はじめての喧嘩1
我は執務が無い時は、子供の姿で学校に来て、こっそりローリーを眺めて過ごしている。
番いと共に居られないのは、我ら竜族にとっては耐えがたい事なのに、人間のローリーは全く理解してくれない。
ローリーは我が付いて行くと、保護者に付き添われているように見えて恥ずかしいと言って、学校にはくれぐれも付いて来ないようにと、きつく言い渡されている。
送り迎えはもちろん、友達に見られるような場所では一緒に歩いてもくれぬ。
我は保護者ではない、番いだと主張しても、ため息をつくだけで、頑として聞き入れてくれようとはしなかった。
だから、我が学校に来ている事だけはローリーに絶対にバレてはならぬのだ。
間違いなく怒られる。
ローリー学校に行きたいと聞いたばかりの頃は、我からローリーを取り上げる学校や友達というものが酷く憎らしいものであったが、今はそうでもない。
学校でのローリーはそれは生き生きとして、まばゆいばかりに輝いている。
机に向かって口を引き結び、勉学に取り組む真剣な顔、友達と茶目っ気たっぷりにおしゃべりしたり、はしゃいだり、我には見せぬローリーの別の姿が学校にはあった。
我はそんなローリーを見るのが好きだ。
ローリーが学校で充実した毎日を過ごし、楽しそうにしているところを見ると、無理矢理竜王国に連れて行かなくて良かったとさえ思える。
ローリーは美しく愛らしいから、若い雄に見初められて誘惑されたりせぬかと散々心配したが、ディーンが何かしたのか、ローリーに近付く者はあまりおらん。
たまに近付く不届き者には、我がちょっとばかり報復してやるとすぐに離れて、二度と近寄らなくなる。
こうして、我も有意義に学校生活を送っていたのだが、このところ雲行きが怪しい。
我がローリーをうっとり愛でていると邪魔をする奴が居るのだ。
ローリーにばれないように分厚い結界を張って、細心の注意を払っているにもかかわらず、我を見つけては、座敷わらしと呼んで騒ぎ立てる。
おまけに、こ奴には我の報復が何故か成功しない。
つむじ風は霧散してしまうし、階段から突き落とそうとしても避けられて、ちっとも上手くいかないばかりか、接近すれば我を捕らえようとさえする。
奴が我のローリーに触れた時には、はらわたが煮え繰り返る思いで、触れた右手を切り落としてやるつもりだったが、それも失敗した。
気に入らぬが、近寄らないが賢明であると本能が告げて来るゆえ、仕方なく放置している。
見てくれが小さい子供だからか、クラスの人間達同様ローリーもこ奴を可愛がっておるしな。
番いが大事にしているモノは、番いのために、我も大事にするのだ。
いつものように、ローリーにうっとり見惚れて過ごしていた。
グローリアの名前の如く、ローリーの周りだけ黄金色に光り輝いて見える。
エメラルドグリーンの瞳は好奇心にキラキラと煌めき美しく、艶やかな唇を見ればつい引き寄せられて、うっかり吸い付いてしまいそうだ。
ローリーは魔法の実技演習のために、屋外に出て来た。
今日は風魔法を使っての浮遊と風刃で木の葉を切る練習をするようだ。
この学校でローリーよりも上手く魔法を使う生徒は居ない。
今でも、浮遊すら出来ずに教師の手を煩わせている者達ばかりの中、ローリーは空高く難無く浮かび手に持っていた木の葉数枚をふわりと舞い上がらせると、次々に風の刃でピシッ、ピシッと真っ二つにしていく。
一人の生徒が浮遊魔法を駆使して不自然にローリーに近い空中に陣取った。
この者は少々魔法の心得があるようだ。
ローリーはちゃんと気付いていて、警戒しておるし、このような者に遅れをとるようなローリーではない事を我は十分知っている。
それでも、もしかしてとやはり緊張してしまう。
この者に限らず、今までにも何度もこのように、魔法の演習に紛れて攻撃を仕掛けてられている。
その度に、もちろんローリーが傷つけられる事はなく、皆返り討ちに遭っているのだが、それでも我は心配せずにはおれぬのだ。
案の定、先ほどの者はローリーに空中でぐるぐる回されて遊ばれている。
その者の魔力が尽きてしまったのか、きりもみ状態で真っ逆さまに落ちていくのを、ローリーが助けようと意識をその者に向けていたその時、ローリーの背後にいつの間にか来ていたあの子供が、ローリーに向けて魔法を放った。
「リア、ごめん! 避けて! 危ない!」
子供の叫び声に、ローリーは気付いたが間に合わない。
我は咄嗟にローリーの前に転移し、結界を張る間もなく手の平に受けて防いだ。
「座敷、わらし?」
我は腹の奥から沸き上がる憎悪のままに、魔法を放ち奴を吹き飛ばした。
ローリーに危害を加えようとする者を我は許さぬ。
「え?」
ローリーの声に、我は姿を現してしまった事に気付き、その瞬間転移魔法で姿を消した。