プロローグ
初めて投稿します。
ここは、ゼフィラス国の北にある国境の砦。
中央には閉じられた大きな門があり、その両脇にある中くらいの門が先ほどより開けられて、砦の外の広場では門より出てくる人々と入国しようとする人々でごった返している。
出国する者も入国する者も通行税なるものを支払い門をくぐるのである。
「なあ、もう国に帰ろうではないか。我はもう帰りたい」
門をくぐって前を歩く赤髪の男に、ちょっと言ってみた。だめもとで言ってみた。
「はあ!?」
竜王である我にこんな無礼な口をきくのは、今回の花嫁探しの旅において従者を務めることになったディーン。
「何を言ってるんですかねえ。まだ、国を出て三月ですよ。私は宰相様から、花嫁様を見つけるまで戻って来るなと強く申し付けられているんです。私の意地にかけても帰れませんよ」
二十歳前後の一見明るくて爽やかに見える赤毛の青年であるが、なかなかに手強い奴である。
「最低でもこの花嫁候補リストに載っている方々を見て回ってからでないと戻れませんね」
我の言は一蹴された。
「アルベルト様がぐずぐず言ってなかなか動かないから、宰相様からいただいた花嫁候補リストのうちまだ半分すら回れておりませんよ。そもそもアルベルト様には、見つけようという気概が全く見受けられないんですけど」
おまけに小言までもらってしまった。
「そうは言うけど、我には今の若い令嬢と何を話せば良いのかさっぱりわからんし、どうやって機嫌をとったら良いものなのかもわからんのだ」
というか我には令嬢達が何を言っているのかすらわからんのだ。
先日参加したとある貴族のパーティでの事を思い出す。
花嫁候補リストに載っている魔力が高いと評判のご令嬢が参加すると聞いて、我とディーンはそのパーティに潜り込んだ。
そのご令嬢はすぐにわかった。
確かに魔力保有量は多いようだ。
竜族の番いとなる人間の女の条件として魔力は必須であることが分かっているので、宰相は魔力が高いと評判の令嬢を集めた花嫁候補リストなるものをわざわざ作って押し付けてきた。
優秀な魔法使いを多数輩出している家柄で、両親ともに魔法使いらしいが、ひと目見れば番いでないことが分かる。美しい令嬢であるが、心は動かない。
同じくらいの年齢の少女達と楽しそうに談笑している。
番いでないことは分かったから我が帰ろうとすると、ディーンが練習ですよと言って我を令嬢たちのもとへ連れて行く。若い令嬢に慣れさせるつもりなんだろう。
「お嬢さん方、私達もお話のお仲間に加えていただいてもよろしいですか?」
ディーンが人懐っこい明るい笑顔を浮かべて話しかけた。
「何のお話をされていたのですか? 随分と楽しそうですね」
「ええ、それはもう! こちらのアメリアが先日幼馴染の恋人にプロポーズされたんですの!」
件の令嬢が甲高い声で楽しそうに答えた。
「それでエンゲージリングを皆で拝見していたのですわ!」
別の令嬢が嬉々として答える。
エンゲージリング?
「それはおめでとうございます。私にも見せてもらえますか?」
ディーンに請われてアメリアと呼ばれた少女が左手を差し出したので、我も便乗して覗き込んだ。
左手の薬指を飾る銀細工の指輪には、花を模した小さな薄い紫色の石が付いていた。
「レノルド国のティファラー製ですのよ! すごいでしょう?」
「アーノルド様にしては、随分頑張りましたわよね!」
令嬢達が興奮して口々に言う。
すると、アメリアという少女が得意げに、また焦れたように身振り手振りを交えて話し始めた。
「それで! さっきの続きですけれど、聞いて下さる?
その日、私はいつもの休日のように自分の部屋にいましたの。そうしたら、お父様が呼んでいるからってお母様が呼びに来て、私、何かしらって不思議に思いながら応接室まで行ったの。だって、そんなことが起ころうとしてるなんて思いもしなかったんですもの! そしたら、アーノルドが正装で!! 私に近付いて来たと思ったら、ああ!! お父様とお母様の前なのに!! 突然”お父上の承諾はいただいた、卒業と同時に僕とKSK”って!! 私の手を握って言ったのよ!!」
「「「 きゃー!! 」」」
「私の事、ゆめかわだって! だから心配なんだって!」
「「「 きゃー!! 」」」
「でー、私がはいって言ったら、指輪を嵌めてくれたの。虫よけだからはずしちゃだめだよって!」
「きゃーん! 甘い! 甘すぎますわ」
「自慢? 自慢なの? 自慢よね?! リア充爆発しろ!」
「私もミラール様にKSKって言われたーい! ついでにブリガリのエンゲージリングも欲しーい!」
「え、レオナルド様じゃないの?」
「レオナルド様はミツグ君よ」
「そうなの? 私、フェンネル様がミツグ君かと思ってた」
「やーね、フェンネル様はキープ君よ」
「あ、そうだ。ちょっと教えてもらいたいんだけど、そのフェンネル様とレオナルド様に同じカラティエのブレスをもらっちゃったの。それで、一つを売りたいと思ってるんだけど、どこがいいかしら?」
「あなたマジ刺されるよ」
「・・・・・・」
令嬢達はきゃーきゃー口々に何やら騒いでおるが、我にはさっぱり理解出来ない。
なので、先ほどの会話から一つ気になっていたことを尋ねてみることにした。
「ちょっといいかな? えーと、皆の話によると求婚する時には指輪を贈るようなのだが、狩った獲物は贈らないのかな?」
「「「「 ? 」」」」
「買った得物? 武器は贈りませんわ」
「絵の入った物? 柄の入った着物? ということでしょうか?」
「マーベリー様! もしや、柄の着物とは、アンドレアクチュールの新作、全面刺繍柄入りウエディングドレスのことでは?」
「ああ!! そうですの!? アンドレアクチュールのウエディングドレスのことですの? まあなんて素敵なことかしら! 是非、求婚する時には贈って差し上げるべきお品ですわ」
マーベリーと言う件の令嬢は熱に浮かされたように頬を染め、我らに向かって言った。
「ああ、私、新作の全面刺繍柄入りでなくても、アンドレアクチュールのウエディングドレスを贈って下さるなら今すぐに結婚しますわ!!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」