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第7廻 6月17日の理解

 



 ~6月14日 金曜日 13:34 スペースコロニー〝ノア〟 72番モジュール 繁華街廃墟~




 強敵との劣勢から一転、優勢になれた琳桐(りんどう)ヨシカはペダルを踏み締め、スロヴァイドを一気に加速させた。


『ヨシカさん。このままではビル郡を抜けます。障害物が無くなり、相手が有利になります』

「だけど密接すれば相手も困るだろ!?」

『その戦術は間違いないでしょう。

 あれ程の巨体です。機関銃も敵の接近を妨害するものである以上、その射角よりも内側に入れば敵機はただの塊になります。しかし機体各所から、視界確保の為の外部カメラが複数確認しました。念頭に置いた上で、接近しても油断なさらないで下さい』

「分かりましたよッッ!!」


 油断はしないが警戒する事は頭に入っていなかったヨシカ。C―170を追い掛けながらビルの群れを抜けると、相手は一気に加速して間を離そうする。すかさずスロヴァイドも加速した。同時にスロヴァイドは腰に装着した投擲武器〝トレフォイル・ブーメラン〟を2つ、両手に取って展開、Y字状の三つ葉の刃が顔を出す。


 そしてそれぞれを時間差で巨鳥目掛けて投擲。1枚目は回転しながら弧を描いて敵へと飛んで行く。Cー170は機体を傾けこれを回避。続けて2枚目が反対方向から襲い掛かる。


 巨鳥は回避しようとするも、回避運動で機体に慣性が働いていて回避に出遅れる。一瞬停止した直後、三つ葉の刃は左主翼を切った。


「っし!」


 初めて加えられた攻撃。しかしその巨体と比較すれば擦り傷程度。そして戦闘時間がかなり経過した今になってでは意味は無い。ヨシカ引き続き肉薄を試みる。旋回と接近をしつつ、先程のビル郡では閉所故に撃てなかった〝トレフォイル・ショットガンランチャー〟を乱射する。


 惜しげもなく放たれる花弁の如き弾丸の流星群。直撃とはいかずも、その幾つかは翼に当たって炸裂する。黒焦げになったC-170の左翼から吹き出る光は弱々しくなっていた。


『左翼スラスター破損確認。これで敵機機動力80%に迄低下と予想されます』

「でも効いてるッ……!」


 チラリと目線を下ろして見れば、稼働数値は〝1993〟まで減っていた。


『ヨシカさん前方ッ』

「しまッ!」


 ほんの一瞬の配慮(ゆだん)。敵機の巨大な鉤爪はスロヴァイド目掛けて迫って来た。

 咄嗟にヨシカは左レバーを引くと、スロヴァイドは身体を反って高度を下げる。その瞬間、胸の上を掠めて行った。


「っと――ミスッ」


 呼吸をしてペースを落ち着かせる。好転する状況で気持ちは昂りながらも、強敵にヨシカは内心焦っていた。このまま長引けばジリ貧は確実。早期決着を急いでしまう。しかしそうして無茶をしようものなら瞬時に逆転されて敗北する。素人であるヨシカの隙など、戦い慣れた相手には格好の的に違いは無い。


 スロヴァイドはC-170の戦法によって距離を詰められずに戦い続ける。スロヴァイドの武器は殆どがワイヤー付きの投擲兵器という奇抜な武器による中距離戦仕様で、唯一の射撃兵装のショットガンランチャーも広範囲だが射程は短い。


 更にはヨシカ自身、操縦して日の浅いという問題点もあった。武器や機体の性能も完全には把握し切れず、慣熟訓練をしていないが為の操縦技術、戦闘経験の無さが足を引っ張っているのだ。


 対して敵は高機動で経験も技術、遠近対応可能で実用的な武器も豊富。雲泥の差という言葉だけでは片付けられない程の差が感じ取れる程に存在していたのだ。


 しかし弱気になれば、その戦力さ(きょうふ)に呑み込まれて何も出来なくなる。先程までにあった高揚感も、目が覚めたかの様に余り残っていない。それでもモチベーションの確保の為、胸の内に自己暗示と言わんばかりに己を鼓舞し続ける。


