第3廻 6月7日の宣言
~6月7日 水曜日 13:20 スペースコロニー〝ノア〟 72番モジュール 沙梶学園~
「相変わらず蒼天か……」
彼方に敷き詰められた建物が並ぶ青い空と細長い人工太陽を眺める琳桐ヨシカは呟く様に空を見詰めた。ふと、今朝見たニュースを思い出した。ニュースによると、欧州合衆連合に攻撃を受けたモジュールは70番から80番。特に76番モジュールは被害は甚大で。全モジュールの死傷者は総合計500人に達した。途中、亜細亜連邦連盟が応援に駆け付け、欧州連合の部隊をノアから撃退する事に成功するも、以前、付近の宙域に滞留しており、この2日間、2~3回交戦している。亜細亜連盟は欧州連合にノアの攻撃理由を問い質すも黙認。状況は芳しくなかった。
戦闘があった繁華街は立ち入り禁止になるも沙梶学園は辛うじて攻撃を受けて無く、つい先日再校を開始した。ヨシカは何時もと変わらず空を眺めていると、後ろで2人の生徒が携帯端末を片手に騒いでいた。ヨシカは席から立ち上がってその2人に話し掛けた。
「何だ?」
「何か景気の良い事なら知りたくて」
「翠の巨人のヤツ見てんの」
「どんな内容?」
「基本的には正体だな。突如このモジュールの繁華街に姿を表した人型ロボット。そして颯爽と〝F―140〟を撃墜したからネットで話題になってる。逃げ遅れが動画アップしてっから後は自分でしろ」
「はいよー」
ヨシカは自身の席に座ると、自らの携帯端末を取り出した。検索サイトを開き、〝翠色の巨人 72番モジュール〟と検索。検索結果は1万を越えた。とりあえずスロヴァイドのスレッドを適当に選ぶ。スレッド名は〝翠の巨人の正体〟
〝何で人型?〟
〝変な光出して飛んでる〟
〝ノアが秘密裏に開発した兵器だって噂〟
見るからに色々な憶測が飛び交っている。
「欧州の襲撃は二の次にされてるよ……」
そう呟くと、携帯に着信が入ってブルブルと振動する。
「知らない番号……? もしも――」
『もしもしヨシカさん? スロヴァイドの戦闘補助をしているサクです』
ヨシカは携帯を一度遠ざけた。
(……何で? 教えた覚え無いよな?)
携帯をもう一度耳に当て、ヨシカは再度相手に呼び掛けた。
『ヨシカさん、ちゃんと電話に出てください』
「電話番号教えた覚えないんですけど……」
『電話会社からあなたの携帯番号を見つけました』
「それ犯罪……」
『気にしたら負けです。調子はどうですか?』
「別に。大した事は無いけど……」
『栄養ドリンクが効いたようですね、良かったです』
「副作用の痛みが無ければな。6時間位経ったら急に胸が痛くなったぞ」
『でもおかげで今日を元気じゃないですか』
「そうだけど……左腕も痛くなくなったし……」
『では引き続き、今後とも必要時は連絡しますね』
「はいはい、りょーかい」
学園の授業も終わり、帰路につくヨシカ。その途中、ビルに取り付けられた大型ディスプレイには、先日の戦闘の議論、スロヴァイドの存在についてばかりだった。
(マスメディアって、こういうの飽きないのかな……?)
