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まずは

  無残にも力任せに破かれた夜会の招待状が、目の前で散った。

 その無礼な行為を行った、この鉄面皮は、最後に手に張りついた紙片を振り払ってから私をひたと見据えた。

「殿下からの言づけです。このようなものに行く必要は一切ないと」

 兄の忠実なる護衛官は、無表情のまま唇を動かした。


 我が国は、辺境地でごくごく小さなせりあいは時折発生するものの、ここ50年ばかりは平穏が続いている。各同盟国を結ぶ大陸横断道も整備され、物流も格段によくなった。おかげで、国の経済も安定してきた。

 王族の女性は、和平のためや友好の印として、また国内の安定のため、あるいは政治的必要性から、おのれの思いにかかわらず、国内外問わずいろいろなところに嫁いできた。

 私も現王の娘として、その覚悟は王女の自覚が出たころより持ってきた。いずれは政略のために婚姻関係を結ぶだろう。もちろん自分の意思はそこにあらず。

 ただし、胸中を明かさなければ、誰かに憧れたり恋い焦がれるのは自由であろう、と結論づけたのは、たしか10歳前後のとき。

 それから私は、心は自由を求め、いろいろな男性に恋していった。ちなみに、初恋ならぬ初憧れは兄だ。その次は父、その次は壮年の隣国大使、さらに教育係だった歴史の教師。彼らの一挙一動に心が躍ったり落ち込んだりと、なかなか有意義な経験をさせてもらった。残念ながら、恋と尊敬とは私の場合は紙一重であったらしく、あ、この人と口づけはできない、なんかもう神々しくてと思った途端に恋(尊敬)は終わりを告げることが大半だった。

 さて、さきも述べたように、我が国は今現在実に平和である。平和過ぎて、もともと穏やかな国民がますますのんびりしてきた。各地で特に意味のない祭や行事が増えたのがその証拠だろう。

 周辺諸国とも関係は良好で、王族を嫁がせるほど危ういものではないし、強固にしなくてはならない緊急性もない。そして、国内での乱れもなく、どこぞの有力貴族と王族を縁づかせる理由もない。


 そして何より、世界各国で政略結婚より恋愛結婚がベター、いやベストという風潮になってきたことが大きい。政略なんてダサい、である。

 薄々気づいていたそのことに対し、とうとう先ごろ、父である王が実に軽い調子で私に告げた。「ということでなあ、嫁ぎ先は自分で見つけて構わないよ、セシリア」と。

 これは実に朗報。しかし、困った。相手を見つけるのは困難をきわめるだろう。何せ私の立場は、現王唯一の王女。権力を振りかざして相手に婚姻を迫るのは最終手段である。何より私は恋愛がしたい。

 よし、夜会に出よう。独身男女の出会いの場である夜会はおあつらえ向きではないか。これまでは王族の一員として主な夜会にしか出席してこなかったが、これからは内輪なものから大規模なものまで、できるだけ多くのものに顔を出そう。……つまり、悪い言葉で言いあらわすと男あさりなわけだ。しかし、あさらなければ運命の相手とも出会えないわけで。そのことに対して大した葛藤もなく、私は動き出した。ある程度節度を守りながらも、精力的に夜会へ出始めた。

 控え目であった静かなる王女が活動的になったら、社交界で話題にならないわけがない。この話題性も狙いどおり。

これでも容姿にはそこそこ自信がある。ユリハルシア国民の大半と同じ金髪碧眼ではあるけれども、髪を流行のものに結い上げ、父母から受け継いだそこそこの造形にふわりと化粧を加えれば、女性からも憧れのまなざしを受けるまでにはなる。どうにか化ける。マナーの教師だって及第点を与えてくれるに違いない。

 私は頑張っていた。ものすごく頑張っていた。せっせと結婚相手を見繕っていた。


それなのに。

冒頭の暴挙に至る。

「ななな、な、な、何を……」

 招待状のリストは既に作成済みなので、やぶられても返事に差し支えはない。しかし、夜会へ出るのに招待状をなくしたというのは、もちろん褒められたことではない。もちろん顔パスで通ることは通るが、王女としての沽券にかかわる。