 唯一の好適要素のビル群も後方彼方。機体が大きいC-170は先程よりもダイナミックに飛ぶその姿は、自身が空の王者だと誇示しているかの様にヨシカには見えた。


 少しずつ距離を詰め、相手の動きを見計らい、方向転換で機体が弧を描きながら傾いた。それを見逃さなかったヨシカはペダルを踏み締め操縦桿を突き出した。スロヴァイドは斜め上へ急加速しながら上昇し、すれ違いながらもC-170の背後を取った。背面目掛けて〝トレフォイル・アンクローム〟を投げ飛ばす。


 回りながら空を付き進む、ワイヤーが繋げられた三つ葉の刃は直進するも、敵機は機首を上げてカーブを小さくし、アンクロームと平行する形で回避する。


「ならさッ!!」


 回避した驚きよりも追撃の意思を口にしたヨシカの思いに応える様、スロヴァイドは放ったアンクロームのワイヤーを、手首を回してマニピュレータに巻き付けると、そのまま引いて振り回し、鞭の様にアンクロームを振り回した。点からの面の攻撃に、回避の慣性が掛かった巨鳥は回避出来ず、背面を縦一文字に切り裂かれた。C-170との戦闘が開始して30分、ようやくダメージを与える事が出来たのであった。


「届いた!!」

「損傷個所の深さは浅いです。軽傷です」

「くそッ!!!!」


 2度目の攻撃の為に機体の位置が固定されたスロヴァイドを、ヨシカは左操縦桿のスティックを操って、。瞬時にウイングバインダーの向きを変えて、巨鳥と距離を取って離脱する。


「追い掛けてばかりじゃ……――C-170(むこう)もしたんだ、こっちも引っ掛けてやる!!」


 意を決して、ヨシカは敵へのフェイントによる不意打ちで大逆転を狙う事を決めた。


『会敵から30分。通常ならば精神的・肉体的疲労が蓄積して来る頃です。被弾覚悟で挑むのならば反応をを遅くして動きを大振りしてこちらの疲労を見せ付けた方が効果的でしょう。敵が近付けば瞬時に懐に潜r込めれば勝機はあります。しかし遠距離からの集中砲火ですと一方的に攻撃されて撃墜されます』

「シビアな賭けだ……――サクさん、他に作戦は!?」

『繁華街に戻ってビルを障害物にする戦法が1番でしょう。しかし敵もその戦術は分かっている筈です。

 上手く行く確率は限りなく低いでしょう』

「くそ……分かった。サクさん、身体張るよ!!」

『分かりました。何処までもお付き合いします』


 後退出来ない状況下の下、ヨシカはより一層気を引き締める。ここからは敵への不意打ちに芝居を撃つ。まずは少しずつ、動きを遅くする。敵はスロヴァイド目掛けて機銃を掃射。少しずつ避けながらも、肩や脚で最小限のダメージを受け止めた。衝撃がコックピットを大きく揺さ振る。


(くっ……耐えろ……耐えるんだ……!)


 演技といえど、分かってて耐えているといえど、予想以上の猛攻は耐えるのには素人のヨシカにはきつかった。わざと下手な操縦が、本当に操縦出来ない程の状態になっていた。


「まだ……まだ……!」


 半壊した巨人の随所に焦げた跡が焼き付けられる。コックピット内でも、機体の限界を告げる警告アラームが喧しく反響する。ディスプレイの機体表示も損傷を告げる表示で埋め尽くされる。


『機体損傷率50%を超えました』

「くっそ遠くから嬲り殺しかよ……!!」


 C-170はスロヴァイドの周囲を飛びながら一方的に攻撃し続ける。開幕放った荷電粒子砲も使う気配がない。


(近付いて来ないと勝てない――近くじゃない(・・・・・・)と勝てない……)

