それは事故02
目覚めると俺は白い部屋にいた。天井も白い、ベッドも、何もかもが白い。カーテンが白いから、窓から差してくる陽の光さえ白かった。
なんてことはない、ただの病院だった。ただの一人部屋。
よく首を回してあたりを見れば、誰が持ってきたのかわからないけれど花瓶にいくつか花がさしてあったし、その近くのテーブルの上には果物の詰め合わせがあった。
俺の腕はどちらもあったし、足も両方ついていた。眼も両方見えていたし、体を動かそうとすると少し軋む感覚があったけれど、どこかすこぶる調子が悪いというところはなかった。
あれは夢だったのか、それとも現実だったのか。
「わっかんねえなあ」
思わずそうつぶやいた俺のベッドの脇に白衣の精悍な中年男性が腰を下ろしていた。
「目が覚めたんだね」
それに思わず、俺は脊髄反射的に返す。
「え、誰ですか」
我ながらずいぶんと頓珍漢なことを聞いたと思う。白衣を着ている時点で医者だろうに。
「私?私はお医者さんです」
「そうなんでしょうけど、いつからいたんですか」
「いつからって、さっきだよ」
さっきってなんだよ、まわりを見てたときにはいなかったように思うけれども。
「さっきっていつですか」
「さっきはさっき。つい何分前、とかそんなふうに言えない、言わないときに使うんだよ。さっきって」
まるで一休さんのようにそんなことを言って、おっさんは俺の瞼を指で開いて眼を見開かせた。
「これ、何本だ」
そう言っておっさんは俺の目の前で人さし指を立てた。
「なぞなぞですか?」
おっさんは大きく笑って、首を横に振る。
「違う違う、君の眼に異常がないか確認したいんだ。ほら、これ何本だ」
再びおっさんは人さし指を立てる。
「一本」
「じゃあこれは?」
今度は人さし指と中指を立てる。
「二本」
「違うよ、これはピースだよ。またはブイサインなんていうかな」
は?何言ってんだ。
おっさんはケラケラと軽く笑った。
「君が目覚めてくれてよかったよ。これでも私はお医者さんだからね。命が救えてピースだし、君は生き延びてピースだ」
「あ、ありがとうございます」
こんなふざけた、というか少し堅気から足を踏み外しているような人だけれど、きっと医者に変わりはないし、根はいい人ってやつなんだろうな。
「さて、それじゃ、私は行くよ。またあとでくるからね」
「ああ、はい」
「それじゃあね、元気で」
そう言っておっさんは手を振りながら部屋を出ていった。くたびれた白衣のポケットに片手を入れて。少しその姿が印象的に思えた。
それにしても元気でね、とはなんだ。体はいたるところが正常ではないけれども、俺は元気が有り余っているような状態だし、別に今生の別れでもないだろうに。