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第17廻 7月23日に見る未来Ⅱ

 



 ~7月22日 水曜日 10:12 スペースコロニー〝ノア〟 72番モジュール 地下フロア~




『――ではヨシカさんにお尋ねします。私が全てをお話し出来たとして、ヨシカさんは……私の為に、スロヴァイドの為に死んでくれますか?』

「……ッ!」


 予想だにしない台詞にヨシカは固まった。教えない、教えられないまでは予想出来た。だが、逆に追及される事を、懇願にも近いその言葉だけは思いもしなかった。




 《――わたしにいのちをくれますか?》




 不意に、最初に出会った時の言葉が頭に過った。故に、言葉が出た。


「くれますかじゃなくて、下さい……じゃないの? あの時の、会った時みたいに」


 声色が少し強張った。低く呻るとも言ってもいいかもしれない、威圧するような声。


『……ヨシカさんは、私に生命を下さると言って下さると示してくれました。これはヨシカさんが自身の生存権を――特にスロヴァイドに関連した行為での生殺与奪は私に帰属します。――そして、ヨシカさんにはスロヴァイドの為以外にも戦わなければいけない理由があります』

「理由……降りれないんでしょ、俺がスロヴァイドの事を知っているからでしょ? 俺はスロヴァイドに乗れるから、乗って戦うから周りから何も言われずやってける」

『それだけではありませんが、本命は違います』

「え?」

『ヨシカさんが戦わなければ、お母さんのシズエさんに危険に晒されます』

「えッ!?」


 ヨシカは拍子抜けした声が出てしまった。今までは自身に降り掛かる災難ばかりで判断していた。だがサクの言った自身の母(じんめい)が、今迄の考え全てが塵芥に変えてしまった。――事情が変わって来る、状況が変わって来る。


『ヨシカさんがスロヴァイドに乗りました。これにより、ヨシカさんはスロヴァイドで戦う事になります。そしてヨシカさんが戦う現状の理由としては、ノアの人々を守る事です』

「……ああ、だけどそれは、偶然乗った俺よりも、志願した人の方が最適だと思ってる」

『その点に関しては同意します。しかし、現状志願する者は軍関係者になるでしょう。こうなってしまえばもはや情報は漏洩するも同然。仮に一般人の志願者を採用したとしても、前任者のヨシカさんにはスロヴァイドの情報漏洩防止の為に守秘義務が生じます』

「――けど、俺がそうしても関係ない人がいる……」

『はい。ノアと亜細亜連邦同盟です。彼等は施設に強行手段を用いて探索もしている人々です。最悪ヨシカさんを拘束して自白剤・拷問の類で情報を引き出す事もあり得ます。もしくは、シズエさんを人質を取る可能性もございます。勿論、亜細亜側にヨシカさんが情報を提供しても構いません。勿論こちらもそれ相応の対処をします』

「対処……」


 ヨシカは、サクが恐ろしく見え、恐怖を抱いた。今迄自分を助けて来た少女に、意に反す事をすれば逆に生命を奪われるというのだ。しかもそれは自分だけではない、下手をすれば、無関係で何も知らない母親のシズエに危害が及ぶ可能性があるのだ。ヨシカの不安を他所に、サクはそんな事は関係無しにと話し続ける。


『またスロヴァイドの力は、欧州との戦闘で重要視されています。その力は、ただ敵を倒すだけ以外にも、味方陣営の死傷者を減らせるという事です。つまりヨシカさんが戦えば、シズエさんを戦火から巻き込まなくて済むのです』


 サクが一通り話し終わると、ヨシカは自身を取り巻く状況を整理した。今の自分の状況――。


 〝知り過ぎた為に最後まで付き合え〟

 〝例え解放されてもその情報の為に不幸になる〟

 〝危険な戦いに赴く事で、家族を危険にさせなくて済む〟


 という事だった。


「契約……あの時は強引な感じだったけど、今回のはそっちの言う事は、まるで――脅しじゃないか…………」

『ご了承をお願いします』


 断れば死、望めば死。取返しの付かない事に巻き込まれたが故に、逃げようのない過酷な未来を、運命を突き付けられた。夢事の様な事ばかりで深く考える余裕がなかった――それどころかするだけ無駄なのかとヨシカは思う。


(契約って……これじゃあまるで…………無理矢理、鎖に繋がれてるみたいじゃないか)


 死が何よりも色濃く映る未来へと赴いてまで掴む生。これが契約というには余りにも理不尽過ぎる、詐欺のような内容。少年は知る。自身はもう、戦争に準じる者達の思惑に振り回される傀儡である事を。

 自身の愚かしさを憎み後悔し、そしてこれから来る未来に対する別の対抗策(あらがい)が思い浮かばずに唇を噛み締めるヨシカに、サクが声を掛けた。


『――ヨシカさん』

「何? サクさん」

『気に病まない下さい。確かに私があなたを苦しめるきっかけを与えてしまったのは事実です。お詫び申し上げます。だからこそ私は、ヨシカさんの苦しみと辛さを最小限に出来るよう、最善を尽くさせて頂きます』


 サクはそう言って、ヨシカに微笑んだ。透き通るような煌く雰囲気を出しながら、画面の中で切ない笑顔を浮かべる少女のその微笑みは、何処か妖艶さを醸し出していた。魅力的な悪魔の笑みは、落ち込むヨシカを、抱擁する様だった。

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