第6廻 6月12日の知覚
~6月12日 月曜日 13:10 スペースコロニー〝ノア〟 72番モジュール 繁華街廃墟~
崩れた廃ビルの陰に隠れる、損傷した機人スロヴァイド。コックピット内で琳桐ヨシカはヘルメットを脱ぎ取ると、頬を叩いて気を引き締めた。僅か2回の実戦。1回目の善戦から打って変わって絶体絶命の2回目の今回。頬を叩いた衝撃と深呼吸をして、自身の中に溜まった恐怖と苛立ち・焦りを排出した。
ヘルメットをシートの左側面に取り付けて、首元とパイロットスーツの間に指を入れて左右に動かし隙間を作る。圧迫感と蒸れを逃がして空気を入れ変える。
「ところでサクさん、スロヴァイドが飛ぶ時に何か三角形出てるけど、アレなんなの?」
『〝ルクス・フォルマ〟による高光子力場です』
「ルクス・フォルマ?」
『本機の推進機構です。背部ウイングバインダーから自機生成される、通常よりも数百倍の光圧を持つ高出力光子です。本機はこのルクス・フォルマを一種のレーザー推進の様に活用して飛行しているんです。
通常時では不可視ですので分かりませんが、高出力の加速をする際、ルクス・フォルマを一瞬だけ圧縮してから放出します。その結果があの翠色な三角形でして、通常時よりも高い推力で機動出来るんです。三角形はそれ自体も強力な光圧力場を発しているので、ぶつける事も出来ますよ』
「分かった。さて、疑問も晴れたし……――よし、行くぞーッ」
ヨシカはスタートを口にして意識を戦闘へ切り替えると、ペダルを踏み込んだ。それに従い〝スロヴァイドⅢマワル〟は、ゆっくりと上昇してから加速する。
崩れかけた摩天楼を駆け抜けると、空を飛ぶのは巨鳥C-170を視界に捉えた。輝くプラズマジェットの噴流で浮かぶ巨体目掛けて、スロヴァイドは攻撃を仕掛ける。ヨシカは操縦桿を操作して武装を選択。選んだのは広範囲に攻撃する〝トレフォイル・ショットガンランチャー〟。武装選択に伴い、スロヴァイドの太腿部の外側に取り付けられた砲身を展開して銃口を開いた。
瞬時に敵を照準に捉えてトリガー引き、スロヴァイドは脚を上げながら三つ葉の散弾を発射した。放射線状に放たれる弾丸。対してCー170は、主翼と機体各部のスラスターからプラズマを放出して機体を捻りながら向きを変えて攻撃を回避する。
「何だあの動きッ!?」
異常な回避行動と、それによる奇襲の失敗で驚愕するヨシカ。対して相手はそのまま機体をスロヴァイドと向かい合って機銃を掃射する。驚いたヨシカは一瞬反応が送れた。咄嗟にペダルを踏み込むと同時に左操縦桿を引いて回避行動を取った。
スロヴァイドは右脚が欠損した両脚と翼を前方に突き出して上昇しながら距離を取ろうとする。しかし一瞬出遅れた操作からか、直撃までは避けるも残った左脚に弾丸が掛かった。
その後、上空で弧を描きながら旋回してC-170の背後へと回り込む。しかし相手も、まるで水中を泳ぐ魚の様な素早い方向転換でスロヴァイドの行動を掻い潜り、同じく背後に回り込む。気付いたヨシカは今度はその場から急速離脱してビルの密集地帯へと逃げ込んだ。
操縦に不慣れなヨシカはスロヴァイドを滑る様にカクカクと避けながら進んで行くのに対し、巨鳥C-170は減速せず、這う様に縫いながらスロヴァイドを追跡する。更には上昇して摩天楼の上からスロヴァイドを奇襲して来た。戦況改善を見込んで逃げ込んだ筈のフィールドである筈なのに、最初の奇襲とほぼ同じ様な状態に逆戻りさせられた。
仕掛けようとすれど、一手先を読もうとしても、全て無駄に終わって逆に劣勢へと追い込まれてしまう。それに加えて、それを可能にするだけの敵機の機動性と動き方。ヨシカは悪態を込めて呟いた。
「強い――これが腕の差って奴なのかッ……!」
戦いに素人の少年といえど、当事者となって初めて知った戦いの難しさ、敵対する事で恐ろしく感じる力の差。最初の荷電粒子砲によって周囲に舞い散った荷電粒子と電磁波、粉塵等によって各種センサーが機能しない中、唯一の頼みの綱は外部マイクからの音声と、カメラセンサーによる視認のみ。
ヨシカは巨鳥の死角である背後を常に取る一方で、相手を見失わない事を最優先として相手の隙を探り続ける。大切なのは少しでも生存確率を上げる事だった。しかし少しずつ、着実に、コックピット内の操縦席に備え付けられたディスプレイに表示される〝稼働数値〟は減少し続ける。
(もう3000切った……イタチごっこじゃ埒が明かないけど、ヘマをすれば負ける! 背後も取り辛いし、振り返ってくる――ああッ!!)
