疑惑1
「ハイネケン伯爵家?」
「そうだ。宰相が五重丸をつけたグローリア=ハイネケンの伯爵家だ」
宿屋で合流したディーンに我は告げた。
我は周辺でハイネケン家について少々聞き込みをした後、心残りではあったがハイネケン家を後にした。
魔法使いの家系であるからには、周囲にどのような結界やら警報が張り巡らされていても、おかしくはないからだ。
今、ローリーにばれて警戒されるわけにはいかぬからな。
「ハイネケンゆかりのものなら、あの魔力の高さも納得がいきますが、でも、ではなぜ、あのような危険な大森林地帯で道案内など! 曲がりなりにも伯爵家ですよ?!」
「理由は分からぬ。それに、あれ以上は近寄る事も出来なかったのでな、確かにローリーが屋敷の中に入ったかどうかも、転移魔法を使われたから、実際には分からぬ終いだ。しばらくは、様子を見るしかあるまい」
ディーンからの情報は、ローリーが話していた内容を裏付けるに十分だった。
相当数の魔法使いが襲われ、殺されたり、さらわれたりしたようだ。
「ただ、無差別に襲っているわけではないようで、闇の魔法に対して否定的だったり、あとは平民出身の王宮魔法使いが襲われているようです。そのため今王宮では、貴族派の魔法使いが幅をきかせているとか」
「それから、そのハイネケン家と言えば、優秀な魔法使いを輩出するには、平民にも門戸を開くべきだと私設で学校を創るほどの平民派です。現当主の配偶者も平民出身の魔法使いと聞いてますし、真っ先に襲撃を受けてもおかしくはありませんね」
「現在のハイネケン家は、グローリアの弟にあたるジョシュア=ハイネケンがその魔法学校の寄宿舎に居ることが分かっているだけで、両親とグローリアの三人は行方知れずという話だ」
「ローリーとハイネケン家の関係は分かりませんが、調べれば何か出てきそうですね」
「ああ、だがローリーに悟られぬようにせねばならぬ。迂闊に動くでないぞ」
夜半、ディーンに迂闊に動くなと命令しておいてなんなのだが、ローリーが側に居ない事に不安を覚え、どうにも眠れない。
ハイネケン家にやっぱりちょっとだけ見に行こうと、寝床からそうっと抜け出すと、ディーンが釘を刺してきた。
「ダメですよ」
「・・・・・・」
うっ、・・・ばれたか。
「・・・分かっておる」
「眠れぬから、外をぐるっとしてくる」
我はそう言い捨て外へ出た。
朝から、ちょっとそこまで迎えに行くと言う我に、ディーンからストーキングは犯罪ですと言われ、一悶着あった。
ちょっと物陰から屋敷の様子を窺ったり、道で人さらいに遭わないか、後を付けて見守る事のどこがストーキングだというのか。
でも、ローリーに見つかるのはやはりマズイので、我慢した。
ローリーは約束通り、正午にやって来た。
我は1時間も前から待っていたのだが、遅いよ!と拗ねてはいけない。
「待たせた?」
「いや、大丈夫だ」
「あのさ、人探しの順番だけど、遠いところから回ろうと思ってるんだ。魔力を持つ貴族子女はおそらく魔法学校の寄宿舎に居ると思う。だから、王都は回るなら休暇の時期がいいと思う」
ローリーが言い訳じみた説明をして、提案してくる。
まあ、ハイネケン家に近付けたくはないであろうから、ローリーとしては当然の提案といえる。
だから、我はすんなりと了承の返答をした。
「ローリーに任せる」
我が答えると、ホッと安堵の息を一瞬吐き、我の手を引き元気良く言う。
「じゃあ、早く馬車を借りて出発しよう!」
誰も御者の経験が無かったので、馬車と御者の両方をお願いして西に向かった。
ローリーが、まずは・・・領のなんとか家を回って、どこそこに向かい、次になんとかかんとか旅程を話すが、我の耳にはちっとも入って来なかった。
ローリーの隣を陣取り、聞いている振りをして、横顔を思う存分眺めていた。
またしばらくの間、ローリーと共に旅が出来ると思うと喜びで胸が一杯だ。
ローリーも、魔獣がいつ襲ってくるかも知れない大森林地帯ではなく、宿や食事の心配もいらない、さらに言うなら、ローリーの財布が痛む事のないこの旅は気楽で嬉しいようだった。
だから、しばらく馬車に揺られると安心しきって、コックリコックリし始めた。
それを見たディーンが、いたずらを仕掛けようと手を伸ばしてくるが、我はそれを制し、ローリーがゆっくり眠れるように、我の膝へと誘導してやった。
ディーンもいたずらを諦め、我に小声で「ごゆっくり」と言って、目を閉じて眠ってしまった。
ディーンからお許しをもらったので、我はローリーを昨日の分まで堪能することにした。
今朝は、ローリーにしつこく付きまといをするなとか、じろじろ眺めるなとか、散々小言を言われたのだ。
洞窟の時と同じようにじっと眺め、かわゆい寝顔だと愛でた。
顔にかかる髪をそうっと払ってやり、頬に触れる。
小さな口を見た時、ディーンに言われた事を思い出した。
唇にキスをしたいかと聞かれたのだ。
ぷっくり柔らかそうで、今もとてもそそられる。
我としたことが、何を馬鹿な事を考えているのだ。
ローリーは雄ではないか!
自分に言い聞かせるように呟く。ローリーは雄。ローリーは雄、雄・・・雄・・・
でも、ちっとも雄という感じがしない。
???
子供だから?
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
本当に雄? なのだろうか・・・
ある考えが、ハッと我の頭を過ぎる。
心臓がドキリと跳ねた。
まさか・・・!
ドクドクと鼓動が速まって行く。
ああ!!
我は答えを探すように、じっとローリーの顔を見つめた。