「――ならさ……!!」


 ヨシカは敵機を睨み付けると同時に操縦桿を操作する。スロヴァイドの体勢を整えながら移動する。

 敵機と自機が直線状に並んだその瞬間、フットペダルを踏み締めた。スロヴァイドは翠光の三角形を放出し、蹴り飛ばす勢いで屈んで一気に急加速しながら飛び出した。突如の急接近で敵機は背面速射砲を連射する。スロヴァイドは左腕で顔を覆い防御態勢へ。目にも止まらぬ速さで迫る弾丸の雨は腕に突き刺さって蜂の巣の様に穴を空けて行く。


 それでも止まらないスロヴァイドに、C-170は横に移動して機人の突進を回避する。すると翠の巨人は翻ると同時に右腕のアンクロームを振り上げながら投擲した。ワイヤーは緩やかに弧を描きながら伸び、飛来する刃は敵の左翼を通り過ぎるも、スロヴァイドの上がった腕に従いワイヤーも上がり、敵の翼の根元と接触する。ワイヤーは接触箇所を支点にして曲がり、翼に巻き付いて三つ葉の刃が突き刺さった。


「こっちあっちが近付くのを一々粘る位なら、さっさと切り替えれば良かったよ!!!!」


 先程までの戦いでは、ヨシカはひたすら敵を追い掛けるか、敵を引き付ける為に自滅覚悟で演技をする事だけだった。固執し過ぎた戦い方が、劣勢の要因の1つと言えたであろう。敵を捕まえたスロヴァイドは、右腕を引いて機体の慣性を一度消してから肉薄する。


 スロヴァイドは左腕を弓を引く様に大きく引き、指を伸ばして纏めて貫き手の状態にする。狙うは右腕を引いた際に一緒に手繰り寄せられたワイヤーで引っ張られて機体が起き上がって、スロヴァイドと垂直になったC―170の裂けた背面。


「いけえええええええええあああああああッッ!!!!」


 裏返りながら叫ぶヨシカはフットペダルを踏み込んだ。やっと掴み取った、最初で最後のチャンス。意識と力のあらん限りを目の前に注ぎ込む。スロヴァイドが敵機の眼前にまで接近する寸前、左手刀を隙間へ目掛けて突き出した――その瞬間、ヨシカは気づいた。初めて与えられた攻撃で、敵機のコックピットが剝き出しになっていた事を。


「……人……」


 ――人がいた。C―170の操縦士である敵パイロットが、隙間から見上げる体勢でヨシカを見ていた。無機質な指先が、隙間を押し広げながらパイロットごとコックピットを突き破った。マニピュレーターは真っ赤に染まり、血飛沫はカメラセンサーに飛び散った。


「――あ……あッ……」


 先程までは我を忘れる程のヨシカだったが、今は身体が生温くも冷え切っていた。ヘルメットごと頭を抱え、震えながら目の前で起こった出来事にただ受け止めるしかなかった。

 ヨシカが見た。カメラを通して見たC―170のパイロットが、スロヴァイドの手刀によって押し潰され、眼球と内臓と鮮血と肉を無造作にぶちまけてバラバラの肉塊となる場面を。カメラに掛かった血痕はモニターを汚しているだけなのに、ヨシカはそれが全身に掛かり、身体を汚している様に感じた。


『敵機の沈黙を確認しました。他の襲撃部隊も撤退しているようです。お疲れ様です』


 サクが淡々と結果を報告するも、ヨシカはそれを理解する暇がなかった。


「人をッ……殺したぁッッ……」


 少年は頭を押さえていた手を、二の腕を抱え込むに様にして前屈みになっていた。少年は驚きの連続と戦いに気を取られていたからか、今迄自身の行いの意味に気付く事なく、そしてこの瞬間それを理解した。

 ヨシカは自覚した。自分が人殺しをしている事を――。

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