疑問に思いながら歩くヨシカ。ディスプレイに2人の中年男性が映り、その言葉を聞いた瞬間――ヨシカは絶句し、確信した。自分の置かれた状況を
『72番モジュールで突如現れ、F-140を撃墜した翠色のロボットのパイロットへ告ぐ。私はスペースコロニーノア大統領、トシカズ・バーグマン』
『亜細亜連邦同盟評議会国防委員長を務めるアンドレイ・モロトフだ』
『今から4日後の12日の月曜日の午後12時、繁華街近くのコンサートドームに君との会談の席を用意する。
ぜひ参加して欲しい。私個人としては、君と会いたいし、来なければ場合によっては君と敵対せざる負えなくなるので、よろしく頼む』
映像を見ていたヨシカに、着信が入った。連絡相手はサクだ。
「もしもし?」
『ヨシカさん、お願いがあります』
「その件についてのテレビ今見てるから、何となく分かる」
『なら話が早いです。会談に参加してください』
「――みんな脅迫してばっかぁ……」
◇
6月12日――スペースコロニーノア大統領、トシカズ・バーグマンと、亜細亜連邦同盟評議会国防委員長を務めるアンドレイ・モロトフの会談日。ヨシカはリビングで朝食のサンドウィッチを食べながらテレビを見ていた。内容は今日の会談で、どのチャンネルも全て会談の話題で持ち切りだった。これからその会談に行くヨシカは、失態をしたらどうなるのかと、恐怖と不安で一杯になって気が滅入っていた。
「ごちそー様……学校行ってきます」
「いってらっしゃーい」
母のシズエの見送りを受けヨシカは家を出たが、家を出て向かった先は学校とは反対側にある山だった。――歩いて10分。ヨシカは事前に学校には『体調が悪いので休みます』と嘘をついた。会談の時刻状、どうしても学校を休まなければいけない。無断欠席をする勇気はさすがになかったのだが、仮病をした以上、その事実がヨシカに大きく圧し掛かる。山頂にある湖に到着したヨシカは背筋を伸ばす。歩き疲れた事と、これから国家の最重要人物と会うという緊張からだった。人工太陽の陽光で湖面は星空の様に輝き、木々の緑の匂いが鼻孔から通り抜け、僅かながら、心が安らいだ。
「来たよー」
そう言った直後、右の林がガサガサと揺れた。
「――!」
とっさの出来事で身構えた。鬼か蛇か――林の中から出て来たのは、1m程の大きさの4本足の亀の様なロボットだった。
「――……これは?」
ロボットはヨシカに近づくと、ロボットから鈴の様な済んだ声が発せられた。サクの声だ。
『これはアシストロボットです。まずはこちらをお取りください』
すると、アシストロボットの上部に取り付けられたケースが開かれた。
「これは……宇宙服? えらく薄手だな」
『新素材の布を使っており、温度調整等の機能が複数凝縮されてます。これで正体を隠してください』
「なるほど……」
『今から当機を浮上させます。コックピット内には収納スペースがあるのでそちらで着替えてください』
「はいよー」
蒼空を翔けるスロヴァイドに乗ったヨシカは会談会場へ向かっていた。コックピット内で緑色のヘルメットにグレーのバイザー、緑と黒と白の3色で構成されたスーツはぴっちりと身体に纏わりついていた。
「変な着心地だ……股間に来る……」
『我慢してください。景気付けにニュースでも見ましょう』
サクはそう言い、スクリーンのウィンドウが出てきて今日の会談の中継を映し出した。
『現在時刻は、午前11時50分となりました。本日、ここ72番モジュールのコンサートドームで、先日繁華街に突如として現れた、謎の翠色のロボットのパイロットとの会談が行われます。会談にはスペースコロニーノア大統領、トシカズ・バーグマン氏と、亜細亜連邦同盟評議会国防委員長のアンドレイ・モロトフ氏が参加されます。
果たして、パイロットは会談に来るのか。そしてその正体、その真意は一体何なのか? ネット上では数々の憶測が飛び交っておりますが、今日ここで、それらが明らかにされるかもしれません』
「……ただの高校生が、偶然ロボットを見付けて乗り込んで戦っただけですって」
『正体は明かさないでください。あくまで敵対意識は無い事を表示してください』
「はーい」
スロヴァイドはドームに到着した。ドームは天井が開けられており、その周辺には野次馬が泡の如く群がっていた。
「うっわもうやだ……」
『頑張ってください』
野次馬がひしめくドームに中、唯一人のいない場所にスロヴァイドを下ろして着地した。
