決着3
※ローリー視点
わたしは転移魔法を小刻みに展開しながら、火柱に向かって飛んだ。
転移魔法は魔力の消費が激しくて、飛ぶ度に自身の魔力の消耗を感じる。
あと少しというところで、飛べなくなった。
あまりの息苦しさに立っていることもままならなくて、膝をつき、はぁはぁと肩で息をする。
魔力の回復を待たなければならない。
息を整えながら頭を巡るのは、あばら家に残してきた三人の事だ。
ディーンにはああ言ったけど、今は三人が騙したとも闇の魔法使いの仲間だとも思っていない。
あばら家の窓の隙間から火柱を見た時には、頭に血が上ってそう思ってしまったけれど、今胸に残るアルの魔力の残滓が、そうでない事を伝えてくる。
アルの魔力はじんわりあたたかく、わたしを包み込んで安らぎを与えるだけで、そこに悪意など微塵も感じられない。
いきなり口づけられて魔力を注ぎ込まれた時には、窒息して死ぬかと思ったけど。
決してロマンチックとは言えないファーストキスだったけれど、まぁ、アルだからしょうがないか。
氷漬けも、冷たさを感じるようにはしているけれど、あれで凍死する事はない。
わたしのファーストキスを奪ったお仕置きね。
わたしはわたしのやるべき事をする、覚悟を決めて最後の転移魔法を展開した。
屋敷は暗闇に赤々と火柱を立てて燃えている。
近付いて辺りを窺うが、誰も居ないようだ。 火を点けて去ったのか?
わたしはホッと一息ついた。
あの部屋は屋敷の一番奥にある。この程度の火ならば結界が防いでくれているはずだ。
だが、早く消すに越したことはない。
底をついた魔力を掻き集め、水魔法を展開しようとしたその時、闇の中から二十人はいるだろうか、フードを目深に被った、おそらくは闇の魔法使い達が現れた。
「遅かったではないか。待ちくたびれたぞ、グローリア」
集団の中から聞き慣れた嫌な男の声が聞こえた。
わたしの前に現れたのは、予想通りジェラルド=ターンホイザーだった。
「あちこちで襲撃事件を起こせば、慌てて戻ってくるだろうと踏んで罠を張っていたのだよ。全く思った通りになったな。タイミングもちょうどよい。お前も家族揃ってあの世へ行けるのだから、嬉しいだろう?」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて、得意げに話しかけてくる。
わたしはジェラルドの家族揃ってという言葉に嫌な予感がした。
「ジョシュは? ジョシュはどうなったの?」
「ああ、ジョシュアは気の毒にも寄宿学校から戻った日に、運悪く襲撃事件に遭ってしまったのだ。屋敷は全焼。中からは行方不明とされていた三人を含め四人の遺体が見つかる。いや、使用人も入れれば六人か。残念だよ、大人しくしておれば、もう少しは長生き出来たものを」
嫌な男は眉を顰め首を振り、演技がかった言い回しを使って、悲しみに耐えるように言った。
そして、その悲しみ耐える顔は、徐々に口角が上がりニンマリとした笑い顔へと変わる。
「そこで、私の登場だ。実は三人は行方不明ではなく、七年前の襲撃事件で重傷を負い療養中だった。私がその三人の面倒を見ながら、ジョシュアを保護し後見していた事を公表する。そして、正式にハイネケン家を継ぐのだ。銀髪にアメジストの瞳を持つ、私こそが伝統あるハイネケン家を継ぐに相応しい。それに安心するがいい。私の愛妾の一人にやっと銀髪にアメジストの瞳の男子が生まれたのだ。これで次代のハイネケンも安泰。だからお前は安心して死ねばよい。ははは」
わたしはジェラルドの言葉を、ただ黙って聞くしかなかった。
「やれ」
ジェラルドが周りの者に命令した。
わたしはなけなしの魔力を使って、自分の周りに結界を張った。
複数人に取り囲まれ攻撃を受ける。
これまでずっと一人で足掻いて来た。
助けを求めようにも、誰が敵で誰が味方か判断がつかなかった。
誰ひとりとして、信用することが出来なかったのだ。
平民派と呼ばれる貴族ですら、闇の魔法使いに通じている可能性を否定出来なかった。
やはり一人では何も出来ないの? 一矢すら報いることも出来ないの?
悔しい。
アルに助力を乞うていれば、こんな事にはならなかったのかも知れない。
何度も何度も手助けしたいのだと、繰り返し言ってくれていたのに。
みんなを救えたかも知れないのにと後悔がよぎる。
いいえ、やはり、助力は乞わなくて良かったのだ。
少なくともアル達を巻き込まなくて済んだ。犠牲はわたし達だけでいい。
残りの魔法使い達が次々に火魔法を放ち屋敷に火を注ぎ足していく。
わたしは、屋敷が業火に包まれていくのをただ見ているだけしか出来ない。
うっ、うっ、うあーぁー、あー、悔しさと絶望で、涙が滂沱の如く流れ、嗚咽が漏れる。
ごめんなさい! お父様!
ごめんなさい! お母様!
ごめんなさい! ジョシュ! あなたを守りたかったのに。
わたしがあなたを守らなければならなかったのに。
そして、おそらくは屋敷の中にいるだろうじいやとばあやにも、心の中で謝った。
この結界ももう限界。
わたしは、ジェラルドを探し狙いを定めた。
結界を解き、最後の力は全てこの一撃に。
嬲り殺されるだけなど、冗談ではない、まっぴらご免だ。
最後に思い浮かべた顔は家族ではなく、アルだった。
今考えるとアルに出会えた事は、これまで頑張って来た人生へのご褒美のように思える。
甘やかしてくれた。好きだと言ってくれた。いつも気にかけて、大切にしてくれた。
珍道中の事を振り返れば、おかしさに顔が緩む。
ありがとう、アル。
花嫁になってあげれなくてごめんね。さようなら。
わたしは結界を解くと同時に、ディーンに褒められた得意の氷の刃を、ジェラルドの首目掛けて飛ばしたのだった。




