二つの勝負
※ローリー視点
「これ」
アルの目の前の机の上に、そっと校内魔法競技大会の招待状を差し出した。
わたしはあの喧嘩をした日以来、訪れることのなかったアルの執務室に久方ぶりにやって来た。
朝食時に話があると言っておいたから、人払いをしてくれたのかも知れない。
アルは一人で待っていた。
執務机の上には、先ほどまで目を通していたのだろう筒状の書簡が、いくつか脇に退けられている。
竜王国の公表に向けてアルの政務も忙しさを増しているようで、最近では竜族の人達がいつも数人一緒にいることが多い。
わたしが学校に行っている間には竜王国にも帰っているらしい。
わたしは、机の前で一度深呼吸をして気合を入れ、一息に言い切った。
「アルには反対されていたけど、参加することにしたわ。それで提案なんだけど、わたしが競技大会で優勝したら、魔法使いである事を認めて、今後はわたしの学校生活にいちいち口出ししないで貰いたいの」
競技大会への参加はおそらくディーンから聞いていたのだろう、アルはさほど驚きもせず、招待状は一瞥したものの、わたしに向けた顔は渋く、口を引き結んで黙り込んでしまった。
わたし自身、生意気な事を言ってる自覚はある。
きっと思い通りにならないわたしに腹を立て、いつだって竜王国に連れ去る事が出来るのだぞと罵りたいのを我慢しているのだと思う。
エリックさんの話で、アルが過保護である理由は理解出来たから、わたしはもうアルに対して怒っているわけではない。
怒ってはいないけど、だからといって、過保護ゆえの過干渉を受け入れるつもりもない。
それはそれ、これはこれである。
それはアルの事情であって、わたしの事情じゃない。
魔法使いであることは、わたしの矜持。
わたしがわたしであるために、わたしは自分の矜持を守る。
どんな手を使っても。
「これにはあの子供も出るのか?」
アルがようやく口を開いた。
「ええ、出るわよ」
「ローリー、そなたは分かっておらぬ! あれは危険なのだ! 今は大人しくしておるようだが、一度はそなたに向けて魔法を放っておるのだぞ? それにあれは、・・・あれはおそらく人間ではないのだ」
「知ってる」
わたしがさらりと答えると、アルは目を剥いて、視線で分かっているなら何故と問い掛けてくる。
「だからこそよ。アルの魔法だって通用しなかった相手に勝ったのなら、アルだってわたしを認めないわけにはいかないでしょう?」
アルは逡巡した後ポツリと言った。
「認めると言ったら? やめるか?」
アルはどうしてもやめさせたいようだ。
「ううん、やめない。自分の力を試したいもの。アル、ただでとは言わないわ。もし、負けたら、今後はアルの言う通りにする。学校を辞めて結婚しろというなら、してもいいわ。どう? これなら、悪い話じゃないでしょう?」
わたしがここまで言っているのに、アルはなかなか首を縦に振ろうとしない。
仕方がない。
出来れば使いたくは無かったが、奥の手を使おう。
わたしは素早く机を回り込み、椅子に座ったアルの膝に縋り付くと、上目遣いでお願いした。
「お願い、アル。このままでは、いつまでたっても平行線のままよ? 仲たがいしたままで、アルは平気なの?」
「え? ろ、ローリー?」
アルは、酷く驚いて動揺していたが、わたしは構わずアルの膝に頭を乗せ、頬を膝にスリスリして甘えてみる。
「お願い。分かったって言って? お願い」
「あー、いや、だが、・・・そうだな。そなたのお願いなら、あー、分かった。これでよいか?」
アルは膝に乗ったわたしの頭を撫でたり、頬を指でくすぐるのに夢中で、おそらく回ってはいないだろう頭で了承した。
言質はとった、これでよしっと。
「ありがとう。アル!」
アルがわたしを抱き起こし、抱きしめてキスしようとして来たので、早々にアルの腕の中から部屋の扉の前へと転移魔法で抜け出した。
「アレ? え?」
アルは何が起こったのか理解出来ずに、キョロキョロわたしを探していた。
わたし、グローリア=ハイネケンは魔法使いとしての矜持は誰よりも高いが、他の事なら名より実を取る人間である。
「あ、そうだ、アル! 言っておくけど、対戦中、わたしがどんなことになろうと助けに入ったりしないでね。もし助けに入ったら、わたしの不戦勝よ。まあ、虫の息になったら、助けに来てもいいわ」
「!!」
「冗談よ。学校の行事だもの、危なくないように魔力に制限がかけられるの。それから、大会まで集中して練習するつもりだから、今度の週末は帰らないわ。それじゃあ、約束は守ってね!」
「ろ、ローリー・・・」
アルとの賭けはこれでよしっと。
わたしは用の済んだアルの部屋をさっさと後にした。
さあ、もう一つの方も首尾良く事を運ばなきゃ。
「ねえ、リアの座敷わらし、来ないよ?」
よしよし、ティムがやって来た。
このティムであるが、初めの頃の殊勝な態度はどこへやら、最近は被っていた猫の皮はすっかり剥がし、
調子に乗って悪戯もやりたい放題である。
災いを撒き散らされてはと下手に出ていれば、どんどん横柄な態度を取るようになり、まさに図に乗ってる状態。
「ほんとにちゃんと言ってくれた!?」
いい加減、堪忍袋の緒が切れた。
このお子ちゃま座敷わらしのご機嫌を伺いながら、貴重な学校生活を送るのなんてうんざり。
「ええ、もちろん言ったのだけどね、最近忙しいらしいの。でも、今度の競技大会には招待したから」
「ふーん」
わたしは周囲に目がない事を確認すると、ティムの前にすり寄って、両手を前に組んでお願いポーズをとった。
「ねえ、ティム、いいえティム様! あなた、実は本物の座敷わらし様なんでしょう? 偽物には比べられないくらい強くて賢い、そんなあなた様にお願いがあるの」
ティムは一瞬驚いた顔を見せたけど、わたしのセリフに気を良くしたみたい。
「ふーん、やっぱりリアは気付いていたんだね。で、お願いって何? 俺様の超絶スゴイ魔法を教えて欲しいとかか?」
偉そうに言ったティムの顔は得意げだ。
「とんでもない。あなた様の魔法なんて恐れ多いわ。そうではなく、今度の競技会であなた様に大敗すると思うと対戦に挑むのが怖いの。だから、もし万が一優勝戦でわたしがあなた様に勝てたら、一つお願いを叶えてもらえないかしら? そんなご褒美があったら頑張って競技会に出られると思うの。でないと怖くて棄権しちゃうかも・・・」
「いや、待て。棄権は駄目だ。つまらないじゃないか。リアは俺様には遠く及ばないものの、なかなか優秀だし、十分俺様の相手になると思うぞ。ここ数年、俺様を楽しませてくれるような者は居なかったから、やっと遊べると思って、僕、楽しみにしているのに・・・」
あらあら、俺様が僕になっちゃった。
しょんぼりするところなんかは可愛いんだけどねー。
「じゃあ、お願いを叶えてくれる?」
「うん分かった。いいよ。で、何? そのお願いっていうのは」
「恥ずかしいから、もし万が一、勝ったら言うわね。ありがとうございます、ティム様!」
何度でも言おう、わたしは名より実をとる人間である。




