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そして

 先達の方々と同じく、私もいずれは国のために、父のために嫁いでいくだろうと覚悟を決めたときから、私は人をじっくり観察するようにした。後々役に立つと考えたからだ。

 私、セシリア・ユリハルシア、齢10歳。人に明かさぬ恋をしようと決めたのと同じとき。そして、兄に憧れ始めた年齢。

 そんなとき、彼は王宮にやってきた。

 最初は、鍛練所で見かけた。愛妻家で有名な武官にしごかれていた。

 次に、副宰相の後ろを歩いている姿を見た。両手と鼻先で書類を支えていた。

 肩までの茶髪を後ろで1つにくくっていた。凶器になりそうなほど硬そうな髪質だった。それに、醸し出す雰囲気が若者らしくない。国王然としているときの父であったり、老猾な宰相であったり、泣く子も黙る将軍であったり、そんな人たちが漂わせているオーラと似ている。鋭くて、近寄りがたい。きっと、この人はオーラと髪の毛で人を刺せるに違いない。

 この人は誰なんだろうか。何者なんだろうか。

 武官候補生かと思ったが、副宰相にも学んでいるようだったので文官になるのかもしれない。

 侍女の言葉の中に時折出てくる見習いさんとやらだろうか。


「セシリアが見にきてくれるとうれしいな」

 兄のお願いを断れず、侍女のヨンナを伴って鍛練所へ見学に行ったときも、彼がいた。

「あ」

 相変わらずの鋭さである。すぐにわかった。

「あの人、いるなあ」

「リクハルドさんですね」

 侍女のヨンナは優秀だ。私の視線の先にいるのが誰で、どんな人物かをすぐさま答えてくれる。

 ユーセナ伯爵の次男。兄の2つ上、私の6つ上の16歳。王宮勤めを希望し、このほど上がってきた。文武両道であるため、今のところは適性を探っている状態だという。

 なるほど。

「ちなみに、彼に振られた侍女は今日で10人を超えております」

「え、ええと。すごい、のかな」

「王女には、この話題は早うございましたか」

 いや、びっくりしただけで。ヨンナはきれいに笑みを浮かべ、一歩下がった。

 用意された簡易椅子に座りながら、兄とユーセナ子息を眺める。

 二人は今、手合わせをしている。もちろん真剣な表情で剣を交えているが、どことなく楽しそうでもある。兄のほうが劣勢のようだけれども、リクハルドは踏み込んで攻めずに、意図的に手合わせの時間を長くとっているように見えた。

 最終的にどちらが勝ったのか、若輩者の私にはさっぱりわからなかったけれども、2人の表情が充足感をあらわしていたのは理解した。

「セシリア」

 ひたいに冷たい布を当てながら兄が近づいてきた。後ろからリクハルドもやって来る。

「ユーセナ伯のご子息、リカルド殿だよ。リカルド殿、妹のセシリアだ」

「お初にお目にかかります」

 立ち上がり、そっとドレスをつまんで淑女の礼をとる。10歳といえども、厳しい教養の教師のおかげでマナーはきちんと頭にたたき込まれている。

 リクハルドも、隙のない礼を返してきた。やはり、間近で見ても鋭いオーラを漂わせている。それは私に向けられているもので、兄に対しては違うように見えた。

 兄の袖を引き、顔を寄せ合ってこっそり言う。

「お兄さん、仲がいいのね」

「そう見えた?」

「うん、見えた」

 兄はにっこり笑った。これは肯定だ。実によいことである。

 人をたらし込むのは得意なくせに、しっかり透明で分厚い壁をつくってなかなか他人を中に入れようとしない。それが兄だ。

 将来のためにと父が連れてきた同年代の貴族子息たちも、これまで壁の内側に足を踏み入れられなかった。

 そんな兄が、扉を開いて内側に招き入れようとしている。

 私がリクハルド・ユーセナを強く意識し出した瞬間だった。6年たった今でもよく覚えている。

 彼は、兄が必要としている人だ。

 その後しばらくして、リクハルドは兄の護衛官に就任した。


 有言実行の兄が、1週間もたたずにやってきた。

「君の夫を連れてきたよ、セシリア」

「あのねえ、お兄様」

 よりにもよって、夜会参加のお返事をしたためているときに爆弾を投下してくれた。笑顔を添えるのも忘れずに。

 まったく、本当にシスコン。

 あきれた私にほほ笑みながら、兄は体をずらして、「私の夫」とやらを招き入れた。

「!」

 私は絶句した。ペン先からインクが手の甲に垂れたが、それどころではない。

 絶句し、失望した。兄にではない、相手にである。

 そんな私に構わず、兄は嬉々として紹介し出した。

「セシリアもよく知っているでしょう。リクハルド・ユーセナ」

 無表情で、彼が、私を見据えた。

 この人は、兄に言われれば何でもする男、こんなことさえもする男。

「セシリア様」

「お断り、します」

「は?」

「お断りします!」

 涙がにじんできた。

「こんなの、ひどい!」

 ヨンナを筆頭とする私付きの侍女たちが慌てる気配を感じながら、私は拒絶を続けた。


 我が国は平和である。

 自分の伴侶は自分で見繕ってよいと父に言われた。

 恋愛ができる。

 そう、私はこれから自由に恋愛ができる。

 恋愛、何と甘美な響きだろう。憧れていたもの。小説のようにフィクションではなく、現実で、私が。 思い思われ、相手の一挙手一足刀を見つめ胸を高鳴らせる、そういう恋愛ができる。今までみたいに見つめるだけのものとは違う。

 恋愛したい。そして、生涯にわたりお互いを支え合える人と結婚したい。

 こんな、兄に命令されたからといって私と結婚するような、政略ともいえるものは、もう嫌だ。

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