ローリーの秘密3
※ローリー視点
転移魔法で自室に戻った私は、バスルームに飛び込み、服を脱いで収納魔法を用いてしまい込んだ。
シャワーを浴び、幻影魔法を解く。
鏡には、茶色の髪は金色に、くすんだ肌は白い肌へと、徐々に変化していく自分の姿が映っていた。
でも、小さなままの手や体は変わらない。その事を悲しく思うとともに安堵を感じる。
白いワンピースを身につけていると、コンコンとノックの音がした。
「はい、どうぞ?」
「やっぱり。お嬢様、お帰りになられてたのですね。玄関からお入り下さいとあれ程申し上げておりますのに」
「ごめんなさい、ばあや。だって面倒なんですもの」
ばあやと呼んではいるけれど、お年寄りということではない。
母親の乳母だったから、そう呼ばれているだけ。
でも、最近は髪に白いものが目立つようになってきたかも。苦労かけてるし。
「じいやは?」
「お坊ちゃまのお迎えに、先程出かけました」
ジョシュは魔法学校の寄宿舎で生活している。
「そう。腰の具合はいいの? 御者なんてして大丈夫? 乗合馬車でもいいのよ?」
「そ、そんなこと! ハイネケン家のお坊ちゃまにそんな不名誉なことはさせられません!」
「不名誉ねえ~」
今、ハイネケン伯爵家に仕えてくれているのはこの二人だけ。
無理をさせていることは十分承知している。
7年前の襲撃で、ハイネケン家を取り巻く環境は一変してしまった。
「あ、そうだ! 臨時収入があったの。だから、少しくらい贅沢しても大丈夫よ?」
金貨の入った袋を二つ取り出した。
ジョシュにも必要な物があったら買ってあげてね。
「まあ、こんなにたくさん!」
これで、やりくりが出来ると喜ぶばあやを眺めながら、私はこれをくれた男達を思い出していた。
二人は本当に変わっていた。
旅の道案内人として、お客さんの素性を詮索するのはタブーだ。
でも、長くやっていると何となく分かって来るのだから不思議なものである。
二人は、密命を受けた騎士が田舎の領主貴族とその従者に扮してるってとこかしら?
それにしたって、可笑しい。
くすくすと笑いが込み上げてくる。
アルなんて、私がちょっと不機嫌な顔や怒ったふりをしたりすると、すぐにオロオロして挙動不審になったり、いじけちゃったりするんだもの。
それでディーンに、アルベルト様をからかって遊ぶのは止めてくれないかと、窘められてしまった。
くすくすと思い出し笑いをしていると、何か楽しい事でもあったのですかと尋ねられた。
「ええ、そうね。そうよ。そうなの! 私、泳げるようになったの」
「姉様!」
「ジョシュ! 会いたかったわ!」
私は、玄関で扉が開き入って来たジョシュに抱き着いた。
私の小さな弟は、とうの昔に私の身長を追い越してしまっていた。
事情を知らない者が見たら、優しい兄に甘える妹に見えることだろう。
「あ、おじ様」
ジョシュに会えたテンションだだ下がり。
ジェラルド=ターンホイザー、お母様の従兄、そしてハイネケンの銀髪とアメジストの瞳を持つ男。
「グローリア、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
一見優しげに私を気遣うような言葉をかけてくるけれど、
「ええ、おじ様もお変わりありませんか? ところで、今日は何かご用件でも?」
「いや、ジョシュアが家に帰ると聞いたのでな、グローリアに会えるかと思って付いてきたのだよ。こうでもしないと、なかなか君に会う事が出来ないからね」
ジョシュが気まずそうな顔をした。
「で、どんな具合なんだ? 魔法を解く方法は見つけられたのか? お前の師匠は何と言ってるんだ?!」
だんだん化けの皮が剥がれて来てますよ。
「お前の師匠とは一体誰なんだ! 私とて魔法使いの端くれ。名前を言え! 風貌は?!」
「さあ? 以前にもお話したように、名乗られる名前が本名とは思えませんし、風貌もおそらく魔法で変えてますから、あまり意味がないかと」
ぐぬぬと黙り込んでしまったおじ様は放っておいて、ジョシュに話しかける。
せっかくのジョシュとの時間を無駄にするわけにはいかない。
「ジョシュ、私、泳げるようになったのよ! 湖に潜って水中も見る事が出来たの。とても美しかったわ」
「へえ、ぼくも泳げるようになりたいな。潜るのは怖くなかった?」
「ええ、ちっとも」
「それからね、5メートルくらいのレッドグリズリーも倒したのよ! もちろん私一人で倒したわけではないけど、とても大きな魔石だった。臨時収入になったから、ジョシュも欲しい物があったら買っていいわよ」
「姉様、ぼくも姉様と一緒に、そのお師匠様と修業の旅に出たいよ。その方がずっと勉強になる気がするし、姉様ともずっと一緒に居られる」
ジョシュがもう何度となく口にする言葉で訴えてくる。
「ごめんなさい、ジョシュ」
ジョシュの顔が曇る。
「ジョシュがもう少し大きくなったら、私が湖に連れて行ってあげるわ。泳ぎ方も教えてあげる」
姉と弟水入らずの大切な時間に水をさす、本当に嫌な男。
あの虫が這う結界魔法、ディーンにお前の底意地の悪さが顕れていると言わしめたあの魔法は、この男のために開発したようなものだもの、当然よね。
「グローリア、あ、あそこは今も、そのままなのか? もう一度、見せてもらいたいと思うのだが」
おじ様が私達の会話に割り込んできた。あー、面倒くさい。
「ごめんなさい。私、恐ろしくて固い結界で封印してしまったの。だから、今は見せる事が出来ないんです」
私はなるべく弱々しく哀れに見えるように、ジョシュの胸に顔を埋めた。
あの時、私は7歳で、何が起こっているのか、誰が味方なのかも分からなかった。
だから、様子を見に来たおじ様に、縋るように助けを求めてしまった。
後の事は全て任せなさいと言われて安心していたら、ハイネケン伯爵領の管理やハイネケンの私設の魔法学校は全て乗っ取られてしまっていた。ジョシュの後見人の名の下に。
夜はジョシュのベッドに潜り込んで一緒に眠った。
何度も言い聞かせた言葉を言う。
「ジョシュ、学校では絶対に優秀なところを見せては駄目よ。ジョシュがとても優秀なのは私が知ってる。だから、お願い。それから、おじ様の言うことも大人しく聞いておくの、いいわね?」
「分かってるよ。ぼくの事は心配しないで。上手くやる。勉強もちゃんとするから、姉様も無茶しないで、お願い」
翌朝、ジョシュは帰るのを渋るおじ様を一緒に連れて帰ってくれた。
まあ、私を探るための人は残していってるだろうけど。
私は、屋敷の奥まった場所にある一室の前に立ち、目を閉じ誓う。
お父様、お母様、必ずお助けします。もうしばらくお待ち下さい。




