暗雲1
※ローリー視点
アルのおかげで道が拓けた。
シュヴァイツ候爵の知人らしい。
候爵も子供好きみたいだし、一生懸命にお願いすれば、何とかしてくれそうな気がする。
それにアルならば、きっと力添えもしてくれるはずだ。
今だってオレにはめちゃくちゃ甘い。
年の事をすごく気にしてるみたいだから、本人には絶対に言えないけど、おじさんどころかおじいちゃんみたいに可愛がってくれる。
アルは不思議な人だ。
オレに泳ぎを教えてくれたり、レッドグリズリーを倒してくれた時には、強くてすごく頼りになる男だと思った。
大きな肩や背中は安全を保障されているように感じられるし、温かく居心地がいい。
父性の強い人だと思った。
でも、逆に最近は子供みたいだ。
刷り込みされたあひるの子みたいに、必死になって後を追ってくる。
オレを母親であるかのようにまとわりついて、姿が見えないときょろきょろ探したり。
それで見つけると、ものすごく嬉しそうに笑って寄ってくる。
これにはオレもさすがに絆されて、胸がきゅんとしてしまった。
図体はかなりでかいけど、美形なので嬉しそうに笑った顔はなかなかかわいい。
それに自分を慕ってくる姿は、弟のジョシュを思い出させた。
それで味をしめて何度もやってたら、ディーンにいい加減にしろって、また小突かれてしまった。
アルがヘンテコなのは相変わらずだけど、磨きがかかっておかしな行動をしていたのは、オレに気に入られるようにといろいろ頑張っていたらしい。
なんで、そんなにオレに気に入られたいのかって聞いたら、好ましいと思っている人に気に入られたいと思うのは不思議じゃないだろうって言われた。
そういう意味で聞いたんじゃないんだけどな。
オレは、どうしてオレをそんなに好ましく思っているのか、その理由が知りたかったんだ。
子供好きだと思っていたけど、本人から子供好きじゃなくてローリー好きだって言われたし。
オレの聞き方も悪かったんだろうけど、でも、聞き直しても、ローリーだからだとか、なんとなくとか、まあ、そんな返答になりそうだったから、再度聞くのはやめた。
何しろ、超能力の持ち主だから、オレ達常人にアルの考えてる事なんか分かるわけないよ。
オレがごまかすためにあげた薔薇の花も、水の入ったコップに入れて、どこに行くにも肌身離さず持ち歩いて、本当に大変だったんだから。
部屋に戻るとディーンが居なかった。
「あれ? ディーンは?」
最近、昼夜問わずよく居なくなる。
「ああ、出かけた。 先に休んでくれと言っていた」
「ふ~ん。 なんか最近よく出かけるね」
「え? あ、ああ、そうかな。まあ、いろいろあるんだろう」
アルが何やら歯切れ悪く、もごもごと答えた。
なんか、今、どもった。
しかも、何やら後ろめたそうな顔付きをしている。
直感で感じた。
アルがオレに何か隠している!
なんかムカついた。
不快である。アルがオレに隠し事をするなんて!
むかむかしているオレの気持ちをよそに、アルは気楽な調子で言ってくる。
「そんな事より、ホラ、ホラ」
アルはそう言うと、長椅子から部屋の隅に移動し、モジモジし始める。
「ホラ、ホラ、我はここだ」
手を前に出して、オレが迎えに行くのを今か今かと待ち受けている。
このところの夜恒例のルーチンワークである。
部屋の隅でうじうじされるのがうっとおしくて、手を引いてベッドに入れてやったのがきっかけだ。
それに味をしめたようで、毎晩するようになってしまった。
オレは無性に腹が立っていたので、アルがどうして欲しいのかは重々承知の上で、無視した。
「ディーンのベッドが空いてるんだから、そっちで寝れば? オレはディーンの伝言通り、先に休ませてもらうよ」
「え? え? どうして?」
鳩が豆鉄砲を食ったみたいに、驚いている。
なんでそんな事を言われてるのか、さっぱり分かっていない顔だ。
でもしばらくして、オレが怒っているのにやっと気が付いたみたいだ。
ご機嫌を窺ってくる。
そんな悲しそうな顔をしたって駄目だから!
「お休み!」
ふん!とそっぽを向いて寝た。
アルはしばらくの間、そのままじっと部屋の隅に佇んでいたが、やがてもう一つの空いているベッドにごそごそと入る気配がした。
気まずい空気の中、知らん顔で眠ろうと思ったが、なかなか眠れない。
アルの悲しそうな様子が脳裏にチラ付く。
でもオレはまだ腹の虫が収まらなかった。
アルにはきっとオレがどうして怒っているのか、機嫌が悪いのか、理由なんて絶対に分からないだろうな。
オレ自身にだって、どうしてこんなに腹が立つのか、分からないのだ。
悶々としながら、必死で眠ろうと努力をしてみる。
眠れない。
眠れないから、どうしてこんな気持ちになるのか冷静に考えてみた。
アルが隠し事をするのが悪いのだと、自分を正当化しようと思ったけど、出来るはずがなかった。
オレだって隠し事だらけだし、名前も性別も容姿だって騙しているようなものだ。
それにアルだって話したいが話せない事情があるって、言ってたし。
なのに、オレは酷く身勝手だ、そう思った。
アルがオレの事を好きだと言って、なんでも言うことを聞いてくれるから、思い上がってしまったんだな。
オレは反省した。
明日は、アルに謝ろう。
そしたらアルの事だから、きっと喜んで許してくれるに決まってる。
明日からはまたベッドに入れてやって、アルの言う、”ベッドを共にする関係”に戻ろう。
アルがその言葉を言った時の事を思い出し、怒っていたのにくすっと笑い声をあげてしまった。
買い物に行った際、店主に親子に間違われて憤慨したアルが、親子ではなく、自分は特別な客でベッドを共にする関係だと堂々と言ってのけたのだ。
あの時も本当に大変だった。
これまでのアルとのいろいろを思い出していたら、くすくすと笑いが込み上がってくる。
オレは明日の謝った時のアルの顔を想像しながら、眠りに落ちていった。
そしてこの時のオレは、これからもこの珍道中がずっと続くものだと信じて疑わなかった。




