仲直り1
競技大会の間中、心配で堪らなかったのは事実だ。
だが、我は鮮やかに魔法を操るローリーの姿に、見惚れずにはいられなかった。
ローリーは誰よりも強く、輝いて、そして美しかった。
観客全てがローリーの魔法に魅了されていたと言っても良いだろう。
ローリーが何故この大会に我を招待したのかを理解する。
崇高で純粋なる魔法の技の饗宴は、我に、魔法使いの気概と誇りを十分に感じさせるものであった。
「ここは?」
表彰式が終わって、真っ先に我の元に駆けて来たローリーと共に、騒々しい競技会場から、このところよく足を運んでいたお気に入りの場所へと転移した。
「ここからだと学校が良く見えるだろう?」
小高い丘の上からは、ハイネケン魔法学校を含む街全体が見下ろせた。
「ここから学校を眺めておった」
白状して眼下を眺めているとローリーが突然はらはら涙をこぼし、我に抱き付いてくる。
「何だ? 急にどうした? 傷が痛むのか?」
驚いて問えば、横に首を振る。
「ならば、何故泣く? 何が悲しいのだ?」
ローリーはふるふる首を振るばかりで答えない。
我は、どうしたら良いのかさっぱり分からなくて、ただそうっと抱きしめて、頭を撫でてやるしか出来なかった。
「ごめ、んなさい。悲しいわけじゃないの。わたし、嬉しいの。とても。アル、ありがとう。ありがとう、アル」
ローリーは夕日にキラキラ輝く涙をぽろぽろ流しながら、我を見つめ嬉しそうに微笑んで言った。
「・・・そうか、嬉しくて泣いているのか」
辛くて泣いているのではないと知って、安堵したものの、気持ちは落ち込んだ。
ローリーは、我との勝負に勝ち、干渉されずにすむと喜んでおるのだ。
この想いはいつになったら、届くのだろうかと途方に暮れる。
番いの繋がりを信じておらぬわけではないが、こうも切ない思いをさせられると少々自信がなくなるな。
「アル、あのね、」
しばらくそうしていると、ローリーが急にもじもじし始めた。
どうしたのだと顔を覗き込むと、俯くその顔は真っ赤に染まっている。
「あの、わたし、自分の魔力をほとんど使い切っちゃったでしょう? それで、その、出来ればアルの魔力を少し分けて貰えると嬉しいのだけど・・・」
空耳か? ローリーが今、我に魔力をねだったように聞こえたのだが?
「ローリー、今、何と言ったのだ? よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
「・・・・・・」
ローリーは顔を真っ赤にしたまま、黙り込んだ。
・・・・・・
我も黙ったので、沈黙が続く。
「もう! だから、アルの魔力が欲しいって言ったの!」
やっぱり、ローリーが我に魔力をねだっている?!
ほ、本当に?
「くれるの? くれないの? どっちなの!?」
驚きのあまり躊躇していたら、ローリーが怒り出した。
「あ、ああ、それはもちろん、」
是と言おうとして、我は、はっと気付いた。
こ、コレは、また例のヤツではあるまいか!?
甘い言葉や仕草で我を有頂天にさせておいて、どん底に突き落とす例のヤツだ。
忘れもしないローリーが我に賭けを持ち掛けてきた日、我の膝に擦り寄り甘えるローリーの姿は、黄金に輝く猫の女王様のように美しく愛らしかった。
ツンとつれないローリーに、擦り寄って甘えられ、もうその可愛い仕草に魂を持っていかれた我は、うっかり言われるがまま返事をしてしまったのだ。
ようやく心を許してくれたのかと喜んだのも束の間、我から望みの言葉を引き出したローリーは冷たい言葉を浴びせ、そして逃げ去った。
どんなトラップが張り巡らされておるのか、まじまじとローリーを見詰め頭を巡らせる。
「アル?」
「あ、いや、何でもない」
駄目だ、分からん。
だが、よく考えてみれば、ローリーの思惑があろうとなかろうと、我が魔力を注ぐことに否はないのだった。
それに、本当に、言葉通りの、単に魔力を大量に失った故とのことかも知れぬしな。
覚悟を決め、恐る恐る顎に手を伸ばし上を向かせると、そっとその愛しい口を覆った。
期待はすまいと心に決めておったにもかかわらず、ローリーがいつにない積極的な態度を見せるものだから、我の心は掻き乱され、胸は勝手に高鳴ってしまう。
もう、トラップであろうと、何であろうと、どうでも良い。
我はローリーの柔らかな温もりと口づけに夢中になった。
ふとローリーの力が抜けているのに気付いた。
しまった。やり過ぎたようである。
疲れた体に我の魔力を大量に注がれて、気を失ってしまったのだ。
まあ、良い。
このまま深い眠りに入れば、目覚めた時には体も癒えて元気になっていることだろう。
我はローリーを抱き上げた。
ふむ。
早く自室のベッドで休ませてやるべきだと頭では分かってはおるのだ。
だが、どうにもこの場を後にするのが惜しくて堪らない。
離宮へ帰れば、またフェリシアがうるさいだろうし、何よりローリーが元に戻ってしまうのが怖い。
ローリーの甘い唇は、ほんのつい先ほどまで我を求めてくれていた気がするのだ。
また我の勘違いかも知れぬが、もう少し、この甘い余韻に浸っておっても罰は当たるまい。
ローリーを横に抱き上げたまま、座るのに良さそうな場所を見つけ、腰を落ち着けた。
擦り傷だらけの寝顔を眺める。
我はローリーが無事に自分の腕の中に戻って来たことを純粋に喜んだ。
愛おしい、愛おしい小さな我の番い。
その頬に己の頬を、起こさぬように、そっとくっつけ頬ずりした。
我慢出来なくなって、再び唇を吸うと、その小さな口が吸い返してくる。
驚いて口を離せば、手が伸びて我の首に巻き付いた。
「アル、もっと・・・もっと・・・ほしい」
え? え?
「ローリー?」
「アル・・・もっと・・・ちょうだい?」
どぎまぎしている我の耳に、舌っ足らずで甘えるような小悪魔の如き囁きが吹き込まれる。
ほ、ほんとうに? 我を欲しいと?
口づけをねだられたのかと心を躍らせ、あまりの愛おしさに我の理性も焼き切れんばかりとなった。
「ああ、ローリー、我の愛しい番いよ」
「ま・・・りょく・・・」
ローリーからはスースーと気持ちの良さそうな寝息が聞こえる。
どうやら寝言だったらしい。
・・・・・・
我はすぐさま、二度と寝言で我を惑わすことが出来ぬよう、ローリーに深い眠りへと導く魔法を施した。
悲しい。
虚しい。
いや、考えてみれば、魔力をねだられただけでも、嬉しい事なのだ!
ちょっと前までは、それすら拒否されていたのだぞ!
だから、そんなに意気消沈するでない、ワレよ。
本当にこの番いは、どこまでも我を翻弄する。
こんなに幼いというのに、意識があろうが、無意識だろうが、お構いなしだ。
笑いが込み上げる。
美しい猫の女王様のようにつれなくて、手綱をとろうとすれば暴れるじゃじゃ馬で、そして気高い鳳凰のようでもある。
我より聡く、強情で、誰よりも強く、誇り高い、またそれゆえ美しくもある、我の愛しい番い。
ローリーが寝ている隙に、手や顔の擦り傷をじっくり舐めて治してやることにした。