「うっわ人が沢山いるよ。平日なのに……」
『緊張しなくても大丈夫です。敵対意思は無い事を伝えるだけですか。
明かさない方が良い内容は、あなたの正体と機体の事、機体との出会いについては何も言わないでください』
「分かった」
着地した周囲にはマスコミが群がり、フラッシュが断続的にたかれる。コックピットが開かれ、昇降装置のワイヤーでヨシカは機体から降りると、ヨシカに向けて放たれたフラッシュはより一層光り輝いた。
「(遮光してるから眩しくないね)」
『加えて向こうからはあなたの顔はマジックミラーの様になって見えません』
ステージへ向かって歩くヨシカの目の前には、スペースコロニーノア大統領のトシカズ・バーグマンと、亜細亜連邦同盟評議会国防委員長のアンドレイ・モロトフが出迎えた。バーグマンは東洋人の様な姿だが、苗字から察するにハーフだろう。顔にはシワが目立つが、歳の影響などは感じられない。一方のモロトフは、体格は同じ位だが、金の短髪で白い肌で顔の彫りが深い。ヨシカは2人の前に立つと、握手を交わした。
「スペースコロニーノアの大統領を務めるトシカズ・バーグマンといいます」
「亜細亜連邦同盟評議会国防委員長のアンドレイ・モロトフだ」
「僕はりん――……グリーンとでも呼んでください」
「よろしく、グリーン君」
『ヨシカさん、何を勝手にしてるんですか』
「(間違えて名前言いそうになったし、呼び名が無いと向こうも対応し辛いでしょに)」
「さて、立ち話もアレだ。テントの中に席を用意しているから入ってくれ」
モロトフの指さす先には大きなテントが張られていた。ヨシカは言われるがままテントの中に入った。テントの中にはテーブルが置かれ、向かい合わせにソファーが置かれていた。その隣にはキッチンワゴンが置かれていて、ポッドとティーカップが置かれている。
「腰掛けるといい」
ヨシカはそう言われてソファーに腰掛けた。続いてモロトフも向かい合わせにソファーに座る。バーグマンは紅茶をティーカップに注いでヨシカに差し出した。
「すみません、正体が明かせないので紅茶は――」
「確かに。しかし、せっかく来て頂いた客人に何も出さないというのは失礼だろ?」
「はあ……」
「では話し合おう。その為にこうしてテントを建てて外部から見えなくしてるのだ」
モロトフの言葉に、ヨシカは冷静に答える。
「――それは……僕の正体をマスコミに知らせない為?」
「何故そう思う?」
紅茶をすすりながらバーグマンは言う。
「来る時までは緊張してたんですけど、今は少し考えがハッキリしてるんです。見ると、あなた達が単純に敵味方はっきりさせるだけの会話をする様に感じられない」
「ほう……若いのに鋭いね――琳桐ヨシカ君?」
「なっ!!?」
ヨシカはソファーから飛び退く様に立ち上がった。何故この男は自分の正体を知っている――ヨシカはバーグマンに警戒心を抱いた。
「――やっぱりか?」
しかし、先程の神妙な顔とは打って変わって笑顔になったバーグマン。
「……ッ! カマかけられた!?」
「君は以外と素直だな。可愛げがある。けどこちらも確証を持って言ったのだよ」
「一体……どうやって……」
「どうせなら顔を見せて紅茶を飲みながら話さないか? この紅茶は24番モジュールに本店を置く飲料メーカー〝バーナンド〟の紅茶、〝シッキム〟だ。1杯7000円取れるシロモノだよ」
「これが!?」
「早くしないとせっかくの紅茶が冷めてしまうよ?」
「…………」
ヨシカはヘルメットを外してもう一度ソファーに腰掛け、ティーカップと皿を手に持って紅茶を飲んだ。紅茶の芳醇で甘い香りが鼻腔を突き抜け、コクのあるまろやかな味わいが口の中へ広がり、紅茶の湯気で眼鏡は白く曇る。動揺する心が落ち着いていった。
「映像や写真で見るよりも男前じゃないか。ガールフレンドはいるかい?」
「……いません」
「勿体ないな。中々良い顔立ちじゃないか」
「世の中そう簡単にはいきませんよ……――で? ところで映像って?」
先程からバーグマンが話していたからか、今度はモロトフが口を開いた。
「72番モジュールの繁華街の近くにあった防犯カメラに、〝F-140〟の墜落で地下に落ちた君が映っていた。それから数分後、その穴から〝ピッチャー〟が現れた」
「投手?」
「君の機体の亜細亜連盟の呼び名だ。投擲武器を使っているからこの名が付けられた。――では単刀直入に聞こう。君は――……我々に危害を加える悪魔か? それとも、守護る天使か?」