 ざっと血の気を引かせた私を一瞥し、この男は堂々とのたまった。

「アルマス殿下は、最近のセシリア様の行為に頭を痛めております」

「忘れていた……。シスコンの兄を忘れていた……」

 ひたいに右手を当てる。

 ふわりとした雰囲気を漂わせる人たらしの兄は、シスコンだ。私をそこらの男になんかお嫁にやらぬと言ってしまうほどのシスコンだ。その発言をしたのは、私が2歳のときだという。

 それを私に語ったときの母の苦笑を思い出し、頭が痛くなってきた。

「あのね、私はね、夜会に積極的に出席することにしたの」

「男あさりのようなまねをするとは」

「男あさりをしないと、結婚相手は見つけられないでしょう!」

 絶対零度の瞳を向けられながらも、私は声を抑えながら叫ぶという器用なことをした。

「私の一番は殿下」と常日ごろ豪語している彼にはわかるまい。待っても相手は来ないのだと。求めなくては得られないものなのだ。ましてや、私は結婚よりまず恋愛がしたい。

「相手を見つける手段なの」

「は?」

 今、彼の半径2メートル四方の空気が一気に氷点下へと冷え込んだ。部屋の隅に控える侍女たちの顔がひきつるのを目の端にとらえる。

 直接の主ではないにしても、私は腐っても王女。その発言は不敬ではないだろうか。と考えるが、この男、リクハルド・ユーセナは、それが許される雰囲気を持っている。

 金より茶寄りの固い髪は短くそろえられ、眼光鋭く、鍛えられた肉体に長身。年端もいかぬ子供は、いや女性も、時には成人男性さえも、リクハルドが醸し出す色気やら冷気やらに圧倒されて、彼のパーソナルスペースに足を踏み入れられない。もちろん、リクハルドのパーソナルスペースは無駄に広い。

 そんな彼の冷たい眼光攻撃を一身に受ける。

「夜会で探すおつもりですか」

「ええ」

「夜会で、探す、おつもりなのですか」

 この重低音、間違いなく脅されている。

「……だって、それが一番早いでしょう」

「一番早い方法は、私に相談することじゃないかな」

 耳ざわりのよい声とともに、兄のアルマスが姿をあらわした。それを認識し、無駄のない動きでリクハルドが後ろに控える。

「ねえ、セシリア」

 にっこり。

 金髪碧眼は変わらないが、私より格段に整った顔だちの兄が、一見穏やかで優しい笑みを向ける。兄の中身を十二分に承知している私は、素直にうなずけない。何せ、兄はシスコンなのだ。シスコンで、意外と腹黒い。にこにこと人畜無害で純粋に見える笑みは、人を魅了するのに十分な威力を持っている。これを向けられると、相手も自然に緊張が解けてしまうのだ。だがしかし、その笑顔の裏では、相手の一挙手一投足を観察し考察して次の有効な一手を計算している。はっきり言って、この裏を知った者の大半は、一瞬にして兄が敵でも味方でも嫌な相手に変わる。それでも、私は今も昔も変わらず兄が大好きではあるが。

 もちろん、シスコン兄はどう転んでもシスコン、必ず私のことを考えて相手を選んでくれるという確信がある。しかし、なぜだろう。今回ばかりは悪い予感しかしない。

「お兄様のお手をわずらわせるわけに」

「構わないよ。全く構わない」

 お得意の全開スマイルがまぶしい。でも、言いようのない悪寒が体をかけめぐり、無意識に二の腕をさする。

「私が責任をもってセシリアの夫を選ぶよ。いいだろう?」

 にっこりと、それはそれはいい笑顔をくださった。私はぎこちなくうなずくしかない。だってこれは、提案ではなく命令に近いものだったから。

 兄の陰で、リクハルドがすっと目を細めたのが見えた。


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