決着1
我ら三人の状況はと言えば、あばら家の中、三本の氷柱になって直立に床に縫い付けられ、身動きが全く出来ない状態である。
そして、唯一頭だけは口がきけるようにと氷に覆われていないものの、全身氷漬けにされてかなり冷たい。
やっとローリーが我らを信用して、胸の内を打ち明けてくれるものと、我は喜び勇んでローリーの後をついて来たのだが、あばら家に入った途端、氷柱にされてしまった。
「えっと、ローリー、これは一体どういう事なのだろうか?」
ローリーはテーブルらしきものの上に立って、杖をピシピシと自らの手の平にに打ちつけながら我らを睥睨するように見下ろしている。
どうも胸の内を打ち明けるという状況ではなさそうである。
「オレの正体知ってるんだろ?」
「え?」
「知っているのに知らない振りをして、一体何をするつもりだったんだ?」
ローリーが我を見据えて、詰問する。
何をするつもり?
我はただ、後を付けてローリーの正体を探った事がバレないように黙っていただけなのだが、答えにくいな。
「あ、いや、その・・・」
我がなんと答えていいものやら迷っていると、
「すっかりアルの演技に騙されたよ。馬鹿な振りして油断させ、イシュラム国から来たと嘘を付き、オレを有頂天にして信用させた。何が目的だ?」
ローリーがさらに、何やらさっぱり分からない事を言う。
演技? 馬鹿な振り? 一体ローリーは何の事を言っているのだ?
とりあえず、答えられる問いについては正直に言っておこう。
「確かに我はローリーが何者であるか、推測している答えはある。しかし、確証があるわけでもないし、正体を知っていると言ってよいものかどうかはわからん」
「ああ、やっぱりアルの超能力でバレたのか」
「ローリー、お前は何か誤解をしている。アルベルト様は演技や馬鹿な振りなどしていない。あれは素だ。お前を騙そうなどと、思ってもいないぞ! それから、目的は何だと聞いたな? 俺達の目的は花嫁探しだ。お前に見せたあのリストは花嫁候補者の令嬢達なんだ」
ディーンが横から口を挟んできた。
「はっ、笑わせるなよ。そんな誤魔化しが通用するとでも? あれはお前達が攫う予定の令嬢達のリストだ。仲間に引き入れるためのな」
「一体何の話だよ。さっぱりわかんねえよ。はっきり言えよ」
「お前達が闇の魔法使いの仲間だって事は分かってるんだ」
闇の魔法使いの仲間?
「はあ? そんなわけないだろ!」
「そうだ、我らは仲間などではないぞ」
「残念だけど、口論している時間はオレには無いんだ。闇の魔法使いの仲間と知って、放免するわけにはいかない。王宮の魔法使いが来るまで、このまま氷漬けでいてもらうよ」
ローリーは台から飛び降り、出口に向かう。
「おい、冗談だろ?」
「ああ、そうだ。アルが推測した正体って誰? 一応聞いておく。当たったら、そうだな、共に旅をした仲間への礼儀だ、魔法を解いた本当の姿でお別れしてやるよ」
出口に向かって歩いて行ったローリーがくるりと我に向き直り、見つめて真剣な面持ちで言う。
我もローリーの美しい緑の瞳を見つめて言った。
「グローリア=ハイネケンだ」
「はは、正解」
ローリーが自嘲したような薄笑いで言った。
ローリーが幻影魔法を解いていく。
現れたのは、この薄暗いあばら家に黄金に輝く金髪と真っ白な雪を思わせる透き通った白い肌、変わらぬ緑色の瞳を持ったまごうことなき小さな女の子だった。
「じゃ、さようなら」 小さな女の子が言った。
ああ、我の番いだ!!
身体が悦びに震える。歓喜の声を上げている。
我の番いに間違いない!!
ぼやけていた輪郭がはっきりとその姿を現した。
魔力が奔流となり、ローリーを求めて凄まじい勢いで体中を駆け巡る。
気付けば氷の柱を粉砕し、出て行こうとしたローリーを捕らえ抱きしめた。
そして、本能のままにローリーを羽交い締めにし、逃げられないように頭を押さえ、顔中を舐め回し唇を割って魔力を注ぎ込んだ。
しかし、次の瞬間抱きしめていたはずのローリーの体が消えた。
「え? あれ? どこに行った?」
きょろきょろ辺りを見回すと、焦った顔をしたローリーが壁に張り付いていた。
ローリーを見つけ手を伸ばそうとした瞬間、ローリーから氷魔法が放たれ、我は再び氷漬けにされてしまった。
でも今度は柱ではなく、大きな氷の塊が我の周りにくっ付いている。
「いきなり何するのよ! びっくりして死ぬかと思ったわよ!」
真っ赤になった顔を袖でごしごし拭きながら、ローリーがパニックを起こしたようにギャーギャー喚いている。
「本当に、何考えてんのよ! 汚いじゃない! 全く、何してくれるのよ! あーもう、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、アルの馬鹿!! あーもう、信じられない! 本当に馬鹿なんだから!!」
「我は馬鹿ではない。番いにツバを付けただけだ! 他の雄に奪われぬようにな。番いを見つけた時の、実に真っ当な対応だ。ああ、ディーンよ、ローリーは我のものだ、よいな」
フランには番いがいるから安心だが、ディーンにはまだいないからな。
大丈夫だとは思うが、一応釘を差しておくことにする。
こんなに愛らしいローリーの姿を見て、うっかり好きになってしまうとも限らんからな。
早い者勝ちなのだ。
「ローリー、我のローリー、前の姿も愛らしいと思ってはいたが、その姿は以前の百万倍愛らしい。我は気に入ったぞ」
「ローリー、そろそろここから出してはくれまいか。愛しいそなたを抱きしめ、愛でたくともこれでは動けぬ。ああ、後ろに回らんでくれ。後ろは首が回らんから、そなたが見えぬ」
お願いしたのにローリーは後ろに回って、何やらディーンと話している。
耳もすっぽり氷漬けにされているせいで、何を話しているのかよく聞こえない。
「ローリー、ローリー、ディーンとばかり話していないで、我の方にも来てくれ。ローリー、愛しい我のローリー、こっちへ」
「アル、ちょっとうるさいから、黙ってて」
ローリーに叱られた。
我が悪いのか? なんで? 我は何も悪い事はしていないぞ。
ローリーがこっちに来てくれないから、我がうるさいのではないか。
そもそもこんなふうにローリーが氷漬けにするから、我がローリーの元へ行けないのだ。
とは思うものの、番いに嫌われるのはとても辛い、黙って大人しく待つことにする。
「××××××××」
「××××××××××××××××××××××××××××」
「××××××××」
「××××××××××××××××××××××××××××」
「××××××××××××」
「!!」
「×××××××!!」
「×××××××!!」
「×××××××××××××××××××!!」
「×××××××!!」
「×××××××××××××××××××!!」
「×××××××!!」
「×××××××!!」
まだかな?
まだ終わらないのかな?
我はローリーが目の前に来てくれるのを、今か今かとじっと待っていた。




