魔法競技大会
※ローリー視点
ハイネケン魔法学校内で行う競技大会は年に2度、冬と夏に行われる恒例行事である。
競技大会の目的は、学んできた魔法技術を披露する場の提供、および対戦を通じて級友と切磋琢磨させる事である。
能力と実践を重んじるハイネケン魔法学校らしい行事といえる。
競技会は午前の予選の部と午後の本選の部に分かれており、その試合の勝ち負けは単純明快、制限時間10分以内に相手の胸のポケットに挿した黄色いハンカチーフを奪い取れば勝ちというもの。
どんな魔法を使っても良いが、殺傷能力の高いいくつかの魔法は禁止されており、また、腕には魔力の出力制限のためのリミッターを装着しての試合となる。
そして制限時間内で勝負がつかなかった場合は、判定により決まる。
判定方法は、二人の審査員によって、魔法の発動までの早さや魔法の正確さ・鋭さ・用いた魔法の種類などを加味した魔法技術面の点数と戦略・戦術など実践技術面の点数が付けられ、その合計点数によって判定される。
今回エントリーしたのは、やる気満々向上心の高い新入生40名と魔法に自信のある上級生20名。
自信のない上級生は、早々に新入生に負けるのを見越して、怪我を装う者や端から競技会を野蛮な行為と吹聴する者など、自身の無様な様を晒さないよう立ち回っている。
まずは午前中に行われる予選で勝たねばならない。
わたしは気合を入れ直した。
まあ、予選は楽勝だろうけど、決勝戦まで戦う事を考えると、魔力の消費は出来るだけ少ない方がいい。
途中でディーンやジョシュに当たれば、それなりに苦戦を強いられる事になるだろうし。
ディーンは学校に通い始めの頃こそ苦戦したものの、順調に魔法が使えるようになり、その豊富な魔力でぐんぐん実力を伸ばしていた。
競技場はまだ予選だというのに結構な人数の人達が観戦している。
今年は王宮関係者が新入生の下見に大勢来ているらしい。
だから、王宮配属の魔法使いの職を狙っているクラスメイト達はとても張り切っている。
わたしは競技場の観戦席をぐるりと見回し、アルが来ているのを確かめた。
出入口近くの目立たない場所に他のみんなと一緒に陣取っていたけれど、竜族御一行様は揃って長身で美形なので、すごく目立ってる。
予選は競技場を二つに仕切って、二試合同時に出来るようになっていた。
対戦相手はくじで決められ、一人目は虫這い結界によってギャーギャー喚いている間に、二人目は、前の試合を見られていて近寄って来そうになかったので、転移魔法で移動し黄色いハンカチーフを抜き取った。
ディーンとジョシュも予選を勝ち進み、本選ではどこかで当たるだろう。
ティムも予選では圧倒的な強さを見せつけている。
今年は実力のある生徒ばかりなので、どの試合も見応えは十分、観客席は大いに沸いている。
わたし自身も、この競技会での勝敗が運命を左右するというのに、楽しくて仕方がない。
わたしだけでなく、ティムもディーンも他のクラスメイト達も、どんな魔法が飛び出すのか、わくわく目を輝かせてこの競技会を楽しんでいた。
本選はトーナメント方式で、優勝候補のわたしとティムは、途中で当たらないよう組まれていた。
張り出されたトーナメント表をじっくり見ると同じブロックにジョシュがいる。
ふーん、お母様の意図を感じるわね。
ハイネケン家の姉弟対決は大いに盛り上がるに違いない。
そして、ディーンはティムと同じブロックだ。
わたしとしては、ディーンには是非頑張ってもらって、ティムが手強い相手にどういった戦法をとるのか、よーく見せてもらいたいところである。
もう! もうちょっと頑張りなさいよ!
ティムの魔法をもっと研究したかったところなのに、ディーンは全然、善戦してくれなかった!
ディーンの放った魔法は、アルが言っていたように何故か無効化されて、戸惑っている間にハンカチーフを奪われてしまった。
わたしとジョシュの戦いは、転移魔法の応酬となったが、最終的には持続力のあったわたしに軍配が上がった。
会場は高度な転移魔法のやりとりの展開に大歓声の盛り上がりを見せ、ハイネケン伯爵家の者としては義務を果たしたと言えるだろうが、やはり魔力を大量に消耗させられてしまった。
優勝戦はやはり予定通り、ティムとわたしの対戦となった。
わたしはこの試合に臨むにあたり、ティムの魔法に関してある仮説を立てた。
そしてそれを確かめるべく、一つ一つ試して行く。
やはり、火、水、氷、風、全ての魔法が無効化された。
そして、転移すれば逃げられ、結界を敷けば無効化され、わたしは今成すすべもなく、ティムの風魔法に翻弄されている。
地面をいいように転がされ、つむじ風に巻き上げられたかと思えば、落とされた。
ディーンの時のように、すぐにハンカチーフを奪いに来ることなく、わたしをいたぶるような真似をするのは、おそらくアルが出て来るのを期待してのことだろう。
「助けに来るかと思ったけど、来ないね。残念だけど、そろそろ制限時間だから、勝負をつけさせてもらうよ」
ティムは蹲って動かないわたしにゆっくり近付いて来る。
もう少し、もう少し、わたしはその時をじっと待った。
ティムがわたしのハンカチーフに手をかけようとしたその時、わたしはある場所に転移した。
わたしの仮説が正しければ、ティムにわたしの居場所が感付かれる事はないはず。
ティムが居なくなったわたしをきょろきょろ探す中、わたしはそこから手だけをにゅうっと伸ばして、ティムのハンカチーフを抜き取った。
「あ!」
ティムが声を発したのと同時にわたしは姿を現し、ハンカチーフを掲げて勝利を宣言したのだった。
「なんで? どうして?」
ティムはどうして奪われたのかが理解出来なくて、呆然としていた。
「ティム、約束は守ってもらうわよ?」
「そんなことより、どうやったのか教えろ!」
「そんなの、教えるわけないじゃない。でも、まあ、約束のお願いを聞いてくれたら、教えてあげてもいいけど?」
「何だよ! 早く言えよ!」
「わたしのお願いはね、わたしが親分になって、あなたを子分にするって事なの」
「は!? 何だよ、それ」
「つべこべ言わないで。今からあなたはわたしの子分よ! 子分はね、親分の言う事を聞かなきゃいけないの。ティム君、分かった?」
ティムは地団太を踏んで、その場からプイッと消えてしまった。
わたしは、この後表彰式があるっていうのにどうするつもりなのかしら?と心配したが、それは杞憂に終わった。
なぜなら、表彰式の2位のところには別の生徒が居たからだ。
そして、皆それをおかしいと感じてもいない。
初めから居なかったかのように、ティムの存在そのものが掻き消えていたのだった。




