邪魔者がいっぱい3
宰相との話し合いの結果、我も国に帰る事に決まった。
ディーンを伴い、宰相を連れてローリーに暇乞いをするため離宮の部屋に向かう。
部屋に入ると、ローリーはもちろんだが、エリックとフェリシア、それからジョシュアが居た。
皆でローリーを囲んで何やら楽しそうに話している。
ジョシュアを見て我は顔をしかめた。
そうなのだ!
コイツもフェリシアと同じで、最近、我への態度をコロリと百八十度変えたのだ。
以前は尊敬と恩人に対する感謝の念がこもった瞳で我を見上げていたのに、今では遠目で冷やかに我を見据えている。
そして、求婚を申し込んだ日以来、フェリシアと同じように、とにかくローリーの部屋に入り浸って、我とローリーの甘い二人きりの時間を邪魔するのだ。
幼いジョシュアにとって、ローリーは唯一の自分を守ってくれた庇護者であり、愛を与えてくれる存在だったわけだから、花嫁にと竜王国へ連れ去ろうとしている我は、慕っている姉を奪って行く悪者なのだろう。
ローリーは我を見ると、その囲みから抜け出し、すぐに我のところに来てくれた。
我は宰相を紹介した後、この部屋に来た理由をかいつまんで説明し、ローリーの手をとって、側に居てやれない事を心を込めて謝った。
「ローリー、すまないが一週間ほど国に帰ることになった。そなたと離れるのは身を裂かれるように辛いがいたしかたない。問題が解決したら、すぐに戻るゆえ、我を忘れないでくれ」
「アルったらもう馬鹿な事を言わないで。たった一週間で恩人を忘れたりなんてするわけないじゃない」
ローリーはくすくす笑って、軽い口調で答えながら、我の手を握り返してくれる。
小さくぷくぷくしていたはずの手が、指はスラリと細く長く伸び、女性の美しい柔らかなものへと変わっていた。
最近のローリーは明るく、よく笑う。
以前の張り詰めた、悲痛な表情はなりをひそめ、穏やかで柔らかい雰囲気を醸し出している。
我はそれがとても嬉しいし、ローリーの憂いを取り除いた自分が誇らしい。
「それでな、明日は買い物に行く予定だったろう? 我も一緒に行って買ってやるつもりだったのだが、行けなくなったからな、これを渡しておく。何でも好きに買うといい」
我は金貨や銀貨の入った革の袋を懐から出し、ローリーの手に渡してやろうとしたが、ローリーは手を引っ込めてしまった。
「え? いい、いらない。大丈夫だから! 文房具代くらいなんとでもなるし」
首を振って、遠慮ばかりする。
番いの面倒を見るのは当たり前の事なのだから、我を頼ってくれたら良いのにと思う。
「いざとなったら魔獣を狩りに行けばいいんだから」
そして、とんでもないことを口にした。
「ダメだ! 魔獣を狩りに行くなど、とんでもない! 我のいない時に、そんな危険な事は絶対にしてはいけない。頼むからやめてくれ。そんな事を言ったら、我は心配で行けなくなってしまうではないか」
何と言うことを言い出すのか、恐ろしさに身が震える。
するとローリーの肩越しに、腕がぬっと延びてきて、革袋を鷲掴みひったくって行った。
「分かりました。ではこれは僕が預かります。そして姉様を魔獣狩りになんて、絶対に行かせませんから、安心して竜王国に戻って下さい。姉様、竜王様のお仕事の邪魔をしたらダメだよ」
「え? あ、ごめんなさい。ジョシュの言う通りね。アル、ごめんなさい。アルが心配だって言うなら魔獣狩りには行かない。だから、アルは心配しないで、行って来て? ね? それに、お金だって、ちゃんと有り難く使わせてもらうから」
言ってから、あっ、とローリーはふと気づいたように、
「でも、問題が起きて大変なら、わたしも竜王国に行って何かお手伝いした方がいい? アルは恩人だし、恩人が困っていたら助けるのは当たり前でしょう? わたしなんて、こんなに助けてもらったんだもの、わたしに出来る事があるなら喜んでするわ」と、嬉しい事を言ってくれた。
「そ、そうか? なら、我とい」
「姉様! ダメだよ! 僕達はまだ子供なんだから、竜王様の足手まといになって余計な迷惑をかけるに決まってるじゃないか!」
「あ、そ、そうよね。アル、ごめんなさい、考えが至らなくて」
ローリーがしゅんとして我を見上げて謝る。
しゅんとして上目遣いで見上げるその顔はとても愛らしく好きではあるが、我は一言もそんな事は言っておらぬぞ?
「いや、ローリーがき」
「姉様、竜王様が居なくても僕がいつだって大好きな姉様の側にいるよ? 寂しい思いなんてさせないし、僕が姉様を守るから。これからは学校でも家でも一緒だからすごく嬉しい。姉様も僕と一緒で嬉しい?」
おい、弟、何の話をし始めるのだ。
我とローリーの大事な話の間に割り込んで来ないでくれ。
「もちろん嬉しいわ! 学校はとっても楽しみなの!」
「ロー、」
「明日は僕も一緒に買い物に付き合うよ。お薦めのお店があるんだ。あ、そうだ! その後で、今評判のケーキ専門店に行かない? 姉様は甘いお菓子好きでしょう? すごくおいしいらしいよ? それに種類がいっぱいなんだって」
まさか弟よ!
わざと言葉を被せて来てるのか?
「好きよ! 行く! 行きたい!」
「俺も行く! 俺も連れて行ってくれ。俺、チョコレートケーキが大好物なんだ。アルベルト様、俺はお留守番でしたよね?!」
後ろにいたはずのディーンが、いつの間にか向こう側に加わっていた。
「じゃあ、みんなで行きましょうよ」
「わーい、行こう行こう」
「俺はブランデーケーキだな」「私はラズベリーのムースかしら」
皆、我の事はすっかり忘れてケーキ談義に花を咲かせている。
「わたしはどうしようかな。種類がたくさんあるときっと迷っちゃうなー。そうだ! ねえ、アル、また分け分けして食べる?」
やっとローリーが我の存在を思い出してくれた。
旅の間、ローリーと我はいろいろ食べたいものがある時には、二人で一緒に食べていたのだ。
ああ、分け分けか、懐かしいな。
小さなローリーはお腹がすぐにいっぱいになってしまう。
だから、ローリーが食べたい料理を数種類注文して、ローリーが少しずつ食べた後の残りを我が食べてやるのだ。
ローリーはいろんな料理が味わえるこの分け分けがお気に入りだった。
我もまたローリーとは違った理由で、お気に入りだ。
そういえば、最近、あーんもしていない!
「あ、駄目だ。アルは明日一緒に行かないんだった。あーん、でも残念だなー。アルがいたら分け分けしていろいろと食べられたのに」
・・・・・・
「そうだな。我はやっぱり、ローリーと分け分けやあーんをしなければな」
「姉様! 僕が一緒に食べてあげるから。竜王様を困らせるような事を言ってはダメだって言っただろ!」
やっぱり、被せて来たー!
「あ、うん、そうだった」
ローリーが悲しそうに頷いて、我に向かって言う。
「アル、ごめんね。引き留めたりして。わたしは大丈夫だから、お仕事頑張ってね!」
「いや、我は、」
ローリーは我の言葉を聞く前に、弟の呼ぶ声に答えて行ってしまった。
「エルランド、我はやっぱりケー」
「アルベルト様、国王様との会食に遅れます。さあ、参りましょう」
エルランド、お前もか!