第4廻 6月12日の認知
~6月12日 月曜日 12:30 スペースコロニー〝ノア〟 ドーム会場~
「君は――……我々に危害を加える悪魔か? それとも、守護る天使か?」
亜細亜連邦同盟評議会国防委員長を務める男性、アンドレイ・モロトフの問いを突き付けられる琳桐ヨシカ。威圧的な一言で呑み込まれそうになるも、少年は歯を噛み締めて身体に力を込れて背筋を伸ばし、息を吸いこんだ。
「俺は……僕は、敵ではないんです」
「では味方なのだな?」
「味方……というのも、ハッキリ言えません」
「何故だい?」
委縮するヨシカに優しく声をトシカズ・バーグマン。少し口籠り、口を開けた。
「……俺は……僕は、死にたくないから、スロヴァイドに乗っている訳で、戦争がしたくて乗ってる訳じゃありません。欧州が攻めて来るなら立ち向かいます。これ以上、人が死ぬのは見たくないんです……」
拳を握り締めて堪える様にヨシカは言う。それはスロヴァイドから見た光景、〝血の海〟を目にした故だった。バラバラにされた遺体の数々。あれを黙認する事はあってはならない。
「成程……映像と君の発言からして、君はあのピッチャー――スロヴァイドのパイロットになったのは成り行きという事かね……」
「はい……」
「そうか……大変だったろうに……ところでヨシカ君。君は、この世界について考えた事はあるかい?」
唐突な質問に、ヨシカは一瞬思考が停止した。スロヴァイド関連の質問ならまだしも、一介の高校生に、しかも周りには報道機関が犇めく状況下で世界についての話をされるとは思わなかったのだ。
「いえ……そんなには……ただ、争いが絶えないなって……」
「そうだね。コロニーが造られてまだ半世紀も経ってない。その月日の間に色々な事が起きた。
宇宙からのデブリを落としてアフリカの町1つが無くなった〝マリンバ市デブリ落としテロ事件〟や、世界初の宇宙戦争と言われる〝宙域戦争〟、利益が見込めるコロニー事業に世界経済が傾き、それ以外の事業が疎かになって破綻寸前になった〝コロニー・ショック〟と、それにより経営悪化した経営者によるデモ、〝NCWデモ運動〟etc……コロニーを巡って、色々な出来事が起きた。そして今、スロヴァイドがきっかけとなって世界が動くだろう」
「世界が……」
「そう。その為に――」
バーグマンが言い掛けたその時、何処かで爆発する音が鳴り響いた。ヨシカは立ち上がり、メットを被ると策の声が耳元で響いた。
『敵の強襲です。移動速度と突入ルートから後1分で会敵します』
「ちぃ! 2人は避難を! 敵が攻めて来ます!」
「ああ、こちらも確認した。大統領、こちらへ」
携帯端末を取り出して、同じく状況を確認したアンドレイは大統領に避難を促す。それぞれ別方向にテントを出て、ヨシカはスロヴァイドへ向かって駆け出した。外にいた記者も、場内に鳴り響くサイレンを聞いて状況を理解して逃げ始めた。ごった返しになる会場、スロヴァイドに乗り込んだヨシカは操縦席と身体を固定し、機体を起動させた。
重く静かな駆動音を上げながら立ち上がる巨人はゆっくりと宙に浮き上がり、敵へと向かって飛んで行った。敵へと向かって行くスロヴァイド。ヨシカもスクリーンに映し出される敵機を捉えていた。
「全部で3機……街の方なら人がいない筈……」
民間人を巻き込まぬよう、スロヴァイドを方向転換。以前の戦闘で立ち入りが規制されている繁華街へと敵を誘導した。繁華街に到着すると、後方にはF-140が3機。誘導出来ていた。しかし、敵はスロヴァイドに付いて来るだけで攻撃して来なかった。
『敵機が目立った行動をして来ていません。注意して下さい』
「分かった」
街の中心部にまで来るが、敵戦闘機は目立った行動をして来ない。ヨシカは行動に出た。機体を反転させ、機体背部のウィングから翠光の三角形――ルクス・フォルマを放出して加速、敵の編隊に一気に肉薄する。腕にあるトレフォイル・アンクロームを展開して振り被った。F-140は機体後方のスラスターノズルを操作して攻撃を回避、回り込んで距離を取った。行動しなかった戦闘機達も反撃に出た。ミサイルを発射し離脱する。迫り来るミサイルの軍勢にスロヴァイドは、回避しながら頭部の近接防御砲塔で迎撃、次々と撃ち落としていく。
あらかた撃破したスロヴァイドは加速、敵戦闘機にアンクロームを投擲する。放たれた三つ葉の刃は回転しながら空を突き進む。F―140は回避するが、弧を描いたワイヤーが機体に絡み付き、そこを視点にして回るアンクロームが機体上部に突き刺さり爆散した。武器を回収したスロヴァイドは他の戦闘機に照準を向けた。敵はスロヴァイドの周囲を回る様に旋回していた。
「攻めて来ない……アンクロームとブーメランも飛ばしても中途半端に間合いが……詰めるかッ!」
ヨシカはペダルを踏み込み、残りの敵の撃破を始めた。迫り来る機銃の弾丸の雨を回避して肉薄する。
『左舷から攻撃来ます』
「ッ!?」
左側面から弾丸が襲い掛かり、攻撃を阻まれた。
「連携か……! 」
『このままでは当機は周囲からの連携攻撃で消耗戦に追い込まれます』
AIのサクの言葉に、ヨシカは目線をスクリーンから前方のディスプレイへと下ろした。ディスプレイに映し出される4桁の数字。〝9999〟の数字は、何時の間にか〝8291〟へとなっていた。
「っく……! なら、無理に行くか……!!」
状況打開の為に、ヨシカは強行策に出た。両腕を前に出して戦闘機の包囲網を無理やり突破して距離を取った。相手と向き直すと、右腕を振り払いブーメランを投擲。周囲を囲う様に飛んでいた戦闘機の群れも、距離を離した為に1方向へと並ぶ様になっていた。
加速する機体を、翼からルクス・フォルマを出して無理矢理方向転換。圧し掛かるGが身体をシートに押さえ付けるも、掛かる負荷を歯を食い縛って耐えるヨシカは目標を逃さない。捻じりながら踵を返し、スロヴァイドは背後の機体に刃を振り下ろす。敵は右に回避するも、右手に装備していた〝トレフォイル・ブーメラン〟を展開して投擲。三つ葉の刃は回転しながら敵機体を引き裂いた。続けて今度は太腿部の〝トレフォイル・ショットガンランチャー〟を展開して弾丸を発射、残りの機体も落としに出る。だがF-140は難なく回避し、依然としてスロヴァイドに近付いて来なかった。
「3機だけで……」
『行動も消極的でした。注意して下――……直上から高エネルギー反応接近』
「なッ!?」
サクの発言と同時にアラームが鳴り響き、ヨシカは直上を見上げた。光が、スクリーンを照らし、埋め尽くした――。




