暗雲4
※ローリー視点
食堂で漏れ聞こえる会話の内容にオレは凍り付いた。
闇の魔法使い達に間違いない。
また動き始めたのだ。
王都にはまだ手が伸びていないように思えるが、襲われないという保証はない。
七年前襲撃された家は平民派もしくは中立派の魔法使いばかりで、貴族派は一人もいない。
そして連続襲撃事件の後、その家々がどうなったか。
取り潰されたもの、貴族派に寝返ったもの、傀儡を当主に存続しているものとさまざまではあるものの、王宮内の貴族派が優位に立つように情勢が動いた事は紛れもない事実なのだ。
魔法使いはあらゆるところで重用されているため、その権益は膨大なものとなるはずである。
そして、今まさにハイネケン伯爵家は、ジョシュを傀儡にして貴族派筆頭のジェラルド=ターンホイザーが実権を握っているのだ。
傀儡であるうちは、ジョシュに危害が及ぶとは考えられないが、ジョシュももう幼子とは言えない年齢である。
ジョシュに脅威を感じて、ジェラルドの気が変わったとしてもおかしくはない。
「オ、オレ、帰る」
一刻も早くジョシュのところに戻らなければ。
「途中で悪いけど、ここで辞めさせてもらう。金はいらない。じゃ、先に行くよ」
乗合馬車があればいいけれど、と思いながら食堂を出ようとした時、アルに腕を掴まれた。
「これから馬車を探して向かうより、一緒に乗って戻った方が早い。遠慮はいらぬ」
オレは迷ったが、ジョシュが心配だったので頷き、皆で馬車へと急いだ。
「あ、そうだ。ローリー、今日から新しい御者になる」
ディーンが思い出したように、御者が交代したことを告げてくる。
「え? なんで?」
オレは何も聞いてないぞ。
今、こんな王都から遠く離れた場所で交代なんておかしくないか?
「急用かなんかが出来たらしいよ。済まないっ謝っていたよ。でも代りの御者がいるんだから、別に構わないだろ?」
畳みかけるようにディーンに言われ、納得は出来なかったが、何も言わずに馬車に乗り込んだ。
それからは、馬も可能ならば換え、とにかく先を急いだ。
その間にも、新たな襲撃事件の報が舞い込んできて、オレは逸る気持ちを抑えるのに全力を注がなければならなかった。
「ローリー、困っている事があるなら我らに出来ることはないか? ローリーの手助けをしたいと思う。どうだろう、話してみる気はないか?」
アルからそんな申し出を受けた。
これからの対応策を考える事に集中していて、二人の同乗者の存在を全く忘れていた。
そうだ、どうしよう。
二人をこのままハイネケン家に連れて行くわけにはいかないだろう。
だが、シュヴァイツ侯爵の事もある。
正体を明かすべきだろうか。そして助力を乞うべきか?
どうするべきかと迷っているうちに、黙っているオレに痺れを切らしたアルがとんでもないことを言った。
「七年前の襲撃事件に関係しているのだろう? 両親の事もローリーにかかっている魔法の事も。また襲われる可能性があるのか? ローリーの家は平民派なんだろう?」
どうしてイシュラムから来た二人が、レノルドにおいて七年前に起きた襲撃事件の事を知っているのか。
しかも内情まで知っているようだ。
レノルドにとってイシュラムは遠く、イシュラムの情報などこれっぽっちも入ってこないというのに。
それゆえ、自分は大森林地帯に出向いていたのだ。
そこで、ふとオレはもしかして大きな間違いをしているのではないかと気付いた。
二人がもしイシュラムの人間でないとしたら?
オレの話を聞いて、歓心を得るためのただのでまかせだったのかも知れない。
その思惑は的中し、確かにオレはイシュラムと聞いただけで、すっかり有頂天になって信用してしまった。
本当はこの国の人間で、正体も知った上で密命を受け、最初からわたしに近付いたとしたら?
アルは何しろ得体の知れない超能力の持ち主、幻影魔法など無意味なのかも知れない。
ゾッとした。
二人はしきりにオレの事情を知りたがっていた。
オレは何を話してしまった?
今までにも怪しいと思った事はあったのだ。
あのリストだって!
オレ達が訪れた後に、サンドール男爵家もコッペン子爵家も襲われた。
偶然だろうか? まさか、下見だったということか?
コッペン子爵家が襲われた夜に、二人は出掛けて部屋に居なかった。
思い起こせば、襲撃事件の報を聞いても、二人ともそれほど驚いていなかったようにも思う。
一緒に戻るというのも、王宮付きの魔法使いが来ると聞いて、急いでこの場を離れる必要があったからなのではないか。
ああ、なるほど分かったぞ。新しい御者は彼らの仲間なのだ。
こう考えてみると全てつじつまが合う。
親切にしてくれたのも、馬鹿な振りも、オレを好きだと言ったのも全てオレを油断させ欺くためだったのだ。
悔しい。悔しくて、悔しくて唇を強く噛んで、涙が滲むのを堪えた。
二度と騙されるものかと、あれほど頑張ってきたはずなのに。
「ああ、すまぬ、ローリー。我はただローリーが心配なだけだ。問い詰めるつもりなどなかったのだ」
アルのオレを気遣う言葉を白々しい茶番だと思いながら、アルを眺めた。
このままにしておくわけにはいかない。
ああ、目的が何なのか、聞き出すにはちょうど良いかも知れないな。
「分かった。アルがそこまで言うなら、話してもいい。王都に着いたら話すよ」
アルはオレの言葉を聞いて、え?っと一瞬意外そうな顔をしたが、意味が飲み込めると破顔し、オレを抱きしめて言った。
「ありがとう。悪いようにはしない。ローリーを助けたいだけなんだ」
王都に入る手前で日が暮れ、御者が宿屋に向かおうとするので、オレはそのまま王都に行って欲しいと頼んだ。
「ローリー、先を急ぐ気持ちは分かるが、ここからでは遠すぎるだろう? 夜半に馬車を走らせるのは止めた方がよい」
諭すようにアルが声をかけてくる。
ハイネケン家は王都でも東側に位置する。
確かにここからでは遠すぎて、急がせたとしても夜半になるだろう。
やはり、アルは知っているのだと思った。
「頼むよ。危なくないように、道は魔法で照らすし、オレも御者席に座って先導するから。お願いだ」
オレは懇願し、渋々頷いた二人をハイネケン家ではなく、王都のはずれにあるあばら家に連れて行った。
ここで決着をつける!
胸の奥が軋んだような気がしたが、オレは気付かない振りをした。