徐々に募る苛立ち。何とか平静を保とうと歯を噛み締めるも限界は近い。C-170の背後に回って攻撃しようとするも、相手はビルの陰へと逃げ込んだ。すかさずヨシカも後を追おうとペダルを踏み締め、スロヴァイドを加速させる。曲がり角を曲がって入ると、そこには何もいなかった。
「見失っ――何処ッ!?」
敵機を見失ったヨシカはスクリーンを見渡して相手を探す。敵への奇襲も考慮して機体を操りその場から離れる。後ろ向きに後退しながら見回すも見付からない。目に見えない恐怖と見失う失態で全身の熱が無くなり、少年の身体は冷や汗と脱力に包まれた。
その瞬間、ビルの陰からひっそりと巨鳥は顔を覗かせていた。
「んなッ!?」
気付いた時には遅かった。時間差という手法で最悪のコンディションに陥れられたヨシカは恐怖で手足が動かなかった。相手は機体背面から長砲身を露わにして照準を合わしている。
『ヨシカさんッッッ』
サクの強い声が狭いコックピット内に響き渡って空気が震えた。鼓膜を貫かんが如くの大音量は、ヨシカの意恐怖で止まる意識を叩き起こした。
耳を塞ぎたい程の大音量をモロに聞いたヨシカは苦しみの顔を浮かべながら我に返ると、ペダルと力の限り踏み締めると同時に左操縦桿を引き、スロヴァイドを降下させながら後退させる。後ろ向きに倒れながら落ちるスロヴァイドの前方を、鈍い風切り音を鳴らしながら超高速で何かが2つ通り過ぎて行った。
『対艦用高速徹甲弾の様ですね。直撃を受ければスロヴァイドといえど甚大な被害を被る事になる所でした』
「サクさん……はぁ……ありがとう……」
『どういたしまして。――敵機が荷電粒子砲を発射してから10分が経過しました』
「そろそろ撃てるって訳なのか……!?」
現時点での段階で、C―170の武装は近接用機関砲多数に対艦用主砲2門にミサイル複数、射出可能な鉤爪が2つ、そして荷電粒子砲1門。しかし実際は機関砲とクロー、主砲を主に扱い。荷電粒子砲は使ってこない。
その理由の答えとして、サクは荷電粒子砲は使わないではなく、使えないというものだった。
荷電粒子砲は、荷電させた粒子を磁力等で収束して撃ちだすものである。直撃すれば、粒子との衝突、それと同時に発生する摩擦熱で対象をプラズマ化させて焼き尽くす事が出来る。
しかしそんな荷電粒子砲にも欠点は存在する。粒子の収束、発射後の直進等々、運用には数々の問題があるが、この状況下で特に問題なのは、チャージ時間と、発射時の熱である。
荷電粒子を大気中で真っすぐ飛ばす為には、まず純粋に莫大な電力が必要である。大気中で真っすぐ撃つ為の電荷や磁力発生の為に莫大な電力が必要になり、多ければ多い程威力が増す。そして電荷させた荷電粒子を飛ばす為には助走として光速近くまで加速させなければいけない。
大型戦闘機といえど、やっとで運用出来る大型航空母艦の1/5程のサイズでは、一度に一気に大量の電力の確保は出来ないだろう。少しずつ溜めていると判断した方が現実的である。更には粒子加速も光速にまで加速するには時間が掛かる。故に荷電粒子砲は連射出来ないというのがサクの出した結論だ。
それに機体の稼働数値も既に3分の1まで減っている以上、短時間で勝たなければいけない。
『稼働数値も残り僅かです。短時間で敵機を撃破しなければいけません。荷電粒子砲を撃つと反動が発生して隙が生まれます。このまま近接戦闘を続けていれば使用出来ません。
敵機の武装配置から内部機構を疑似再現しておきました。コックピットの位置は機体上方、背面部かと思われます。背面部にハッチと思われる隙間も確認出来ました。小回りはこちらの方が上です。敵機への接近を推奨します』
「そこを狙えばなら……」
『しかし敵もそれには警戒する筈です。まずはあの機動力を封じる事を推奨します。密接する程接近してスラスターを破壊して下さい。そうすれば最低でも機動力低下、最高で航行不能へ追いやれます』
「ならやるさ!」
ヨシカは意を決してペダルを踏み込んだ。スロヴァイドは宙を蹴る様な姿勢を取ると、ウイングから翠光の三角形を出現させては踏み場にして加速、C―170から一気に距離を取る。相手もスロヴァイドを追い掛ける。スロヴァイドは速度を上げつつ上昇。そのまま反転、一気に降下して肉薄する。
右手に〝トレフォイル・アンクローム〟を展開しながら装備して投擲。三つ葉の刃が巨鳥目掛けて直進するも、C-170は羽ばたく様に上昇して回避。続けて機銃を掃射してスロヴァイドを攻撃した。
スロヴァイドは姿勢を直しつつ、ドリフトする様に滑りながら敵機の側面へと移動する。体格差のある機人と巨鳥。動きの細やかさは同等だが、小回りや瞬発力は機人スロヴァイドに軍配が上がる。
だがそれでも、パイロットであるヨシカと名前も顔も知らない敵戦闘機操縦士の間には、埋められないテクニックの差が確実にあった。相手のヨシカよりも豊富な戦闘知識と経験が、素人少年パイロットを欺き、誘い、掌の上で踊らせる。
ならばヨシカがする事はただ1つ。敵の戦略を活かせない位に接近し、速やかに相手のコックピット、もしくはスラスターを破壊する事。
(――距離を詰める!)
決意と共に自身を鼓舞して戦意を高めながら、ヨシカは機銃の弾丸の雨をビルを盾代わりにして避けていく。だが決して距離を開けず、徐々に徐々にと距離を縮めながら懐へと迫っていく。すると敵機のC―170は、スロヴァイドから距離を取り始めた。
「やっぱ近くは嫌なんだッ……!!」
スロヴァイドの接近による敵の回避運動。それは強大な力を持つ機械の鳥が、密接する程の距離には何も出来ないという証明である。
不利に追い込まれた中で見出した好機。希望への活路が、今迄の敗退的な思考を払拭する。今のヨシカにあるのは獣の様に猛りと、サディズムに似た高揚だった。




