出会い
若い人間の女は到底理解出来ない不可解な生き物だった。
あのあとディーンに人間は求婚時に狩った獲物を贈る習慣はないと教わった。
竜族の雄はその獲物によって愛の深さを雌に示すのに、人間の男はどうやって想いの強さを伝えるのだろうか。
未だに母上など父上に求婚された時に贈られたジャイアントホワイトサーベルの事を自慢しているというのに。
我とて番いが欲しくないわけではない。
仲睦まじい夫婦を見れば羨ましく思うし、一人寝を寂しく思うのも事実である。
宰相が言うように、他の竜よりも強大な力を有する黒竜の血を遺すことも竜王国にとっては大切だ。
黒竜の力は強大で、王国にとっては貴重な存在だ。
今現存する黒竜は父上と叔父上とそして我のみ。
叔父夫婦に子は生まれなかった。
子を為す可能性のある黒竜は今はもう我一人である。
若い頃には、臣下の者達には内緒でこっそりと番いを求めたことがある。
大陸中の国という国の王宮の舞踏会、魔力が高いと評判の令嬢の誕生会、魔法使いの集会など、出会う可能性のある場所ならばどこにでも行った。
だが、結局見つけることは叶わなかった。
だから今さら見つかるわけない。
我の番いはきっとあの忌まわしい病によって亡くなってしまったのだろうと思う。
それにあの悪夢のような出来事を考えれば、たとえ黒竜の血が絶えようとも竜王国にとっては良いかもしれない。
狂った自分を止められるものなどどこにもいないのだから。
広場の中央には日除けのテントが張ってあって、武装した男たちが大勢たむろしていた。
武装していると言っても、国の騎士のように鎧や制服が揃った姿ではなくばらばらで、多くは剣を所持しているが槍や弓を持つものもおり、また身に付けているものも革鎧を付けているものいないもの、深い色のローブを着たものなど様ざまである。
男達は集まってはいるが組織に属しているわけではなく、ひとりひとりが独立したフリーの護衛業者のようだった。
一人また一人と商人らしき人物や個人の旅人の客らがやって来て、料金等の話をつけているのか、しばらく話をした後、一人もしくは複数人の護衛達を伴ってそこを離れて行った。
脇では荷馬車がいくつか停められていて、荷物の検閲が行われているようだった。
門をくぐる通行税は、人に対しては一人につき一律銀貨1枚で、物品に関しては荷馬車一台につき金貨1枚。
だが、金や銀等の貴金属、魔石、武器等には持ち出しの制限があったり、数量によって追加の通行税が加算される。
その荷馬車の荷物は余程価値のある物を積んでいるのか、大勢の護衛が周りをうろついていた。
このあたり一帯は太古の昔から、魔獣が跋扈する大森林地帯で、ゼフィラス国もレノルド国も領土としては放棄した土地。
二国間の移動は過去の時代にはこの大森林地帯を迂回するしかなかったが、それでは日数がかかり過ぎるため、両国の商人と国の魔法使い達が長い時をかけて苦労の末、大森林地帯を通り抜ける道を切り開いた。
そのため現在では、先を急ぐ多くの旅人がこの道を利用している。
ただし、魔物の脅威が全くなくなったわけではないので、護衛を雇い魔獣が出た場合は退けてもらうのである。
また、国を追われ住みついた者達が、そこを通る商人や旅人を狙って強盗をはたらくので、盗賊からも身を守らなければならない。
ディーンの小言を聞き流しながら、護衛のうろつく荷馬車を眺めていると、このような場所に似つかわしくない小さな影がチラりと見えた。
それは護衛のひとりに付きまとって、うるさがられているように見える。
「ねえ! オレ魔法使いなんだ。ここは何度も行き来してよく知ってるから、役に立つよ。おじさん達はここ初めてだろ? これだけ大きな商隊だと、野営の場所の確保も大変だし、道案内は必要だよ? 小間使いでもいいからさー、雇ってよ。」
意識を集中して耳をすませると、子供の声が聞こえてくる。
何やら自分を売り込んでいるみたいだ。
「オレ魔力探知も得意だから、魔獣が近くに来たら分かるし、水魔法や火魔法も使えるよ」
「アルベルト様?」
ディーンが訝しげに我を見ていた。
子供に夢中になっていて気が付かなかった。
ディーンは我が熱心に見ていた方向を眺めて、子供?こんなところにまたどうしてと呟いた。
そして、ハッと何かに気付いたように我を振り返った。
「あれはなんですか?」
ディーンは子供を目を細めるようにしてもう一度凝視した。
「さぁ、なんだろうな」
ディーンが驚くのも無理はない。
我が見ていた、売り込みをかけていた子供の周りの空間が歪んでいる。
魔法使いであると言っていたから、魔力を保有しているのは当然だ。
だが、その魔力の様子がおかしい。ゆらゆら揺らぎ、歪みを生み出している。
「我にもわからん。初めて見たからな」
すると、付きまとわれて業を煮やしたのか、護衛が突然子供を突き飛ばした。
それを見た瞬間、何故か身体がカッと熱くなり、知らぬうちに子供の元へと走っていた。
「チッ」
商隊と伴に去っていく護衛を睨み付けて、子供が舌打ちした。
「おい、大丈夫か?」
我は手を差し出したが、子供は差し出した手をとらず自分で立ち上がり、汚れた服を払って我を見上げた。
「別にこんなのいつものことだし! 慣れてるから平気だよ」
子供は何でもなさそうに答える。
「でもあの商隊は、イシュラム国から来たって言ってたから、話が聞けなかったのは残念だったな」
ひとり言をいう子供はどこにでもいるような風体で、ローブを纏っていなければ魔法使いとも思えない。
無造作にはねた茶色の短髪と痩せた肢体、くすんだ肌にはそばかすが散らばっていた。
子供特有の愛らしさはあるものの、特に美しいというわけでも無く不細工と言うほどでもない凡庸な顔立ちをしていた。
それなのに、ただ一つ、顔の中心に位置する大きな緑の瞳が、我の目を惹き付けて離さない。
「ごほん。アルベルト様。」
ディーンに話しかけられて、はじめて緑の瞳に魅入っていたことに気付いた。
子供もハッとして動揺を露わに、じ、じゃあ、と言って踵を返し走りだそうする。
思わず子供の腕を掴んでしまった。
「え? 何?」
どうしよう。
「えっと、ちょっと、待ってくれ」
待ってくれと言ったのは良いが、何も考えていなかった。
ただなんとなくこのまま離れるのが嫌だっただけだ。
「・・・・・・」
どうしよう。
でも、何て言えばいいのか分からない。
離れたくないから、一緒にいて欲しい? あ、あれ?
「離してくれよ! 俺忙しいんだ。仕事見つけなきゃいけないし」
我が腕を掴んだままなので子供が怒り始める。
そ、そうか!仕事だ!
「わ、我が、お・・・お前を雇う!」
「えっ!?」
「えっ!?」
子供とディーンの声が重なった。
「それほんと? 今、雇うって言った!? オレを可哀想だと思って雇ってくれるの?」
「いや、そういうわけでもないんだが・・・」
「うん! いいよ。やるよ! 言質はとったよ。やっぱりやめるってのはナシだからね!」
子供が満面の笑みで言った。
「ありがとう、おじさん!!」
お・・・お・・・おじさん?