第8廻 6月18日の一言
~6月18日 日曜日 12:30 スペースコロニー〝ノア〟 72番モジュール~
薄暗い球体状の空間。中心には操縦席。その操縦席には何者かが腰掛けていた。黒い球体状のスクリーンは前方から徐々に明かりを灯していくと、映像が映し出された。映像は建物が立ち並ぶ屋外の映像で、空は灰色で雨が吹き荒れる。スクリーンの光が、徐々に緑色のパイロットスーツを照らし出す。
『ではこれより戦闘シミュレーション、重力下の雨天時での戦闘を想定したパターンB12を行います』
「……了解」
操縦席に佇む琳桐ヨシカは、両手に抱えたヘルメットを被って、操縦桿に手を添えた。
『状況開始』
AIのサクの言葉を皮切りに、スクリーンに欧州合衆国連合の主力戦闘機F-150が4機出現した。ヨシカはスロットルレバーと左操縦桿を前に押し出すと同時に、フットペダルを踏み込んだ。〝スロヴァイドⅢマワル〟は、〝ルクス・フォルマ〟の三角形の光力場を翼から放出すると、機体は急加速した。向かう先にいるF-150はミサイルを2発撃ち放つ。スクリーンに映るミサイルに対してヨシカはペダルの踏込みを弱め、左操縦桿のスティックを右に押し倒す。
スロヴァイドは速度を維持した状態で高度を下げ、機体を反転、ミサイルを避け、戦闘機の内1機に両太腿部の側面にある〝トレフォイル・ショットガンランチャー〟を展開し、下部から散弾を浴びせた。
散弾を受けた戦闘機は炎を上げて墜落すると、更に機体を反転。〝トレフォイル・ブーメラン〟を両手に持って展開し、照準を合わせてトリガーを引いた。
孤を描いた十字架は風雨に曝されながらも、その動きを止める事無く進み、戦闘機に突き刺さり、間を置いて機体は爆発した。最後の機体は右腕の〝トレフォイル・アンクローム〟を投擲。左主翼を切り落として制御を失う戦闘機に詰め寄り、アンクロームを戻して斬り掛かった。
――瞬間、フラッシュバック。目の前の景色が記憶の景色に変わった。先日の戦闘。カメラに掛かり、スクリーンには向こう側からガラスに飛び散った様に返り血が映ったあの瞬間。眼球と内臓が鮮血と共に飛び散ったあの時に。
「――!」
苦虫を噛み締めた様に表情を歪ませると、スロヴァイドは敵機機首目掛けて振りかぶったアンクロームは機首を素通りして右主翼を斬り落とした。両主翼を落とされたF-150は回転しながら煙を噴き上げて墜落した。その後、スクリーンは黒くなり、シュミレーションは終了した。
『……ヨシカさん、何故コックピットを狙わなかったのですか?』
左ディスプレイにサクが映し出された。呼び掛けられたヨシカは、ヘルメットを脱いで膝に抱え、操縦桿から両手を放すと両手を合わせて握り締め、俯いた。
「サクさん……俺は、人殺しかな?」
『どうしてそんな事を?』
ヨシカの声はとても弱々しかった。
「俺は皆を守りたくて、死にたくないからスロヴァイドに乗っている。けど、命を奪ってまで……」
『確かにあなたは人の命を奪っています。しかし、それで助かる命は確かにあるんですよ?
欧州連合のそれ以上の蛮行を止めたんですよ? それに生きる為に命を奪う事は当たり前です。それが人間同士だけの事。恥ずべき事ではありません。だから気に病まないでください』
「だけど……だけど……」
先日のC―170の戦闘――それによって、ヨシカは自身の今迄の行いが殺人だと分かってしまった。しかし自分が相手を倒さなければ――殺さなければ、今この場所にいない。しかし人殺しは犯罪だ。戦争だからと、殺さなければ自分も殺されていたとしても、ヨシカは仕方がなかったと割り切れなかった。
サクはディスプレイから姿を消すと、光の靄を出してコックピット内に出現した。〝ルクス・フォルマ〟で生み出した立体映像だ。実際に触る事も出来るが、体温は感じない。サクは右手でヨシカの頬に触れた。
『私は見ています』
「え――」
『ヨシカさんは人を殺しました。しかしそれによって被害の拡大は防がれました。何と言おうと、それは変わらない事実。私がそれを証明します。ですからあなたは当機で飛んでください。
私は見ています、あなたが守る為に戦った瞬間を。私は知っています、あなたが生き残る為に戦ったのだと。私はヨシカさんの味方です。だから言います、あなたに何の罪もありません』
ヨシカは自身の頬に触れている右手に左手を重ねた。その手は暖かくもなく、冷たくもない。肌の温もりと呼べるものは一切感じられなかった。
◇
翌日、ヨシカは砂梶学園にいた。
現在時刻は8時45分。あと5分程でチャイムが鳴る。通常は担任と挨拶をした後、朝礼で連絡する内容が話された後に授業が始まる。因みに1時間目は現代社会だ。朝礼が始まるまでは登校時間であり、既に到着している生徒にとって自由時間も同然である。
携帯電話のアプリで遊ぶ者、インターネットを見る者、朝食を食べる者、談話する者。対してヨシカは窓から空を眺めていた。窓側の席故に、窓からは人工太陽の陽光が差し込む。光は暖かく、光で照らされている個所は暖かくなっていた。決して熱くはせず、温もりがそこから徐々に広がり、伝わっていく。地球の日本を標準時間を設定しているノアでは、遥か彼方の日本の気温や湿度ある程度近く調整している。環境差に耐え切れる様にする為だ。今の地球の日本は、初夏だがまだ気温が温かい位なのだろう。
それ故にあくびが自然と出た。すると何時も通り、教室に担任の男性が入って来た。それと同じタイミングでチャイムが鳴り、生徒達は各々の行為を中断せざる終えない事に残念そうな顔を浮かべながら、席に着く。
「さて、欧州連合の襲撃で大変な時だが転校生が来た。今から紹介をする、入って来なさい」
男の声と共に開かれる扉。扉を潜って来た人物の外見で一番先に目を引かれたのは金髪だった。
少し長めのサラサラな髪で、後頭部の髪は纏めた美少年。身長は170cm程だろうか。その端麗な容姿と醸し出す雰囲気、クラスの全員が男女問わず釘付けになった。
「――地球のカナダから来ました。シリウス・ヴィクトュールと言います」
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