリーには紹介した。
クリスは白竜で、黒竜に次ぐ魔力の持ち主で、年齢は我と同じアラウンド600である。
正確な年齢は知らん。気付いた時には側に居たから同じくらいだろうと思う。
人型は腰まである白銀の髪に金色の瞳の妙齢の美女であるが、毎度のことながら恰好を全く気にしないため、今日も酷い有り様である。
「そんな恰好でよく入れたな」
汚れた長い暗褐色のローブもさることながら、その下から顕れたのは着古した黒い色の簡素なドレスだった。
「悪口を言うためだけに呼んだのなら、私は帰るわよ。緊急だというから、急いでわざわざ来てあげたというのに。まさか、そこにいる番いを私に、わざわざ見せびらかすために呼んだとか、言わないわよね?」
もともとクリスは愛想が悪いが、今日は特に機嫌が悪いようだ。
「いや、そうじゃないが、ここでは話せないな。部屋へ行こう」
眉を吊り上げ喧嘩ごしに迫るクリスに、奇跡を早く伝えてやりたくて、我は用意してくれた食事を断り二人で自室に転移したのだった。
話す内容が内容だけに、我は慎重を期してクリスを寝室へと誘った。
ベッドに二人で腰かけ、クリスの両肩に手を添える。
目を合わせて、我ら二人が長い間待ちわびた喜びの知らせを伝えた。
「とうとう兄上が生まれ変られた!」
呆然とするクリスに順を追って話していく。
「本当に? 本当なのね? ああ」
クリスが我に縋りつき、さめざめと泣き始めた。
我はクリスを抱きとめ、しばらくの間、二人で抱き合い喜びをかみしめながら泣いた。
長かった。本当に長かったのだ。
兄上には今晩会いに行くという話になって、クリスがドレスがないと焦り始めた。
クリスの黒いドレスは兄上の死を悼む喪服だからな。
兄上も美しいクリスに会いたいだろうし、それにどうせ今後クリスが兄上の側に居るのにドレスは必要だ。
フェリシアにドレスを見繕ってもらおうと、クリスと共にローリーの部屋を訪ねた。
部屋には確かに皆が揃っていたが、ばたばたと慌ただしい。
「どこか出掛けるのか?」
ローリーとフェリシアはおめかしをして、どうやら今から出掛けるつもりらしい。
「フェリシア母さまとドレスの下見に行ってくるね。アルは、今日、きっと忙しいでしょう? だから、」
「ドレス? それはちょうどいい! 我もクリスにドレスを買ってやらねばならんと思っておったところでな。フェリシアに適当に見繕ってもらおうと考えておったのだ」
「え?」
「我とクリスも一緒に行く。エル、金の用意をしてくれ」
「あの、竜王様、申し訳ありませんが、リアと今日行くお店はいつも行ってるところではなくて、高級ブティックなんです。リアの成人を祝う十五歳のお誕生会に着る特別なドレスを見に行くのです! ですから、」
フェリシアが我を責めるような口調で、特別という言葉を強調して言った。
「特別なドレス・・・ああ、そうか。それならば、余計にちょうどよい」
なんと言っても550年ぶりの待ちに待った奇跡の再会だからな。
豪華なドレス!! 大いに結構ではないか!
「竜王様!」
フェリシアが何か含みを持った鋭い視線を向けて来るが、我には何が言いたいのかさっぱり分からなかった。
「何だ? 金の事なら心配せずともよいぞ? 私財から出すゆえな。もちろんローリーの分も我が買う」
クリスの分ばかり買って、ローリーが拗ねるといけない。
つけ加えるように言った。
「戻ったら、風呂に入って、髪も結ってもらうとよい。化粧も薄くならしてもらってもよいな」
隣にいるクリスに向き直ると、髪を梳き、掬いあげ、兄上の好みはどんなふうだったかなと思案した。
クリスの顎を持ちあげ、顔色を見ながら、唇と頬には少し紅を差した方が美しいだろうかと考える。
兄上とクリスの再会の場面を思い描くと、嬉しくて自然と顔が緩んでしまう。
この不用意な行動が、後に酷い誤解を生むきっかけになろうとは、有頂天に浮かれていたこの時の我には思いもよらない事であった。




